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東京IPO特別コラム:「歴史の重み:近世から近代へ・大英帝国とその繁栄の鍵」

〜語られないものを視る眼〜


「歴史の重み:近世から近代へ・大英帝国とその繁栄の鍵」


大英帝国は商人の国家
イギリスはスペインの無敵艦隊を破った後に繁栄の道を歩んだと、学校の歴史では教わりますが、ライバル国に一回勝利したくらいで地球の1/5を治められません。そもそもは、エリザベス1世がイギリス船を攻撃しない範囲において、外国船への海賊行為を奨励(海賊を自国海軍として保護)しました。当時お宝を山積しているのはアメリカ大陸から強奪した金銀を本国に送るスペイン船であり、中世のヴェネツィア共和国のように護送船団を組んでいたわけではありません。よって、これはある意味旨味のある「ベンチャー・ビジネス」で、フランシス・ドレイクのような海賊がパナマ地峡を襲撃し、イギリスに富をもたらしたため、彼は後にイギリス海軍将校にまで出世し、スペインの無敵艦隊を下しました。

ここでポイントなのが、エリザベス女王自らドレイクに出資しており、結果王室への配当金は4700%の利回りにも達しました。この利益を元手にレヴァント会社にも出資し、その利益をさらに東インド会社へつぎ込み、1652〜88年の間に680%のリターンを受け取ったと言われています。*

あまり注目されませんが、ここにイギリスの本質が見えると思っています。すなわち、王室自ら出資者であり、王室以下政策決定者たちは投資先に有利になるように政策を施すということです。昔から儒教の影響で商業を見下したアジアと非常に対照的だと思います。明治以降明治の元老が自らの権力・権益を強化・維持するため、皇室に国有/国策会社の株式を割り当て始めたおかげで、蓄財できるようになりました**が、イギリスは江戸時代初期からエリザベス女王の意思かつ王家のポケットマネーで投資しているわけです。

昔あるイギリス大使はこう言っています。「われわれは兵士である前に商人でなければならない・・・貿易と海上での力は互いに支えあうものである・・・我が国の真の資源である富は商業に依存している。」この言葉そのままに、イギリス王室や貴族の資産を守るべく英国海軍力は増強し、1815年当時のイギリス海軍の実戦力は二位以下の海軍3,4国分よりも強かったと考えられます。結果、地理的に制限があるにせよ、英国海軍の支配力を要所々々に見せれば、他国は一目も二目も置いたのでした。***当時の人の言葉です。「海を制する者は交易を制す。交易を制する者は世界の富を制し、ゆえにまた、世界そのものも」****

さらに、イギリスにとって幸運であったことは、その前に覇権を手にしていたオランダが小国でナポレオンに蹂躙されるに至り、アントワープやアムステルダムの繁栄のベースとなっていたロンバルディア出身者たちが大勢ロンドンへ避難し、そのままシティ(ロンドンの金融中心地)を築いたことでした。結果、「イギリスの国内市場が開かれていて、ロンドンは積極的にジョージアからクイーンズランドまで広く海外の新しい鉄道網、港湾、公益事業、農業等に資本を再投資したから、実物貿易の流れと投資資金の流れは互いに補い合っていたことになる。これに加えて、金本位制が広く受け入れられ、ロンドンで振り出された手形を中心に国際的な為替決済システムが発展する。」事実、イギリスの海外投資は、1815〜25年に600万ポンドから1870〜5年に7500万ポンド、イギリスに流入した海外配当金・利子は1830年の800万ポンドから1870年代には5000万ポンドと激増したのでした。***

覇権に必要なツール・ノウハウ
以前覇権国の必要条件を見ていきましたが、大英帝国が覇権を維持する間に以下のツールやノウハウを取得していきました。
1.世界の要所々々に点在する軍事基地ネットワーク(補給、情報収集等)
ジブラルタル、マルタ、キプロス、アレキザンドリア(エジプト)、アデン(イエメン)、トリンコマリー(スリランカ)、マドラス(インド)、シンガポール、香港、ダーウィン(オーストラリア)、バミューダ、セント・ヘレナ島、サイモンズ・タウン(南アフリカ共和国)等に拠点を置くことで、制海権を維持していました。

2.情報収集・分析・拡散ネットワーク
帝国内の政府出先機関、世界に拡散している自国企業、大学・研究機関等です。政府によるスパイ活動というよりも、遥かに広義の意味で民間の活動も含みます。アカデミックな観点からいえば、オリエント学が花開き、大英博物館やロンドン大学東洋アフリカ学学校(SOAS)が有名です。また、地域によっては、政府機関よりも現地で企業活動をするビジネスマンの方が遥かに情報を持っており、企業が政府に情報を提供することもあります。現代アメリカでも著名な教授の下の地域研究をしている大学院生が研究テーマについてちょっとしたスピーチするような際にも政府関係者がひっそりと参加していることもありますし、現地大使館に呼ばれて話をすることもあります。

この他、情報そのものをビジネスとして展開した通信社が19世紀に誕生したのも必然です。現代通信社といえば、アメリカのAPが大手ですが、当初はイギリスのロイターが一番優勢でした。理由はシティのお膝元なので、シティの金融情報を世界中が知りたがったからです。イギリスの情報網として重要なポイントは、最も多く海底ケーブルを敷設した点です。当時はまだ通信衛星はありませんから、世界各地の情報を最も速く伝達する手段といえば、電信技術です。そのため、海底ケーブルを所有することは必須でした。また海底ケーブルを多く所有することにより、持たざる国の人々の通信を傍受できます。(日本企業のシンガポール支店から日本への通信を傍受し、イギリスは太平洋戦争開戦情報を事前入手したという噂もあります)

そして、現地発の情報を持っているという信用があれば、世界中のメディアはその情報を喜んで買い、報道(拡散)してくれます。当時はインターネットもなくすべての人がメディアとなり得る時代ではありませんし、今ほどニュース源へのアクセスはありませんから、「信じる」より他ありません。

さらに、当時新しいメディアのラジオ、テレビに関しても、英国放送協会(BCC)が「信用できる」情報拡散担当です。民主主義が広まるにつれ、「世論」なるものが重要視され、「世論」形成のための「情報拡散」が重要な要素となっていきますので、いかに「信用のある」情報が世界に拡散できるかが、重要性を増していきます。現代においても、CNNと同様多くの外国のホテルで視聴可能なチャンネルです。旧植民地(コモンウェルス)が広範囲なだけに、世界の視聴が高いように思いますし、「国際世論」形成に有利だと考えられます。

3.植民地統治の知恵(分割統治(http://www.tokyoipo.com/blog/pickup/?p=1103)、白人優位性の概念等)
世界中に散らばる植民地に本国並みに各種官僚を配置するわけにはいきませんので、本国から遠く離れた異文化の人々をいかに少数の官僚で統治するかが重要となります。そこで、分割統治という悪知恵が編み出されました。

また、白人優位性、あるいは至上主義的な考えが現地で芽生えてきます。例えば、フランス人の「アンドレ・ジッドは「コンゴ紀行」のなかで、植民地官僚による現地人の横柄邪険な扱いに驚いたものだ。なぜ植民地官僚がそうした態度にでるのか、その理由は、対等な人間関係をすべて排除することによって、皮膚の色による連帯感と高尚な自己像を持ちうるからである。」****

元々植民地の人々の反発心を失わせることを意図したものではなく、統治者としての権威や威厳を保つためだけだったかもしれません。事実、インド人と必要以上に交わるべきではないと考えていたようで、インド統治のイギリス人官僚はほぼインド人と結婚することはなく、現地人の内縁の妻の存在でさえ出世に響いたといいます。*****しかし、被統治下の現地の人々からすれば、萎縮させるような態度であり、繰り返し言動で示されることにより、自らの弱さを想起させ、結果的に反乱を抑える一因になったと考えられます。

4.常識
意外なポイントかもしれませんが、案外これが最も重要だと考えています。日本でも「実るほど 頭が下がる 稲穂かな」といいますが、アメリカの歴史学者ギャディスは「地位が上がるほど常識が剥落していく」******と表現しています。フェリペ二世は、世界有数の富裕者であったにも拘わらず、収支を合わせることが理解できずに、破産宣告を二回も行い、多くを失ってしまいました。戦前日本も中国と戦争をしている最中に英米に宣戦布告し、いずれの戦いにも勝利できませんでした。いずれも常識的に考えればわかることですが、国家運営に関わるレベルまで上ると、その常識が分からなくなってしまうのです。

そんな常識を、地球の1/5を持つと言われた大英帝国が持ち続けたということが、本当は凄いことなのだと考えます。植民地を持ち自国が繫栄するということの裏には、その富を搾取される人々がいるわけですから、世界中のどこかで毎日ユニオン・ジャック旗が燃やされていると聞いても、怒らずに当然であろうと思えるだけの常識を持ち合わせていたことは、特筆に価すると思います。(果たして、戦前や戦中の日本に日章旗がアジアのどこかで燃やされたと聞いたら、同じ反応ができたでしょうか?)この常識の真価は、次回の大英帝国の衰退を見る際に明確になると思います。

現代において、上記ツール・ノウハウはイギリスから多くアメリカに引き継がれています。現代アメリカの場合も後々書いていきたいと思います。

 

*板谷敏彦著「金融の世界史」
**吉田祐二著「天皇財閥」
***ポール・ケネディ著「大国の興亡 上」
****マルク・フェロー著「植民地化の歴史」
*****本田毅彦著「インド植民地官僚」
******ジョン・ルイス・ギャディス著「大戦略論」

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

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※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。