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本物の企業IRを考えるシリーズ
    〜個人投資家にとっての企業IR〜 その9(全12回)
   株式会社KCR総研 代表取締役 金田洋次郎
   (証券アナリスト・IRコンサルタント)
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本物の企業IRは、企業そのものを変えてしまう。だから怖い。一例を挙げよう。この秋、静かに上場廃止を迎えようとしている2つの企業がある。一つは、シチズン電子ともう一社は、ミヨタという会社だ。実は、この両社は、ほぼ同時期に店頭公開を果たしており、どちらもシチズン時計の子会社という点では、極めて共通項の高い企業である。上場当時の経営陣は、シチズン時計からの転籍で、時計のムーブメントを作ると言う観点からは、技術水準も同じであり、人材レベルもほぼ同じ、本社立地こそ片や山梨県の甲府、片や長野県の軽井沢と違うが、どちらもきれいな水が必要なハイテク産業に必要な立地である点も変わらない。

実は、この両社、公開時の主幹事証券も同じなのだ。当時の主幹事証券会社は、勧角証券で現在のみずほインベスターズ証券であり、シリーズ初回のコラムで紹介させて頂いたとおり私が独立前に勤務していた会社である。私は、この両社をこの10年間、ずっと観察してきた。正確な公開時期は、シチズン電子が1996年10月であり、ミヨタは1994年3月でミヨタの方がちょっとだけ先輩なのだが、当時は、今のようなヘラクレス、マザーズなどの新興市場が多様にあったわけではなく、成長市場としては唯一であった現在のジャスダック市場である店頭市場に両社とも公開したわけである。

公開時の初値は、ミヨタ3250円、シチズン電子3420円とこれまた似ている。時価総額においてもミヨタ232億円、シチズン電子300億円と70億円程度しか違わず、ほぼ同様の資本政策が組まれたわけである。このように出身母体が同じであり、察するに技術力や営業力、マーケティング能力など、およそヒト、モノ、カネといった企業の要諦を全て同様の条件で満たしている双子の兄弟とも言える両社が、果たして現在どうなったか。

驚くべきことに、現在の時価総額は、シチズン電子は、約2000億円、ミヨタは、約180億円と10倍以上の開きがあるのである。実際のところ、この10年間の軌跡を見てみると、シチズン電子は、上場後一貫して、株価は上昇基調にあるのに対し、ミヨタは上場直後から逆に値下がりを続けている。どちらもシチズンの子会社なのだから、よっぽどのことがない限り倒産はないにしても、株価的には目を覆わんばかりの違いである。ちなみにシチズン時計は、時価総額2600億円ほどであり、近年、シチズン電子は、親会社とほぼ同等の水準にまで達しているので、この10年間でシチズン電子がいかに成長したかがみてとれるだろう。

一体、この違いはどうしてこんなに出てしまったのか。業績か。確かに今となっては、その違いも大きい。直近の決算で比較した場合シチズン電子は、連結ベースで売上高     900億円の経常利益で163億円であるのに対しミヨタは、連結売上高364億円、経常利益は、20億円と開きがある。

しかし、公開当時は、業績的にも両社は、ほぼ同等レベルであったのだ。96年当時の両社の決算は、ミヨタ売上高371億円の経常利益14億円であり、シチズン電子の売上高は、280億円の経常利益20億円と売上的にはミヨタの方が大きいぐらいであったのだ。ミヨタは、収益率こそシチズン電子に見劣りするものの、当時の業績は、増収増益を堅持し好調で、にもかかわらず株価は、公開直後より、下落し続けたのである。

先述したように、両社は、親会社シチズン時計との経営統合により、本年10月1日を持って株式交換方式により、上場廃止となる。上場子会社の場合、上場計画の絵を描くときも親会社の主導であり、引くときも親会社の考え方次第であるといったところは、宿命ともいえるかもしれないが、この10年間で両社が投資家にもたらした違いはあまりにも大きい。

仮に、AさんとBさんという投資家が、公募時点でどちらかのの株式を購入し、現在まで長期保有した場合、その差に皆さんは愕然とするだろう。公開時点の公募価格で購入したとして、Aさんは、ミヨタを1000株購入したとすれば325万円の投資だ。ミヨタはその後1;1.3、1;1.0の分割を2回だけ実施しているから、1000株の株数は増えて1430株の持分となる。一方、Bさんも同じようにシチズン電子を公募時点で1000株購入したとしよう。シチズン電子の公募時点の投資額は、342万円。ほぼミヨタと同じ水準である。シチズン電子もその後分割を実施、1;1.3、1;1.0、1;1.2、1;2.0、1;1,5と上場後累計5回の分割を経てこちらの持分は、5148株となる。

もうお分かりだと思うが、分割考慮後のミヨタを現在の株価でAさんの金融資産を計算すると265万円と未だ元本割れの状態である。11年間保有し続けて絶対額で60万円ほどの損、直利回りでは−18%、毎年2ポイントずつほど資産が目減りしていった形となっている。方や、Bさんの金融資産は、現在のシチズン電子の株価で計算すると、2530万円に大化けしている。投資額に対して絶対額では2200万円ほどの儲けとなり、直利回りでは、なんと641%、年利換算で71%もの驚異のパフォーマンスを実現しているのである。想像では割り切ることができても、同じ時期に投資をしたAさん、Bさんの立場からは洒落にもならないというのが本音ではないだろうか。

この違いの裏に企業IR活動があったといえば言い過ぎであろうか。実は、シチズン電子の方は、私自身が、公開前に徹底的にIR戦略を描き傾注させて頂いた企業なのである。当時、シチズン電子の経営陣は、上場に際し、どのように資本市場において自社をイメージさせるかをことのほか考えていた。とりわけ危惧していたのは、シチズンと付いている社名そのもので、シチズン時計という親会社のイメージそのままで市場に出て行っていいものかを真剣に考えていたのである。

当時においても時計というイメージは既に我が国企業の勝ち組は、シチズン時計と服部セイコーであり、一人が複数の時計を持つファッション性から比較的安定した生産はなされていたものの、単価の下落も激しく市場では典型的な成熟業界と見られていた。安定的な供給はなされても大きな成長性はない。当時、シチズン電子も少なからず時計のムーブメントを受注していただけにその点を気にしていた。また、当時まだ市場は黎明期であったが、シチズン電子が事業的にもその将来性を期待し傾注していた事業があった。その事業が、現在の成長の牽引となったチップLEDを表面実装するという技術である。

今でこそ、我が国において携帯電話は、当たり前の時代であるが、当時は、我が国おいては自動車電話がまだ主流。しかし、欧米においてはノキアなどが先行して、携帯電話の開発を進めていた。その成長性にシチズン電子の経営陣は気が付いていた。当時、勧角総合研究所で企業IRの指導を行っていた私は、チップLEDの将来性につきあらゆる方面から将来を推計した。その技術は、携帯電話をはじめパソコン、カーナビゲーション、薄型テレビなど、今となっては私たちの身の回り溢れるハイテク製品において様々な方面で活躍する技術であることが分かったのである。

私は、当時の経営陣にこう進言した。「資本市場において時計のイメージを持たれることはかなりのマイナスです。まだまだこれからの技術ですが、チップLEDの光の世界を連想させるIR活動を行っていきましょう」。同社のIRコア・コンセプトは、「マン・マシンインターフェースで未来を開くシチズン電子」と決定した。これは、同社自身も折に触れ、使用していた言葉なのだが、意味は、携帯電話やパソコン、テレビや自動車、コピー機など様々なハイテク機械とそれを使う人間との間に必ずシチズン電子の技術があり、その技術で未来を切り開くという思いが込められている。

企業IR活動は、市場との対話の連続の活動である。チップLEDの話を中心にアナリスト達と対話が始まれば、政治家のマニュフエストよろしく、シチズン電子の経営陣は、チップLEDを中心とする事業の進捗状況を市場から聞かれることになる。勢い、同分野に傾注する事業努力は年々増していく。そうした市場の声もあって、シチズン電子は、今やチップLEDデバイスで世界的なシェアを占める世界的なメーカーへと成長することができたといえるだろう。

ミヨタの方も企業IR活動をしなかったわけではない。しかし、同社の方は、上場時にIRを戦略的に考えたわけではない。当時の同社のIRツールを見るに、時計の実装技術の紹介が第一であり、当時から手掛けていたビューファインダーや液晶バックライトは劣後する構成になっている。何回も言うが少なくとも、両社は、シチズングループの一員として人的、技術的、資本的な面では何ら変わらない状況であったはずである。表面実装においては、同様の強みを持ち、成長分野へ傾注することはミヨタにおいても可能であったはずだ。

企業IRを戦略レベルで実施する企業は、市場の声をバックに、それが自信となって大胆に新規事業に取組むことができる。市場の声は株価に反映しやすい。新規事業に参入する時、株価が逆に下がるようであれば、市場が何らかの理由で歓迎していない証ともいえる。事業経営者からみればオーバードライブをする前に踏みとどまることもできるかもしれない。本物の企業IRとは企業の将来を大きく変えてしまう活動といって過言ではないだろう。

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株式会社KCR総研 代表取締役 金田洋次郎
(証券アナリスト・IRコンサルタント)

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