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東京IPO特別コラム:「多様性の光と影:アメリカ」

〜語られないものを視る眼〜


「多様性の光と影:アメリカ」


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連邦議会議事堂占拠は終わりの始まり

今年早々アメリカではトランプ支持者による連邦議会議事堂占拠があり、政治分裂を見せつけられるニュースがありました。いつまでこの分裂は続くのだろうとお思いの方も多いかと思います。

この一連の動きの根底は、アメリカのアイデンティティ再定義による「産みの苦しみ」と視ています。2045年にはアメリカでは白人が単独過半数を割る、即ちマイノリティに転落するという予測が立てられています。*数の論理で白人が単独過半数である限り、アフリカ系(黒人)やヒスパニックその他マイノリティを受け入れるも二等市民扱いするも白人の裁量下にありました。

ですが、これから遠くない将来に威張っていられた前提がなくなってしまい、アフリカ系やヒスパニック等が団結すれば白人よりも数が多いとなった場合、今まで白人が享受していた不文律の優位性が様々な形で脅かされることになります。例えば、アフリカ系への白人警官の横暴がなくならないのは、その上司たちやその州の上層社会がおしなべて白人であり、そうした行為を許容する不文律があるからです。

そこで、対応策としては南アフリカのデクラーク政権のように他の人種へ融和的な態度をとるか、せめて白人と他の人種との間の経済的格差を決定的なものにする等白人の優位性をできるだけ延命させる政策をとるか、のいずれかとなります。後者は一度殴ったら(復讐が怖いので)殴り続けなければならないという極めてアメリカ的な考え方です。

翻ってみれば、リベラル派の民主党は既に融和的な態度を打ち出しています。今年誕生予定のバイデン政権で白人以外の人種が多く登用されると昨年末から報じられていますが、宜なるかな、です。今から政権での経験を中堅の世代で積んでおけば、次世代でリーダーの役を担えます。対して従来の共和党は富裕層(ほぼ白人)中心ですから、特に人種的な観点よりも富裕層に有利な政策追求がモットーです。(言い換えれば、貧困層への配慮は希薄です)

そこですっぽり抜け落ちてしまったのが、貧しい白人たち−特にアフリカ系やヒスパニック等に職を奪われたかそうなりつつあると怯え、不景気+コロナ禍のダブルパンチを受けている−です。もちろん、従来の白人の優位性の温存は特に求めないが生活の向上を求める人々なら民主党があります。しかし、アフリカ系やヒスパニック等に職を奪われるいわれはないと考え、既存の白人の優位性(、あるいはそれのみが自己のプライドの唯一の拠り所と思い込みそれ)にしがみつくより術がない人々には、彼らの声を代弁してくれる政党がありません。

そこの間隙を突いたのが、トランプ大統領です。嘘でもメキシコ以南からの移民の流れを真剣に止めようという政治家はいませんでしたから、トランプ大統領を熱狂的に支持することになります。実に、トランプ大統領の選挙スローガン「Make America Great Again」の「America」が言いえて妙なのです。スローガンは選挙民を包容し、一体感を生みだすためにありますから、私たちを意味する「us」とアメリカを意味する「U.S.」とを引っ掛けられるので、「us (またはLet’s be)」を使う方がより意図に沿いますし、未来志向が打ち出せます。(例えば、オバマ元大統領の「Yes, We can」とヒラリー元候補の「Yes, She can」を比較すれば一字違いで「We」の持つ包容力がよくわかると思います。)しかし、「America」のイメージは白人中心社会ですから、「白人中心社会よ、もう一度」という時間を逆行したメッセージとも読み取れます。トランプ大統領のコア支持者が最も望む甘い蜜の味となります。

ある意味、トランプ大統領の的確な(選挙民)マーケットセグメンテーションとも言えます。(持続性という観点からは疑問ですが、大統領の任期は最長8年ですから。)とはいえ、この層は今の時期だからこそ動員すれば大統領選に影響を与えられる人数がいるわけですが、いずれその数(影響力)を失っていくことは目に見えています。

白人中心社会の内面イメージチェンジの道のりは苦しい

当人たちは自らが起こしたトランプ旋風の影響力の陰りを今後の選挙の都度味わい、アメリカ合衆国という国は、白人にのみ開かれた新天地ではなく、全ての人種に開かれた国家であるという、アイデンティティ・クライシスに直面します。この際、アメリカという国の本質は何か(憲法冒頭の「We the people(人民)」のWeとは白人だけなのか、全人種への(選択の)自由の保証を旨とするのか)を問われ続けるでしょう。そして、白人の優位性の維持の必要性は何かを万民が納得できるロジックで説明できないまま、アメリカは白人だけのものではないというアイデンティティが再定義(認知)され、最終的に移民の波に押し流されていくでしょう。40、50年というスパンになるでしょうが。

この過程の中で、副産物は大きく二つあると考えます。一つは暴力です。KKK(クー・クラックス・クラン。白人至上主義者集団)やそれに類した人々による暴力とそれに対抗する形での暴力と、です。残念ながら不幸なニュースに接しざるを得ないでしょう。もう一つは、白人とは何か、肌の色以外で何が白人を白人たらしめるのか、−より露骨にいえば貧しい白人たちにあってアフリカ系やヒスパニック等にないものは何か−という問いです。(前稿でルールは作る者に都合よく作られるというお話をしましたが、まさにその応用版です)

例えば、ヒスパニックの多くは英語があまりできませんから、英語がきちんと話せること、不法移民との区別をつけるために国籍や市民権をきちんと持っていること、学歴が義務教育以上あることを証明できること(英文の書類を必要とする)、等の諸条件を従来厳しく求めなかった工場等の雇用先で徹底させようという運動が生まれるかもしれません。コロナ禍により、企業がオフィスを提供せずにリモートでかくかくしかじかのオフィスワークができる環境を準備できることという条件を追加するかもしれません。国籍や市民権を持つ失業者から優先的にコロナワクチンや新しいスキル研修をうけることができるように制度が作られるかもしれません。

ただ、こうして新しくできた制度が品質向上やコスト削減といった普遍的な利益を生み出すものが編み出されれば、そのまま波及し、アメリカのさらなる競争力となるでしょう。反対に単なるハンデにしかならないものは早晩淘汰されていくでしょう。

可能性は技術革新

少し脱線しますが、昨今AI(人工知能)、IoT(Internet to Things)、自動運転等といった新技術が発展しつつあります。これらは雇用という側面から見ると、プラスなのかマイナスなのでしょうか。

技術革新の歴史を紐解くと、新技術には、職業置換型と職業補完型の2種類の性質があります。置換型の例では、電化により点灯夫(通りのガス灯に火を付け、消す職業)が、印刷技術向上により写本師、植字工は消滅していきました。このような置換型の場合には過去労働者が機械を破壊するといった事件も発生し、新技術導入反対の声がかまびすしくなります。

一方、職業補完型の例では、ミシンが誕生したとき、針子たちの職業は失われず、ミシンの使い方を学習した針子たちがミシンを使い、生産性を大幅増大させましたし、OA機器がオフィスワーカーの生産性を上げています。この場合、生産者、消費者共に新技術導入による裨益に浴することができるため、反対運動は起きません。但し、生産者(労働者)が新しい技術を会得すれば、という条件が付きます。この会得をスムーズに行うためには初等教育や特定のスキル研修がやはり有効ということが産業革命以降実証されています。

こうした歴史を踏まえると、昨今の新技術をどう理解したらよいでしょうか。自動運転技術により運転手の需要が今後減っていくでしょうし、一方でAIを活用したオフィスワークのさらなる生産性向上が期待できるでしょう。実際には職業置換型と補完型のハイブリッドのように考えられます。

昨今の技術革新の波をうまく捉え、肌の色に関係なく失業者を中心とした貧困層へ新技術の会得を促進しつつ、技術革新による新しい産業育成や雇用増加につながるよう政府が支援することで貧しい白人たちが不必要に危機感を募らせることなく生活を好転できれば、アメリカのアイデンティティ再定義もソフトランディングできるでしょうし、そう願いたいものです。

蛇足ですが、リンカーン大統領の奴隷解放宣言後、南部のプランテーション所有者が最終的に奴隷解放への抵抗をやめた背景には技術革新がありました。南北戦争で負け、非合法となったとしても、南部がこっそり奴隷を保有することは不可能ではなかったはずです。南部でも奴隷が最終的にいなくなった本当の理由は、農業用機械を用いた方が奴隷を保有するよりコストが安くなったからです。(奴隷は毎日食べさせなければなりません)

今後の技術革新が今またアメリカのマイノリティの地位向上に貢献してくれることを願ってやみません。

 

*「『見た目』が変わるアメリカ 25年後には白人が少数派」朝日新聞、2020年10月17日 https://www.asahi.com/articles/ASNBH3TYHNBGUHBI03K.html

 

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

 




 

※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。