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東京IPO特別コラム:「311から10年目に振り返る組織論」

〜語られないものを視る眼〜


「311から10年目に振り返る組織論」


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今年は東日本大震災から10年目となり、新聞各紙この10年を振り返っています。日本経済新聞の井口哲也氏はこうまとめています。







インフラ再建は着実に進んできました。しかし人口が縮む中で豊かさを維持する街づくりという日本の根源的な課題への答えは見えません。事故を起こした原発の廃炉もタンクにたまる処理水の扱いすらメドがつかず迷走が続いています。震災でそのもろさを露呈したエネルギー政策についても原発をどう位置づけるかの真剣な議論を避ける一方、再生可能エネルギーの本格導入への準備も進まないまま、「思考停止の10年」を過ごしました。

自らに責任の火の粉が降りかかるのを避けようと前例やルールを盾に変化を拒む官僚や、その陰で現状に安住する既得権者、「政治主導」をうたいながら結局、官僚なしには物事を決められない政治家……。そんな日本の統治構造の欠陥が今回の新型コロナウイルス危機でもあらわになりました。*




 

この文章を読んで思い出されるのは、第二次世界大戦直後のアメリカ兵の本音とも取れるジョークです。

「世界最高の軍隊は、アメリカ人の将軍、ドイツ人の将校、日本人の兵卒だ」
(対して世界最弱はいくつかバージョンはありますが、「日本人の将軍、ソ連人の参謀、イタリア人の兵卒」等があります)

末端の兵卒レベルまで目標が認知されていれば、日本ほど迅速に物事が進む国は珍しいです。これが上記でいえば、インフラ再建であり、戦後の高度経済成長です。しかし、いったんその目標が達成されると、リーダーの無能さが露呈し、何も進まない状態です。

そこで悲喜劇が生まれ、自分たちで出来る範囲でやろうという動きが日本の「兵卒」たちがその場の崩壊を遅らせるべく奮闘し、燃え尽きるまで頑張ります。これが第二次世界大戦中の太平洋に浮かぶ島々でそれぞれ孤軍奮闘した兵卒であり、現代では燃え尽き症候群と呼ばれるビジネスパーソンたちです。

対して、無能なリーダー層は傍観あるいは無茶な指示を出します。護衛の戦闘機なしで戦艦大和を送り出し、特攻隊や人間魚雷で無駄に若い命を散らせました。現代でも、近頃メンタル系の書籍が書店にどれほど氾濫していることでしょう。病んでしまう人々だけの問題ではないように思います。

本来なら彼らが倒れる元となる前提条件や課題の解決に邁進すべきリーダーたちは、その無能さを告発する者もいないまま、責任追及があいまいなままに時は過ぎ、この問題の構図は定着していきます。いつか、何かが起きて社会全体が崩壊するか、大変革が必要であることが末端の兵卒にまで浸透する時まで。いわば、茹でガエル(水にいれたカエルは徐々に水温を上げていくと、自らが危険な状態にいることが分からない)の状態です。え、311は特別?ご冗談を。第二次世界大戦で日本軍と戦ったアメリカ兵が抱いた最大の謎は、なぜ日本人は同じ過ちを正確に何度も繰り返すのか?でした。

冒頭に掲げたジョークを違う視点からみると、日本とは真逆のアメリカが見えます。つまり、リーダーが練りに練った戦略を打ち出すものの、末端の兵卒がいうことをきかないという組織(社会)のあり方です。

日本だと対コロナワクチンはいつ国民全員に行き渡るのか、全体ロードマップは不明ですが**、昨日バイデン大統領は全成人を対象に5月1日までに拡大し、7月4日の独立記念日までに接種を終わらせ、制限を緩和していく見通しを表明しました。

ただ、バイデン大統領率いる連邦政府ができることは、「18歳以上のすべての人を5月1日までにワクチン接種の対象とするよう」州政府に指示することであって、実施機関である州政府がコミットしたわけではありませんし、できるようにも思えません。そもそもそのような接種を全ての州政府ができる体制は整っていません。例え連邦政府がワクチンとカネを州政府に渡したとしても、接種を実施するヒト、段取り、設備が元々あるわけではありません。殊にアフリカ系アメリカ人への差別が根強い南部州で果たしてどれほど彼らに摂取をさせる意志があるのか不明です。このように、歯切れの悪い日本政府に対して、明快に聞こえるアメリカ政府はその実行力に疑問符が常についてしまいます。

そして、これはコロナだから特殊なのではありません。例えばリンカーン大統領は1863年に奴隷解放宣言を行い、アフリカ系アメリカ人は白人と同等の権利を有することになりましたが、未だ南部州を中心に人種蔑視が残ります。また、アメリカ発祥のバリアフリーの概念も、アメリカではなかなか浸透しません。むしろ東京の方がニューヨーク市よりよほど公共交通機関や公共施設等でエレベーター、エスカレーター、スロープが設置されています。

むしろ、次のように組織ができていると理解した方がいいかもしれません。即ち、リーダーは末端の兵卒の実行力が低い前提で、どうするかを考え、組織を構成します。例えば、進出当初話題になった日本マクドナルドのメニュー、スマイル0円。そのくらいサービス業では当たり前の日本では完全に冷やかしでスマイルを注文したお客はたくさんいたと思いますが、本家のアメリカではそういう常識はありません。従業員用のマニュアルに記載しなければ接客スタッフは笑顔一つ作らないので、笑顔でもってお客を迎えると企業として宣言しているわけです。尤も、笑顔を作るほどのお給料を与えていないのではないかという話もあり、逆に日本の100円ショップの店員がなぜ笑顔を作れるのかと、著者は逆質問にあい、困ることもありますが。。。

とはいえ、全ての行動をマニュアルに記載できるはずもありません。どうしていいか分からない場合、会社のルールが別にあったとしても従業員は好き勝手なことをお客に言います。結果、お客が満足しない場合も多々あります。その場合の抜け道がその従業員の上司(管理職)と話すことになります。管理職クラスには通常の従業員以上の権限が多々付与されています。

例えば、フライトが遅延したので、乗り継ぎ便に間に合わず、航空会社の窓口で次の乗り継ぎ便の手配を依頼してもけんもほろろな対応しか受けない場合、大体その窓口の上司を出してもらって話をすると、次の乗り継ぎ便の搭乗券にソフトドリンク券やフライトのアップグレード、ラウンジ利用といったおまけが付くことがあります。(あまりにアメリカの従業員の態度が悪いときには、ぜひ上司を出せと言ってみてください。)

窓口にいけばそれがどうした程度の扱いしか受けませんが、管理職ならここで顧客を怒らせたまま放置しておくと、顧客は二度と利用してくれないばかりか口コミで広められて会社のイメージダウンにつながりかねない、という判断ができ、きっと窓口で悪い対応されたであろうという想像も簡単につきますので、愛想の良い対応をすぐにします。(逆に、そういう判断ができる兵卒なら速く将校(管理職)に昇格できます)
このように考えていきますと、日本は「前提」、「想定」という箱庭の中では大変快適ではありますが、(箱庭の中をいかに快適にするかに血道を上げすぎるためか)一歩箱庭の外にでてしまうと全く融通がきかず、意見がまとまらず、思考の袋小路へ迷い込んでしまいます。ハイコンテキスト(不文律や暗黙の了解)文化では、前提や想定の世界が人々の間で共有しやすいことが主な原因なのでしょう。そのため、官僚の世界であれば予算の範囲内が箱庭(「想定」内)となり、いつの間にか想定外の可能性には目をつぶります。よって、津波が予算(箱庭)で建設した堤防を超えれば「想定外」という表現になり、過去に同様の規模の津波があったことは不都合な真実として扱われ、そもそもその堤防の高さでよかったのかと「想定」を疑う声を抑制します。

一方、ローコンテキスト文化のアメリカでは、「前提」や「想定」が組織や社会の中で浸透しづらいですし、そうしたものを壊すことを奨励されます(例えば大学院では偉い教授の意見を鵜呑みにせず、意見・批評を述べよ、とよく言われます)。そのため、パラダイムシフトが比較的起こりやすく、大きな課題にも果敢に挑戦することにも繋がります。例えば、野心をもって政権入りを考える人々は危機がありそうな部署に行きたがります。変な話、北東アジア・アメリカ間関係のアメリカ人ウオッチャーは、昔は日本を選択したものでしたが、今は中国、次に韓国・北朝鮮を選ぶ傾向が見られます。日本関係ではほぼ危機が訪れる可能性はない一方、中国なら今後共様々な摩擦が、韓国・北朝鮮なら金体制が危機を時折作ることが予想され、その時の働き次第では名を上げる可能性があるからでしょう。

さて、どちらの社会がより住みやすいかは読者の皆様がそれぞれお考え頂くとして、別の視点から次のようにも著者は思いを巡らせています。

優秀な兵卒の上には優秀なリーダーがつかず、優秀なリーダーの下には優秀な兵卒がつかないということは、もしかしたら人類のDNA的な叡智なのかもしれません。神か自然のせいか分かりませんが、人間社会は一定のスピード以上進みすぎてはいけないというブレーキが備わっているようにも思えるのです。

皆様はいかがお考えでしょうか?

 

*日本経済新聞「【Editor's Choice】編集局長が振り返る今週の5本」、2021年3月13日
**例えば厚生労働省ホームページにもワクチン接種に関するスケジュールは記載されていません。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00218.html

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。




※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。