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東京IPO特別コラム:「中東政策で揺れるアメリカ」

〜語られないものを視る眼〜


「中東政策で揺れるアメリカ」


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今回は先日のイスラエル・パレスチナ間の停戦合意を受け、アメリカの中東政策について考えたいと思います。日本人には馴染みが薄いですが、アメリカを大いに悩ますのが中東政策です。トランプ政権とは真逆の道を行くバイデン政権ですが、それぞれ何を求め、選択したのかを見ていきたいと思います。


前提となる4つの対立構図
一口に中東問題と言っても、様々な対立構図が入り組んでいるため、非常に分かりにくいですが、大きく以下の4つを念頭に置くとよいでしょう。


1. イスラエル・パレスチナ間対立(搾取構造)
これは歴史の重み編でも語る予定の、現代の帝国主義の形です。簡単に言ってしまえば、農民から土地を奪うことにより安い都市労働者を量産するという考えです。イスラエル建国時、その後の入植地拡大というスローガンの下、そこに住んでいるパレスチナ人を暴力で追い立て、家、農地、家畜その他資産を奪います。奪われたパレスチナ人は裕福なイスラエルに出稼ぎに行き、安い給料で甘んじる他ありません。(2000年代初頭にイスラエル人とパレスチナ人の平均所得の差は3倍と聞いたことがあります。)


もちろん、イスラエルへの国際非難は高まりますが、その抑えはパレスチナへの雀の涙の補償と共に欧米にツケを回します。(まさに、今回もバイデン大統領はパレスチナへ支援を表明しました。)


2. サウジアラビア・イラン間対立(中東の勢力争い)
歴史的に中東の覇者は、人口が多いエジプトかペルシャです。そこに、イギリスの支援の下サウド家が広大な油田の上に国家を樹立したため、サウジアラビアも地域大国として名乗りを上げています。サウジアラビアとしては、地理的に両国に挟まれた形ではありますが、油田がなく貧困なエジプトより、サウジに次いで広大な油田を持つイランの方が脅威に映ります。そこに、サウジ側にスンニ派が、イラン側にシーア派が多いことから、両派の分布に応じて中東の政府や人民がどちらに味方するかがおおよそ決まります。


3. イスラエル・イラン間対立(ヒズボラによる代理戦争)
イラン革命以後イランはイスラエルを敵視する姿勢をとっています。第二次世界大戦前からイギリス、ロシア、アメリカ等の欧米大国からイランへの介入が喧しく、戦後CIAがイランの油田を国有化することにより現ブリティッシュ・ペトロリアム社(BP)の権益を喪失させたモサデク首相へのクーデターを仕掛け、後継に親米派シャー(パーレビ朝)による親政を据えました。そのシャーをイラン革命で追放したのですから、イランには抜きがたい欧米への不信感がありますし、イスラエルはアメリカ系列国にしか見えないとしても不思議ではありません。そのイランがシーア派の雄であり、かつイスラエルの隣国・レバノン国民の約半数がシーア派であれば、そこを拠点にイランから支援を受けているシーア派武装集団ヒズボラがイスラエルと戦火を交えること(イランの代理戦争)は当然の成り行きです。


4. イスラエル・アラブ間対立(領土問題)
第一次世界大戦時にイギリスがアラブとユダヤ人に戦争協力を求める際に同じ土地での国家樹立を約束してしまった二枚舌外交が発端で、イスラエルは1949年建国初日から建国に反発する周辺諸国と第一次中東戦争を始めました。もちろん先住パレスチナ人を虐待、追放した形での建国ですから、パレスチナ人への同情もありますが、元々その地を領土としていたエジプト(・ヨルダン)との領土問題が根底にあります。最終的には、第四次中東戦争でエジプトがイスラエルからシナイ半島を回復(キャンプ・デービッド合意)し、ヨルダンがヨルダン川西岸地区を放棄すること(平和条約)で決着しました。


但し、地域の道義上の同情がパレスチナに向けられる分、イスラエルは中東における異物として、事あるごとに周囲にアレルギー反応を引き起こします。一方、イスラエルは承知の上で建国・第一次中東戦争で勝利していますし、正確な時期は不明ながら(アメリカの黙認の下、公然の秘密として)核兵器を保有することで最低限の安全保障はあります。(イスラエルは黙認してイランは核保有がいけないというのは理不尽とイランが考えても当然です。)


さて、このように厄介な地域をアメリカはどうしたいのでしょうか? 直近の対照的なトランプ政権とバイデン政権の政策を見てみましょう。

トランプ流解決方程式
トランプ政権の場合、「アメリカを再び偉大に」がスローガンであり、少なくてもイスラエルの安全保障を確固たるものにするまでは、中東地域での政治力の維持にコミットしていました。よって、トランプ大統領の答えはイラン一国を悪者として孤立させ、アメリカ主導の下その他の諸国の和解・結束を促すこととなります。

すなわち、イランに対しては敵視をむき出しにする一方、イスラエルとの親密な関係を維持しつつ、同じアメリカの実質同盟国であるサウジアラビアとの国交樹立を目指しました。実際、露払いとして親サウジのバーレーン、アラブ首長国連邦とイスラエルとの国交樹立を2020年に達成しました。もう4年トランプ氏が大統領であれば、サウジとの国交樹立が成立したかもしれません。これが実現すれば、イスラエルにとり第五次中東戦争の可能性はなくなります。

このように対イラン包囲網が築ければ、孤立無援で弱体化するイランがイスラエル敵視、及びヒズボラやパレスチナの政治・軍事組織ハマスの支援をやめるよう説得する方向に動いたかもしれません。(イランが同意するところまでいけば、イスラエルの安全保障の道筋をきちんと作ったとして、アメリカはフェードアウトできるかもしれません。)

またこうすることにより、サウジへの接近を望むロシアをけん制できます。ロシアがサウジと接近したい理由は、原油価格の高値維持です。厳密にはサウジだけで原油価格を決めることはできませんが、サウジ政府が増産すると一言いえば価格は下がりますし、石油・天然ガスが輸出の約7割を占めるロシアには一大事なのです。実際昨年3月OPECプラスでロシアとサウジが対立し、サウジは一方的に増産を発表し、原油価格を大幅下落させました。*対し、石油消費国のアメリカやその同盟国(とその経済)にとってサウジ政府が低価格路線を歩むことが重要となります。よって、サウジ政府への発言力が強い方が日本にとり望ましいとなります。

但し、パレスチナにとっては最悪です。アメリカがあからさまに親イスラエルであり、2020年1月に出されたトランプ案では東エルサレム及び西岸地区をイスラエル領として認知するよう求めています。

バイデン流解決方程式
バイデン政権の場合、中東での覇権コスト(同地域でのアメリカ企業権益保護にかかる諸コスト、イスラエル軍事支援コスト、イスラエル支援の立場により被るダメージ・コントロールコスト等々)削減が重要です。よって、トランプ大統領のようなイスラエルとの蜜月時代の真逆をするのです。すなわち、イラン核疑惑を取り去り、関係を改善します。

当然アメリカの力によってイランの力を抑制させたいイスラエルやサウジは反発し、アメリカの発言力は低下し、その空白をロシアが埋めることになります。実際、今回の停戦合意でもバイデン大統領の呼びかけをネタニヤフ首相は却下し、その翌日エジプト仲介による停戦合意する形でバイデン大統領の面目を潰しました。さらに、エジプト現シシ政権はロシアと近い関係にあります。

そこで、今後のアメリカの出方として以下のシナリオが考えられます。
(中立シナリオ)
アメリカ抜きで地域問題を解決する機運を高め、アメリカは自然と中東からフェードアウトし、ロシアの中東での影響力が増します。
(分割統治シナリオ)
イラン支援を強化し、イスラエルではなくサウジとの対立を促します。アメリカがイラン支援に向かえば、自然とイスラエルとサウジは手を組むことを考えます。「敵の敵は味方」は中東のことわざです。そして、人間の性として、外敵よりも内輪もめの方が熾烈ですので、サウジ・イランの対立軸が鮮明化します。こうなれば、アメリカは完全フェードアウトをせず、古典的な分割統治を米ロで行うでしょう。
(四面楚歌シナリオ)
アメリカとイランは大統領選挙の巡り合わせが悪く、穏健派のオバマ時代には強硬派のアフマディーネジャード大統領、強硬派のトランプ時代には穏健派のロウハニ大統領というように、組み合わせがよくありません。そして、来月6月18日にイラン大統領選を迎えます。トランプ時代の影響か、強硬派の大統領が選出される予測が報じられています。その通りなら、アメリカ・イラン関係は中々改善されず、イスラエル、サウジにも嫌われたまま、四面楚歌の状態でフェードアウトする可能性もあります。

しかしロシアにアメリカの役割を移譲する場合、前述の通りサウジとロシアの接近は原油価格高騰を招くリスクはあります。またアメリカがフェードアウトする場合、地域内対立の激化によりペルシャ湾岸・シーレーンの安全が保障されない事態に発展するリスクがあります。

そこで、バイデン政権が出した対抗策が、実は脱炭素化政策ではないかと推察しています。気候問題という一見誰も反対しにくい大義名分の下、世界を石油依存脱却に急き立て、ロシアとサウジが原油価格引き上げを目論んでも大きな脅威を感じずに、あるいはペルシャ湾で戦闘が発生したとしても、アメリカとその同盟国経済に多大な影響が及ぶことのないように、動いていると思います。但し、アメリカ自体は油田を持つ国なので、多少望ましいレベルまで脱炭素化できていなくても、妥協できると考えているでしょう。

このように考えれば、バイデン政権の気候問題に関するちぐはぐさが説明できるのではないでしょうか。海外へは元大統領候補・国務長官で民主党重鎮であるジョン・ケリー氏を気候問題担当大統領特使に任命し、菅内閣へは脱炭素化社会を急かし、(2021年4月の訪米前後からデジタル庁に代わり、主要テーマとして報道されるようになりました)、同様の意を受けたヨーロッパでも、ロイヤル・ダッチ・シェル社に対する30年までのCO2削減順守を命令する判決を出しました。

一方アメリカ国内では、気候問題に関する大統領上級顧問(企業との調整役)として、石油・天然ガス業界側のリッチモンド元下院議員を任命**し、既に国内での新規石油・天然ガス開発を認可し、既存パイプライン計画を容認する姿勢を見せています。さらに、民主党内の石炭・石油州出身の議員が反発しており、バイデン政権が気候問題で十分な予算を確保できないのではないかという観測***さえあります。

この見立てが正しければ、タイムリミットは2030年。以後湾岸原油に依存し続ける国々には、原油高騰リスクに直面するというメッセージが潜んでいることになります。そうした国のリストの筆頭は、当然中国でしょう。そして先進国が原油輸入量を大幅削減することになれば、困るのは産油国です。サウジでは、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子(MbS)が中心となり石油依存脱却に向けて改革中ですが、エネルギー部門以外の経済力が脆弱なロシアも被害者リストの筆頭に入るでしょう。

中露は共に、バイデン政権が競争相手として対立姿勢を打ち出している国となります。

 

*「サウジ、欧州向け原油8ドル値引き ロシアたたきに価格戦争」日本経済新聞、2020年3月18日(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56907920X10C20A3000000/)
** “Biden’s First Climate Appointment Is A Fossil Fuel Industry Ally” (https://www.dailyposter.com/news-bidens-first-climate-appointment/)
*** “Biden's climate agenda: Is this the beginning of the end for fossil fuels?” (https://www.bbc.com/news/world-us-canada-55872331)

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。




※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。