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東京IPO特別コラム:いまさら聞けない!?「アメリカ大統領選後に何が起きる?」

〜語られないものを視る眼〜


「アメリカ大統領選後に何が起きる?」


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今回のアメリカ大統領選で、バイデン氏勝利の報道がなされていますので、政権交代(共和党→民主党)を伴う政治スケジュールを解説していきたいと思います。

<注意:トランプ大統領は今回の選挙において、一部の州で訴訟を起こし、また再集計やその検討が行われており、その結果次第では依然トランプ大統領続投の可能性があります。係争や再集計により勝者が覆る見込みが11/17に出る場合、選出シナリオを次回書きます。>

1)政権要人の指名
日本でも首相が交代すると、大臣や副大臣が入れ替えすることがあります。ですが、アメリカの場合、いわゆる政治任命と呼ばれる人々が、約4000―5000人という単位で入れ替わります。各省庁で人数にばらつきはあるでしょうが、トップ20〜30名位は選手交代となる感覚でしょうか。日本と異なり、大臣の半数は国会議員である必要もないので、次期大統領が閣僚クラスから始めて副長官、次官、次官補、大使といったあたりまで決まった順から指名していきます。

なぜこれほどの人数を指名させるかといえば、行政府職員に大統領の指示を忠実に実施させるためです。政権交代のときは特に、新大統領は前大統領の政策に反対しがちです。(選挙キャンペーン中、現職大統領の政策が悪いと批判して当選しているので、当たり前ですが。実際新大統領就任直後当たりは「AB○」(○には前大統領のイニシャル)、今回の場合anything but Trump(トランプ政策はありえない)、略してABTという言葉がワシントンで出回ります)その場合、行政府職員は、新大統領の執務初日に、180度転換して前日までの政策と正反対なことをすることは簡単でしょうか?日本でも自民党から民主党に政権交代した際の、民主党と官僚との関係を思い出していただければ、そう簡単なことではないと想像がつくのではないでしょうか。

大統領は1期目の場合、ホワイトハウス入り初日から再選を念頭においていますので、2、3年で何かしらの成果を出さねばなりません。そのため、本来大統領の管轄下に位置する大勢の官僚の抵抗と戦っているわけにはいきません。トップの考え方や方針を職員に伝え、実施をきちんと監督出来るだけの人数を各省庁へ送り込みます。

とはいえ、次期大統領は4千人も、5千人も個人的に知っていて指名するわけではありません。候補時代の陣営の主だった人々が移行委員会を設置して、誰をどのポジションに、といった選定を行います。選挙に関わっていた(大口献金や資金集め、候補の政策立案やスピーチ原稿書き等)人々が関与するのは、候補が勝利する1年前から選挙キャンペーンに参加して忠誠を証明した人々への褒賞人事が含まれているためです。例えば、オバマ政権下のケネディ駐日大使がその典型です。(なお、駐日大使はそれなりにステータスがあり、かつ二国間問題もあまりないので、褒賞人事によい役職と思われているようです)

ちなみに、どういう人々が政治任用で政権入りするのでしょうか。閣僚クラスの場合、連邦議員(国会議員)等の政治家もいますが、ルービン、ポールソン、ムシューニン元・現財務長官(いずれもゴールドマン・サックス)、マクナマラ(フォード)、エスパー(レイセオン)元国防長官のように大企業の社長出身、サマーズ元財務長官(ハーバード大学)のように大学教授もありえます。(監督業界出身者を任用する場合、泥棒が縄をなう可能性もありますが。。。)逆に下から順当に上がってくるのは稀です。ただ、基本的に、予算獲得等において、閣僚クラスは議会との調整が自然多くなりますので、政治家の方が適任と言えるでしょう。長期間連邦議員をしていても、大統領から打診されれば、大体は議員を辞めてでも了承します。それが、自身に不利であっても私心なく国家へ貢献しているとして評価されるからです。

その下のクラスでは、シンクタンクの研究員もよく政権入りします。シンクタンクとは、NPOの研究機関といえばいいでしょうか。ワシントンに多く存在しますが、民主党系、共和党系、独立系に大別できます。理想的なキャリアパスとして、しばらくシンクタンクで研究員となり、政権入りをして2年ほど在籍(よく激務といわれます)し、名前を売り、ワシントンが選挙モードになる頃にシンクタンクに昇格して戻り、次期政権が同じ党であれば政権に近い研究員(元同僚にアドバイスしている身分となるため)として、反対党であれば政権に批判的な研究員として自らが携わった政策のその後を追い続け、コネを駆使し次の勝てそうな候補に近づき、自らの政策提言を売っていき、運がよければ再度政権入り、というサイクルがあります。(「回転ドア」と揶揄されます)逆にいえば、こうしたキャリアパスを描けるほど、民間に政策立案能力が培われているともいえます。日本では望むべくもありませんが。

但し、この制度の難点もあります。大統領選の年には、トップの意見が変わる可能性が高いので、次期大統領に決めさせるべきと思われる政府の方針や政策に関する意思決定は棚上げされてしまいます。さらに、実際に決定する閣僚等が就任するのは通常翌年1月から半年程度かかりますので、最悪一年半程度意思決定がされない状態が生じることになります。

2)上院による指名人事の承認
さて、指名されてからもうワンステップ必要です。上院(日本でいう参議院)の承認が必要となります。こちらは、上院の各省庁に関する各委員会が指名された人物がその職に相応しいかを確認し、必要に応じて委員会に召喚し、承認の可否を決定します。

実は、大統領選の当日、上院議員の1/3、下院(日本でいう衆議院)議員の全議席も選挙されています。11月10日現在上院は共和党、下院は民主党が優勢とのことですので、もしこの通りとすれば、この時点で共和党の上院と民主党のホワイトハウスの最初の戦いのゴングが鳴ります。バイデン陣営にはオバマ政権にいた民主党員が多く含まれているでしょうが、基本的に政権交代の場合政治任用は総入れ替え(今回現職がバイデン政権に残ることは恐らくないでしょう)なので、政治任用の承認プロセスは難航する可能性は高いです。

念のため、大統領が異なる政党員を政治任用に指名する例もあるにはあります。例えば、オバマ政権では、(イラク情勢の後始末に)ブッシュ(子)政権で国防長官であったゲイツ国防長官をそのまま据え置きで、共和党の大統領候補に立候補したハンツマン・ユタ州知事を駐中国大使にしました。

なぜ、ここで戦いのゴングが鳴るのでしょう。それは、政治家の評価方法に直結しているからです。政治家は選挙公約の名の下に、様々な政策の実現を訴えます。そして、その実現の仕方はかなりの部分法案成立を意味します。(そもそも予算がつかないため)よって、何本法案を成立させたのか、が大きな政治家の評価指標となります。(そして、各議員がどの法案に可否と言ったか、成立に貢献できたか、といった「成績表」がNPO等の手によって公開されています)

そのため、共和党であれば民主党の政策実現は敵の得点(味方の失点)と認識されますので、できるだけ阻止する行動を取ることになります。上院は色々難癖をつけてくるでしょうし、ホワイトハウス側は、共和党は党利追求ばかりで国民の利益を考えない、と非難合戦が展開されることが予想されます。例えば、現在国防長官で取り沙汰されているフロヌイ氏は、オバマ政権下でも同様の検討がなされていましたが、保守的な共和党の上院では女性の国防長官は不適切として承認されないだろうとの見込みから沙汰止みとなった経緯のある方なので、もし指名されたら、一悶着あるでしょう。

このように、行政府と立法府が日本にはない緊張関係にある(教科書的なチェックアンドバランス)ため、大統領か副大統領クラスが連邦議員出身だと議会の調整の勝手が分かっており、運営がやりやすいといえます。今回は共に連邦議員出身なので、勝手知ったる相手との戦いになります。ちなみに、大統領候補として適任と言われる経歴に州知事があります。理由は知事も州内の各省庁を束ね、かつ州議会との調整を行う行政経験があるためです。その点ではバイデン・ハリスというコンビの場合、両者とも行政経験不足が懸念材料として指摘されています。

なお、日本ではホワイトハウスと議会で異なる政党が支配していることを「ねじれ現象」と呼びあたかも正常ではない印象を与えますが、アメリカではこれが正常です。アメリカの小学校で、誰に投票していいか分からない場合は大統領と議会は異なる政党に投票するように教えます。そうすれば、ワシントンの頭がいい人々が互いにメリット、デメリットを公共の場で語り論戦し、極端に悪い方向へ暴走しないように抑制できるはずですから、と。

3)年内は今年の残作業のラップアップ
バイデン新大統領が誕生するのは、来年1月20日正午なので、それまでは指名人事の他、現職大統領からの引き継ぎが行われることになっています。

一方、議会の方も、議員が選挙キャンペーンに奔走していたので、今年通すべき法案の多くが実質放置されています。これを12月頭くらいまでに急いで通します。(議員の任期は来年1月3日までありますので、現職議員が審議することになります。)

 

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。