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新規公開株式情報の東京IPO
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編集長のジャスト・フィーリング 
東京証券取引所はどのように動くか? 〜上場企業の不祥事に対して〜
  東京IPO編集長 西堀敬

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ここのところ上場企業の不祥事がひっきりなしに起こりその終焉を迎える気配は感じられない。米国でもエンロンやワールドコムなどは不正会計疑惑が明るみに出て企業は当然のことながら破綻、経営者は有罪に問われたのは読者の皆さんも記憶に新しいのではなかろうか。

今年は新興市場に上場する企業の粉飾決算や業務上必要な免許違反などが公になった。非難の対象はそれらの会社の経営者だけではなく上場の主幹事を努めた証券会社や監査法人までもが槍玉に挙げられている。また事態は飛び火して、主幹事証券会社や監査法人が同じだというだけで、痛くもない腹を探られて株価が暴落している上場会社まで出てきている始末だ。投資家にしてみれば情報不足の中で、疑わしきはすべて黒と判断しておいたほうが身の安全であることは確かである。

筆者にしてみれば、新興市場に上場している企業はまだ許せる部類だ。パブリックカンパニーとは言え、上場して間もなく、コーポレートガバナンスにしても、「現在勉強中です、ご指導の程を宜しくお願いします」と言われれば、なんとかして生き延びていいただきたいと考える。少年にも満たないよちよち歩きの幼児に罪を負わせて有罪にして市場から退場処分する必要はないのではないだろうか。但し、企業という器は残しても経営者の交代は免れないと考える。IPO企業の場合、多くはトップである経営者がオーナーであったり、ビジネスモデルの発案者であったりする場合が多い。その経営者が居なくなっても存続しうるだけの事業を営んでいる企業であれば、なんとか上場維持をさせてあげたいのである。

ところが、ここ2週間でおもて沙汰になった、西武鉄道、日本テレビに関しては、筆者は「喝!」を入れさせていただきたい。経営者もさることながら、その現場のスタッフまでもが、法に触れるとは思いませんでした、という言い訳はまかり通らないのではないだろうか。日本を代表する企業が上場企業として自ら手本を見せなければいけない立場にありながら、企業ぐるみで有価証券報告書の虚偽記載を行ったということだ。筆者の偏見もあるかもしれないが、このような企業のトップの新興上場企業に対する非礼な発言をテレビで聞いたことがあるが、ニュースの報道番組でよくアナウンサーが使う「訂正してお詫び」申し上げていただきたいものである。上場年数が少ないとはいえ、各方面のご指導を受けて法令を守っている新興上場企業に比べてもその社会的な倫理観の欠如に対して株式市場は間違いなく処罰を下すであろう。

このような不祥事がなぜ起こるようになったのか?を考えるときのポイントは、その企業特有の理由や背景よりも、なぜ支配する側の立場にいた人達が、世論や市場を支配することができなくなってきたのであるのかのほうが重要ではないだろうか。数ヶ月前のコラムで社会的責任投資(以下SRI=Socially Responsible Investment)という議論に個人投資家は振り回されないほうがいいと書いたが、日本にも市場によるガバナンスというものが芽生えてきたのではないだろうかと筆者は考える。つまり支配のルールが変わってきたということだろう。その変化に気付いた新興市場に上場する一部の経営者達は、資本市場の力を借りて旧態依然としたオールドパワーに挑戦しているのが今の日本経済の中でのバトルであると考える。

表題にもあるように、東京証券取引所は株式市場を司る立場として毅然とした態度で望めるかどうかが問われている。固有名詞をあげた2社については経営が破綻したわけでもなく、社会的には非常に重要な役割を演じている上場企業であることは誰もが認めることである。従って、上場廃止という選択まで行く必要性はないと考えるが、東証として再度新規上場するのと同じ程度の上場審査を再度行っていただきたいと考える。その意味では、運転免許と同じように何年かに一度は「上場維持の為の審査」のような制度を設けたほうがいいのではなかろうか。取引所が株式会社化して収益至上主義に陥いらないことを期待したい。


東京IPO編集長 西堀敬 nishibori@tokyoipo.com

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