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本物の企業IRを考えるシリーズ
    〜個人投資家にとっての企業IR〜 その6(全12回)
   株式会社KCR総研 代表取締役 金田洋次郎
   (証券アナリスト・IRコンサルタント)
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日本企業のIRもここへ来てようやく変化の兆しが顕著になってきた。その最たる理由は、外部環境の変化が挙げられる。冒頭のコラムでも述べたが、現在の日本の金融環境は、私が、IRコンサルタントを志した10年以上前の時とは、様変わりしたといっていい。よく10年一昔とは言うが、財閥である三井と住友が合併したり、興銀と勧銀・富士銀行などが一つになるなどは、銀行が多すぎるという理由から想像はできても、実際にそうなると思っていた日本人は、誰もいなかったのではないだろうか。

 証券界にも同様のことがいえる。既に山一證券崩壊の時から、再編の足音は如実に聞こえてはいたのだが、これまた現在のような形に進化するとは誰も想定できなかったに違いない。中でも、ネット証券の台頭は、すさまじいものがあったといえる。特にその先駆けともいえる松井証券の変貌ぶりはネット証券の台頭を表すのにふさわしいデータを示しているといえよう。同社は、大正7年創業の独立系の老舗ではあるが、20年前においては、証券会社の総合順位としては、実に99位とかろうじて100位のランキングに入る規模の会社であった。その株式売買代金のシェアは、0.111%と1%にも程遠い規模であったのだ。それが、今や東証の直近1日当りの売買代金シェアにおいて6.5%ものシェアを誇り、直近決算の経常利益については225億円への大企業にと大変身している。当時の経常利益は7億程度であったから、実に32倍もの付加価値創造に成功しているのだ。こうした松井証券の躍進は、インターネット取引に特化した経営陣の先見性もさることながら、それを支えた個人投資家の台頭に支えられていると言っていい。現在、個人投資家の証券市場でのウエートは年々高まり、東京、大阪、名古屋の3市場の売買代金に占める個人投資家のシェアは、2001年の18%から2004年には3割を超え、実に140兆円の規模を占めており、そのうち個人投資家の8割以上がネット取引(110兆円)を実施しているというのだから驚きである。

 こうした流通市場の変化は、発行市場にも影響を与え始めており、その結果が、近年に見られるIPO企業数の増加や長らく大手証券会社の寡占状態であった新たな引受主幹事会社の増大にも繋がっているといえる。とはいうものの、2004年のIPOの引き受け(金額ベース)は、大手3証券が約6割のシェアを握っている。シェアは、徐々に下がっているとはいえ、まだ寡占状態であるといって過言ではないだろう。近年、ネット証券自体が主幹事を務める例も増えてきているが、2004年においてはわずか2%シェアに過ぎない。この点に対し、松井証券の松井社長は、「流通市場」でネット証券がシェアを拡大していったように、IPOの販売といった株の「流通市場」においても、松井証券が発行体に無手数料で販売を引き受け、手数料の価格破壊を起こす方針を表明している。ディスカウントにより、流通市場において飛躍的にシェアを拡大させた同社だけに発行市場におけるこうした動きは、新たな証券の担い手の出現と市場の改革にも大いに期待が持てる発言といえよう。

 こうした外部環境の変化は、発行体である企業のIRに対する姿勢にも大いなる変化を促してきている。中でも、ジャスダック、ヘラクレス、マザーズといった新興企業群においては、IRに対する取組み姿勢が大きく変化してきている。IPO市場では、上場審査基準である形式基準のバーが大きく引き下げられたことにより、多くの株式会社にIPOの門戸が開かれ、今では、売上高が10億円に満たない企業や赤字の会社においても株式公開することが可能となった。また、ちょっと前までは、上場時において売上、利益とも上昇基調でなければ決して公開できなかったものだが、最近は、下降気味の会社も堂々と上場してきている。こうした風潮は、投資家の立場から見ると功罪両面あるとは思うが、当の発行体にとっては、ますます早期上場の可能性が高まるわけであり夢膨らむというものである。 昨年のIPO企業数は175社、今年も同様のペースで公開が進んでいる。上場企業数は、一時より増えたといっても、4000社弱と全国120万社からみれば0.3%の狭き門である。しかし、この狭き門を通過して上場した企業は、次には4000分の1社いう選択の中での競争が待っているのだ。

ここに50万円という投資資金を持っている個人投資家がいるとしよう。彼から見れば東証1部上場のソニーを買うのか新たに公開してきた新興企業株を買うのかは、大切な投資資金を株に投下するという観点からは何も変わらない。彼が知りたいのは、どっちの銘柄が彼の財産を増やせるかの一点につきる。ほとんどの投資家は知らない企業には、一切投資資金を回すことはしない。従って、彼がソニーなどの大型株には興味がなく、中小型株好きでよく調査をし、しかも彼の嗜好に合い、かつ偶然にもその新興企業に遭遇しなければ、ほとんど購入の機会がないと言っても過言ではないだろう。

 このように企業IRというのは、言わば資本市場での競争を意味しており、企業サイドからみれば競争に勝つための戦略であり、手段ということができる。投資家の資金をソニーではなく自社に振り向けることは、その分だけファンを増加させたことになるわけであり、ソニーとのコンペに勝ったともいえるのである。こうしたIR戦略を積極的に導入して早期に大企業となった企業の典型例には、ソフトバンクが挙げられる。同社の経営手法は、企業のヒト、モノ、カネという経営資源のカネの部分において資本市場とIRを最大限活用したものだ。こうした同社の成功例は、多くの新興企業経営者に大いなる影響を与えているに違いない。「どうやったら、ソフトバンクのように成長できるのか」。その点が、意欲ある新興企業経営者を企業IRへと駆り立てている原動力となっているともいえる。とはいうものの、新興企業では活発化が始まったIR活動であるが、全体からみればこうした企業IRを展開しているのはまだ数えるほどしかない。外部環境の突き上げから企業のIRは確実に変化を見せてはいるが、内部環境に目をやるとまだ企業IRに対して、できればやりたくないという企業も目立つ。本物の企業IRは、ようやく育ちつつある環境が整ってきたというのが現在の率直な状況といえる。

株式会社KCR総研 代表取締役 金田洋次郎
(証券アナリスト・IRコンサルタント)

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