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東京IPO特別コラム:「覇権帝王学の基礎知識:ヤバいレトリック」

〜語られないものを視る眼〜


「覇権帝王学の基礎知識:ヤバいレトリック」


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先日、経団連会長がカーボンニュートラルを最優先とし、米欧企業と連携強化いう報道がありました。* この発言には日本政府との協調路線もあるでしょうが、リベラルな民主党政権がアメリカに誕生したことと無関係ではなさそうです。

バイデン政権の環境問題への高い意識(民主党の元大統領候補にして、元国務長官という重鎮政治家のジョン・ケリー氏を大統領気候変動問題特使に指名したことでもわかります)の背景には、オバマ政権時代から煮え湯を飲まされている、共和党への痛烈な反撃があります。アナーキストに近いコーク兄弟(一族経営による石油会社等を所有するビリオネア)等の大型献金が共和党に流れ込み、アメリカ国内の環境規制緩和に向けた長期的な動きが、共和党を通じて行われていました。**

人にはそれぞれ思惑があります。それは古今東西同じことです。その本音を理解した上で、自らの利益になるように対応していくことが肝心です。

そこで、今回は国際政治でよく聞く、本音を美辞麗句で隠すレトリックをいくつかご紹介します。

「市場解放/自由貿易/保護主義反対」
日米貿易摩擦時代を思い出される方も多いかもしれません。アメリカがよくいう言葉でありますが、アメリカ製品は高品質・低価格と自負しているので、政府による市場参入障壁さえ取り除けば、その市場で利益を得られるはず、という本音が隠されています。

「援助/租借」
落語ではないですが、タダほど高いものはありません。様々な形の援助を受ければ、返礼を求められます。それは、国家間でも同じことです。日本もODAという形で金銭的な無償援助や円借款を行っています。紐付きとかつて批判されましたが、ハコモノを建設する際の利ざやくらいですから、その国を乗っ取らんとする足がかりには程遠く、世界史的にはかわいいものです。歴史を振り返ってみれば、大きな代償を伴う事例はたくさんあります。

イギリスがインドを植民地にするきっかけは、ベンガル太守の依頼により、隣国を攻撃する際にイギリス船による海上砲撃を援助したことでした。その太守はある町の徴税権をイギリス商人に渡し、それがいつの間にか完全に母屋を乗っ取られたのでした。

そのイギリスもアメリカ参戦前の第二次世界大戦中、アメリカに武器等の軍事物資を大量購入しましたが、その借金の代償は、イギリス帝国の武力行使の要の一部でした。カナダのニューファンドランド、バミューダ諸島、英領西インド諸島にある基地の利用権でした。

戦前、日本も中国の段祺瑞政権に対し下心満載で約1億円を借款しました。(西原借款)但し、段政権の失脚と共に無駄な投資となりました。そういう記憶があるので、日本政府は戦後ほとんど外国借款に頼っていません。

租借といえば、イギリスが99年間香港を租借したことが有名ですが、前世紀の話では済みません。現代でも、中国は支援の見返りにパキスタンより同国グワダル港の運営権を移譲されています。中国版シーレーン防衛体制構築の一環と考えられます。(対して、アメリカは同地域においては、インド洋内の英領ディエゴ・ガルシア島を軍事利用しています)

「優生学/人権擁護/内政不干渉の原則堅持」
優生学は歴史用語になってきた感はありますが、こちらは植民地時代、宗主国による統治を正当化するため、学問的に西洋人が優れており、植民地の人々は劣っているということを言いたいための「学問」として優生学なるものが生まれました。当時のダーウィン主義の援用といっていいでしょう。この考えは、数少ない西洋人が数多い現地人を統治するために使われ、植民地時代が終わっても西洋人の優位性、差別を正当化する際に存在していました。

一方、優生学の真逆をいくのが、人権擁護でしょう。これは、イギリスがアフリカ人奴隷貿易を反対する際に用いました。とはいえ、これだとて、イギリス帝国内に奴隷貿易で収益を上げている利益団体がない一方(カリブ海の製糖産業は規模が小さすぎて無視されました)、フランスやスペイン等が利益を上げていたので、そのうまみを潰すためのレトリックでした。アメリカ南部の奴隷州の多くは元々スペイン領で、ナポレオン戦争での敗北によりフランスに譲渡され、アメリカに売却されました。そのため、そのエリアはイギリス帝国内(アメリカは独立したとはいえ、ニューイングランドはイギリス人の頭の中に含められていたとしても)ではないのでしょう。事実、イギリスは海軍を使って、アメリカに向かう奴隷船を阻止しました。

現代においては、アメリカが中国のチベット地方の少数民族への虐待を非難する際のレトリックに使われています。(そして、バイデン政権もこれから大いに活用するでしょう。)これに対する中国の反論は、当然「内政不干渉の原則堅持」となります。つまり、大きなお世話、ということですね。

「軍縮」
軍縮は特定の武器・装備に対し国際的に制限しようとする動きですが、その武器を最も持っている国が軍縮というときは、別に本音があります。その国は、その武器を持つことにより他国より優位性を持っている状態にあります。しかし、この優位性をいつまでも持てる保証はありません。そのため、「軍縮」という名のもとに、他国が自国より持とうとする努力を抑制し、自国の優位性を長期化させたいということなのです。

逆に、優位性が確立していない分野では、軍縮の動きは全く出ません。即ち、新たな分野として注目されている、宇宙、サイバースペースではそのような気運はありませんが、既存の核兵器については、核軍縮の動きがあります。

なぜ核兵器なのでしょうか?核大国以外に核兵器を持たせないことで、持たない国に対するこの国々の軍事的優位性は格段に高いです。しかし、多くの国々が核兵器を持ってしまったら、その優位性が薄れてしまいます。こうした動きを阻止するため、核大国、別名国連安保理常任理事国は、国際原子力機関(IAEA)を設立し、監視活動を担わせています。そしてこの機関の趣旨は、既存の核兵器の削減に努めるとともに、新規に核兵器を持つ国がないように監視するということです。前者の目標について目立った動きをしたことはないですが、疑念を持たれたイランや北朝鮮へは査察を送る等の活動をしています。

少し脱線しますが、スターウォーズ計画もレトリックの要素が強かったと考えています。レーガン政権は、アメリカの軍事費に合わせて(対抗して)ソ連も軍事費を増大させているという事実を発見します。これを見て、ソ連を破産させようとレーガン政権が出した答えが、戦略防衛構想、通称スターウォーズ計画です。当時夢物語に近かった、軍事衛星と地上の基地を連動させ、飛来するミサイルの迎撃システム構築等に投資するとして、毎年防衛費を釣り上げていきました。(アメリカは通常、1980年代から始め、最近完成するような超長期計画を考えませんので、防衛費を膨らませるためのレトリックと解釈する方が正しいと著者は考えます)当然、ソ連もとりあえず軍事費を上げざるを得ません。サミット会談時に、ゴルバチョフ書記長はレーガン大統領に、「ソ連を破産させる気か?」と言ったそうです。結果、その通りとなりました。

「民主化」
欧米諸国は、往々にして非民主主義国家に対し民主化を求めます。一つには、欧米諸国の人々に安心感をもたらす効果はあります。しかし、それだけではないと考えます。独裁、寡頭政治の場合、民主国家よりも意思決定プロセスが効率的で迅速になりますので、民主国家としては懸念材料となります。また、意思決定に対し影響を与えたいと考える際に、アクセスすべき人数が限られます。一方、民主国家なら、例えば日本の場合、中央官庁がノーと言っても、自民党議員に働きかけ、メディアを使って与論形成のための下地作りを行う等やり方はその国によって色々考えられます。

そして、万一その独裁政権を倒したいと考える場合、問題となるのは倒した後です。民主国家であれば、次のリーダー候補はそれなりに名が知られていますし、統治能力や経験値がある程度期待できます。しかし、独裁政権であれば、その芽は政権が摘んでいるか、能ある鷹は爪を隠しているかのいずれかで、外部から誰が候補となりうるかがよくわかりません。

例えば、ブッシュ(子)政権によるアフガニスタン侵攻時にも、イラク戦争時にも、誰を現地リーダーに据えるかを事前検討していました。アフガニスタンの場合、由緒ある部族のリーダーであったカルザイ氏をアメリカが打診した人々が皆推薦し、カルザイ氏も親米姿勢を示したため、アメリカが担ぎ、現地ではそれなりに受け入れられました。(但し、カルザイ政権の統治能力の低さと米軍の不得意な山岳地帯での戦いでタリバン勢力を根絶できず、泥沼状態が続いています。)

イラクの場合、ヨーロッパに亡命中のチャベス氏をアメリカが見つけ、イラクの次期リーダーに据えてみましたが、食わせ物だったようで、人々の納得感を得られませんでした。加えて米軍とその下請企業の失策続きで、不安定な状態が続いてしまいました。

このように、非民主国家ではポスト・クーデター期に親米リーダーを据え、安定させることは結構難しいのです。

国際政治レトリック集、いかがでしたか?耳に心地よい、あるいは反論の余地がないと思えるものほど、ご用心。逆に言えば、そのようなレトリックを考えつくことも、見破ることも、覇権帝王学の基礎となります。

 




*「経団連会長「脱炭素を最優先に」 米欧企業と連携も強化」日本経済新聞、2021年2月22日 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF18EI60Y1A210C2000000/

**ジェイン・メイヤー「ダーク・マネー 巧妙に洗脳される米国民」参照。(なかなかの力作です)

 

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。




※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。