先日、東京IPOのセミナーで講演を行った際に、ブックビルディング方式は一
般個人投資家にはメリットが薄いだけではなく、発行会社にとっても公募価格 が低く抑えられ易く決してメリットがあるとは言えない、という話をした。私自身の説明が良く整理されていなかったこともあり十分にご理解をいただけなかったのではないかと思い、今回改めて、この稿で説明をさせて頂きたい。
ただ先日、ちょっと驚いたのはセミナー参加者の中で入札方式を知らない人が 8割以上を占めていたことである。オンライン証券の登場後に株式投資を始められた方が多いことに起因していると想像され、水面下で投資家層が広がっていると考えると喜ばしい。
さて、ブックビルディング方式の問題点を指摘する前に、入札方式について少し説明しよう。入札方式は1989年4月から1997年8月まで新規公開株式の公募価格決定に用いられた方法である(現在でも制度としては存続しており、幹事証券が選択すれば利用可能)。それでは入札方式が採用される前はどうであったかというと、幹事証券が決定した公募価格で幹事証券の裁量において投資家に配分されていた。1980年代の右肩上がりの相場において新規公開株は値上がりがほぼ確実視される商品であったが、リクルートコスモス株の株式譲渡を発端とする社会的批判から、価格決定と配分に対して透明性が求められ、89年に導入された制度である。途中何度か改正があったが、入札対象株数に対して入札下限価格を幹事証券が決定し、上限青天井で入札を行うというものであった。
入札対象外の株式については落札された価格の加重平均値を元に公募価格が決定された。誰でも入札する価格によっては新規公開株を得るチャンスがある点で極めて平等な方法ではあったが、この方法には幾つかの欠点があった。入札対象株数が少ないと入札価格が高騰し、結果的に公募価格が割高なものとなる。
そのため公開後に公募価格割れが生じやすくなる。入札が過熱した場合、幹事証券は販売が困難な公募株を捌かなければならず、幹事証券が過重な引受責任を負わされる。
それでは公開株式を全株入札にすればいいのではと考えられるが、そうすると幹事証券に引受手数料(入札部分を除いたところが対象)が入らない。さらに入札にはどの証券会社も参加できる仕組みであったので幹事に入っていない証券会社の顧客が落札すれば幹事はその証券会社に販売手数料を支払わなければならない。幹事証券にとっては非常に都合の悪い仕組みであった。また、配分に関しては株数、年間の購入銘柄数制限などがあり、機関投資家が極めて参加しにくい仕組みになっていた。そのために入札制度導入直後から制度改革に対して大蔵省と証券業界の対立構造が続いていた。
ブックビルディング方式の導入には、1996年初頭に(何故か?)通産省主導で組織された「店頭登録制度改革ワーキンググループ」による報告書案が契機になっている。その後、日証協、大蔵省ともに急速に制度改革に舵がきられることとなった。急展開した理由は分からないが、三洋証券の破綻など証券会社の経営悪化と時期的には一致しており、当局・業界ともに危機感が拡大したことが要因に挙げられよう。
ブックビルディング方式の説明は省略するが、同方式が定着している米国との決定的な違いは機関投資家の購入率である。日本では仮条件決定のためのプレヒアリングに参加した機関投資家で実際に購入するのはごく僅かでしかない。
これが新規公開株の価格形成をゆがめている大きな要因と考えられる。発行企業の側で「買う気が全然無い機関投資家が、この値段だったら絶対に儲かるという低い水準を指したものが仮条件になるのは納得が行かない」という声が少なくはなく、機関投資家偏重を端的に示しているように思われる。また、発行企業が幹事証券の提示する条件(価格)と折り合いがつかずに公開延期、中止となるケースも少なくはないようだ。証券会社はリスクを回避できる、という点でブックビルディングには効用があるという皮肉もある。また、ブックビルディング方式導入と同時に、一投資家に年四銘柄までという配分制限も撤廃された。ブックビルディングに申し込んでも全く当たらないという一般投資家の声は多い。証券会社が発行企業だけでなく投資家をも選別しているというのは穿った見方であろうか。誤解を恐れずに言えば、リクルート事件前と何ら変わらない状態に戻ってしまったと言える。
ブックビルディング導入時(1997年)と現在とで大きく違っていることが幾つかある。相場の水準もそのひとつであるが、何より変わったのはオンライン証券の台頭である。オンライン証券がもたらしたのは、この東京IPOの読者のように完全な自己責任を持った投資家層の出現である(対面リテールでは現実的には徹底しにくい)。また、長期安定株主と考えられていた機関投資家の短期志向と、海外運用機関の撤退による中小型株投信の縮小も97年当時と様相が変わっている。機関投資家偏重、引受証券会社に有利なブックビルディング方式に対して再考の時期が訪れていると思うのは私だけであろうか?
かつて入札方式においては、新規公開株の高騰が既公開株の株価上昇に波及し、
市場全体を活性化させる効果があった(必ずしもそれがいいとは言えないが)。
現在のブックビルディング方式は公開価格が低く抑えられることで、結果的に市場全体の水準低下を招いていると言えないだろうか?
株式会社ティー・アイ・ダヴリュ 代表取締役 藤根 靖晃
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