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東京IPO特別コラム:「自民党総裁選2021と米中関係」

〜語られないものを視る眼〜


「自民党総裁選2021と米中関係」


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アメリカの本音は「勝ってから来てくれ」
アメリカの新駐日大使の着任はまだしばらく先のようです。報道では米議会の承認に時間がかかっているようですが、自民党総裁選が終わり、落ち着いてからの着任となることが予想されます。

冷戦下ならいざ知らず、アメリカ政府は日本の選挙に巻き込まれることを非常に嫌います。直近では2012年の総選挙で当時野党の自民党がアメリカと仲良くできるのは与党の立憲民主党ではなく自民党であることを強調したときでしょうか。当時のアメリカ政府の感覚では野田政権とは関係は良好であるという認識であり、選挙にアメリカを巻き込むとは迷惑だという印象を受けていました。

そのため、あまり日本との接点がないエマニュエル大使を選挙中に送ってしまうと、各候補がこぞって選挙利用に走ることが予想されるため、これは避けたいというのが本音でしょう。むしろ、アメリカとの良好な関係を誇示しないと勝てないような弱い首相が欲しいのではなく、自力で総裁選に勝ち、強い政治力をもってから会いに来てくれ、と思っているでしょう。

少し脱線しますが、日本にとっても選挙に外国を利用しようという考え方は感心しません。外国の政治介入を許せば、よくない結果になります。最近でもロシアがアメリカの大統領選挙に介入した疑惑で関係が悪化しました。これはまだ外国が単独で介入した例ですが、国内のあるグループが介入を招く行為で結果的に最悪な事例は、ブリティッシュ・ラージ(イギリスのインド統治)のきっかけを与えたベンガル太守でしょうか。まだインドがイギリス植民地でなかった頃、ベンガル太守の座を争う二派がそれぞれ英仏を味方に付け、イギリス派が勝利したためにベンガルの地に徴税権を得たことがことの始まりでした。やがて、インド亜大陸を蚕食した結果、全土を植民地化するに至りました。このように、外国の介入の隙を与えることはご法度です。

米民主党政権との相性
一般的に米民主党はリベラル、共和党は保守的と言われます。アメリカでいうリベラルとは、思想的に左寄りという見方というよりは、新しい考え方、価値観に許容的であるという方が分かりやすいでしょうか。そのため、伝統的なキリスト教的倫理観から外れるような、堕胎や同性愛を受け入れますし、儀礼よりは中身、ウェットな人間関係よりはビジネスライクを好む印象を受けます。例えば、オバマ大統領来日の際安倍首相と銀座のお寿司屋さんでの晩餐では、オバマ大統領が途中で切り上げてしまいました。ここからオバマ大統領に安倍首相の面目丸つぶれという感覚は薄いという見方もできますし、よほど寿司ネタの方が話すネタよりうまく大統領側に不満が大きかったという見方もできます。

そのため、一般的に保守的で体面を重視するアジアは共和党を好むといいます。アメリカ政府との相性という面だけでいえば、新首相は保守色が強く世間話程度のネタしか用意できない人物だと辛いでしょう。バイデン大統領は菅首相に自身を語った通り「叩き上げ」の元上院外交委員長らしく、米民主党の中ではアジア的な面子の尊重に関し理解はあり、日本通と言われる補佐官が近くにいますので、そつなく対応してくれるように思えます。しかし、「ランボー」とあだ名されるほどのやり手が大使として着任予定ですから、中身がしっかりした人物の方が好ましいでしょう。岸田次期首相はどうでしょうか。

米中関係は管理されたチキンゲーム?
近々辞任が決まっている菅首相を呼び出してまで行われた日米豪印戦略対話、通称クアッドが対面形式で行われました。通常レイムダックになっている国家リーダーを呼び出すことは珍しいです(自民党総裁選レベルなら実質金太郎飴であるとアメリカ側が足元を見ているとも言えます)が、クアッドにかけるアメリカの意気込みの強さを感じます。

もともと、このクアッドは2004年のインド洋での大津波後に海上協力を話し合う場として誕生し、一時は熱意も冷めた状態であったものを安倍首相(当時)が対中政策を意識し、安全保障や経済問題等にも議題を広げていきました。その会議体をバイデン政権は引き継いだように見えます。但し、対中政策を話し合う場といっても軍事同盟や協定ではありません。

一方、ほぼ同時期に発表された日英豪間で結ばれたAUKUS軍事協定はどうでしょうか。元々米・豪・ニュージーランド間でANZUSという同盟を第二次世界大戦後に結んでいましたが、ニュージーランドが1980年代に反核政策を掲げたため(但し、2010年代に同盟にある程度戻っているともいわれます)、実質米豪同盟となっていましたが、今回は正式にニュージーランドを除外し、イギリスを組み入れた形でオーストラリアに原子力潜水艦を配備させることにしました。

ごく少数の関係者のみに関与を留めた、トップ間で短期間に作り上げた合意のようで、9月29日現在米国防総省ホームページにアクセスしてもAUKUSの記載がないことからも、報道以上の詳細は実務者レベルでは煮詰まっていないのが現状です。原則ボトムアップで中身をきっちり煮詰めてから発表する日本政府と異なり、欧米では往々にしてトップが抜き打ち的に打ち上げ花火を上げ、世界への強いインパクトを狙うことがあります。但し、この手法の弱点は実務者レベルでの事前調整がなく、予算が割かれていないため、詳細を見ると新味に乏しいか、中長期的にという但し書きがあるか、現状で可能な限りの資源配分の調整に留まります。

一部報道では配備予定の原潜は8隻と言われていますが、米英のいずれのものを採用するかを18か月かけて検討した後、実際に配備されるにはさらに数年を要するため、近々で軍事バランスが変化するわけではありません。しかも、アメリカの原潜の退役時期と同期をとろうとしているのではないかという見方もあり、そうであれば軍事力増強にさえなりません。但し、原潜数を米中間で単純比較すれば68対12ですから、中国が対抗心を燃やして原潜の早急な増強に走らせたいのかもしれません。そうなれば、アメリカの退役原潜数と同数かそれ以上の原潜を新設する名目と予算が得られます。(恐らくオーストラリアがフランスを袖にする位「出血大サービス」で原潜技術を売る密約があるのでしょうから。。。)

他に報じられているものは既にオーストラリアにもローテーション配備されている米海兵隊数の増強です。但し、これとても海兵隊員数をいきなり増やせませんから、アフガニスタンから引き揚げた海兵隊員分だけ増える程度か、在沖海兵隊を現状以上にローテーションさせるつもりかもしれません。この他、機密情報共有とありますが、既にアメリカ、オーストラリア、イギリス、カナダ、ニュージーランド間で共有するファイブ・アイズという枠組みがありますので、特に目新しいものではありません。

このようにインパクトを与える真意としては、中国に経済を大きく依存しているオーストラリアでさえ中国に対する態度を鮮明にしたことで、米中間の動向を様子見しているアジア諸国へオーストラリアに追随するよう鼓舞しているように思われます。しかし、あまりに露骨な軍艦外交であるため、南シナ海諸国で中国海軍の脅威を感じているはずの地域大国インドネシアやマレーシアは歓迎せず、同地域での核兵器の軍拡を誘発する懸念を表明しています。

そして、恐らくこのようなアジアの反応は想定していたのでしょう。AUKUS発表とほぼ同時期にクアッドを開催することで、インパクトを増大させつつ同じアジア諸国である日本やインドもアメリカと同じ懸念を共有し、立場を鮮明にしていることをアピールしたかった、と読むことができます。

一方大きく報じられていませんが、9月10日にアメリカ側からの申し入れでバイデン大統領と習近平主席が90分も電話協議しました。*その後9月21日習近平主席は海外での石炭火力発電所を新設しないことを表明し、アメリカがリード役を務めている環境問題に配慮を見せ、ケリー大統領特使は数週間以内に訪中予定を発表しました。このAUKUSとクアッドが発表される中習主席発言があるということは、中国にアメリカの一連の動きについて事前説明済みであることを示しています。以前お話しました通り、ケリー氏は元国務長官(日本の外務大臣に相当)ですから、いわば第二の(対中専用?)国務長官です。そのケリー氏が行くということはその後の動きについて事前打ち合わせするものと思われます。

1949年中国共産党が中国大陸を制圧するまで、アメリカは約1世紀中国を見誤り続けていました。アメリカの歴史学者モリソン教授はこう記しています。「医療その他の使節を送り、「門戸開放」や九か国条約を与え、最後には日本と戦うことによって、中国を助けようとした一世紀にもわたるアメリカ人の努力は何にもならなかったのである。」**

現在バイデン政権の、軍艦外交のように見せながら用心深く中国政府と連絡を密にし、サプライズを与えないよう努力する動きは、上記評価と比べれば隔世の感があります。しかし、米中とも国内には双方のリーダーが無視しえない程相互不信の声が大きく、容易に良好な関係を演出できません。そのため、派手な打ち上げ花火が今後も上がり、チキンゲームが展開されるのでしょうが、見かけ以上に管理されているように見えます。とはいえ、今後不測の事態が起きないわけでもありませんし、全くリスクフリーではありませんので、今後も要注意です。



*「対米強硬、悩める中国 習氏も避けたい軍事衝突」日本経済新聞、2021年9月27日(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD227ER0S1A920C2000000/?n_cid=NMAIL006_20210927_H)
*サミュエル・モリソン著「アメリカの歴史 3」

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

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※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。