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東京IPO特別コラム:「アフガン戦争の終焉」

〜語られないものを視る眼〜


「アフガン戦争の終焉」


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今月末を予定しているアフガン戦争の終焉について、現時点見えていること、予想されることを書いていきたいと思います。


米軍撤退までの経緯
元々オバマ政権時代から話し合われていたのですが、現地親米政権が独り立ちできる程度にまで安定してから撤退しようとブッシュ政権時代よりも増兵し、一時は10万人近く派兵していました。その甲斐あって、2011年オサマ・ビン・ラディン暗殺に成功した後から減少し、オバマ政権終了時には1万人前後にまで削減しました。後継のトランプ政権が完全撤退までの交渉を現地政権抜きでタリバンと続け、2021年5月末までに完全撤退すると2020年2月に合意しました。交渉から外されていた現地親米政権には、当然無理な話で、やむなくバイデン政権は撤退時期を3か月延期しましたが、さらなる延長は無意味とし、移行準備不足の中、ベトナム戦争時のサイゴン陥落を想起させるような混乱が起きています。


バイデン政権の決断は正しかったか?と問われれば、大筋正しいと言わざるを得ません。既に10年前にことの発端である2001年同時多発テロ事件の首謀者アル・カイーダのリーダーの暗殺に成功し、アメリカ国民の主要関心事ではもはやなく、昨年の大統領選挙時にも大きく取り上げられませんでした。加えてコロナ禍で予期しない大出費を余儀なくされている昨今、国際的道義や責任、アメリカの覇権の権威失墜よりも戦費削減を重視しました。


混乱の原因・イラク撤退との違い
そもそも、なぜ現地政権は独り立ちできないのでしょう?2001年に米軍と現地の反タリバン勢力の北部同盟がアフガニスタンを制圧し、カルザイ首班で政権を樹立しました。新しい民主主義国の船出を祝い、欧米諸国を中心にたくさんの援助金を集められました。


アフガニスタンのように多民族国家であり、民族比率が圧倒的な部族がなく、過去2世紀を振り返っても一勢力が長らく統治したわけでもないとなると、公平な富の分配が死活的に重要になります。しかし、よくある話で腐敗が問題となりました。(カルザイ氏は当初「世界で最もアルマーニが似合う男」と持ち上げられていましたが、アルマーニを買うべきかを周囲の民衆を見て考えるべきでした。ショーン・コネリー的な渋いオジサマではあり、お似合いであろうとは思いますが。。。)カルザイ政権は民衆の支持を得られず、最後には「カブール市長」と揶揄されるまでになりました。タリバンが失地を少しずつ取り戻す中、米軍が脇で支えて成り立っている政権でした。(対して、ユーゴスラヴィアのチトー大統領の偉大さが分かります)

では、なぜ米軍はタリバンを絶滅させられないのでしょう?それは、山岳地帯という地形にあります。イラクのように平地であれば、米軍始め大国の軍隊が誇る大量物資で主要拠点を制圧し、敵の兵器類を一掃できるのですが、土地勘のない外国軍隊にとって山岳地帯の場合、主要拠点といっても小規模であり、ゲリラ式にあちこち逃げ回られ、標的を仕留めにくいのです。要は規模の経済が働かず、米軍の強みが活かされないことになります。

但し、これは予測不可能な話だったか?と問われれば、それは違います。過去何度も大国がアフガニスタンに行っては都度負けて帰っています。イギリスとロシアがユーラシア大陸のあちこちで勢力圏争いをしていた時代、イギリスはアフガニスタンへ二度派兵し、二度失敗しました。1980年代にソ連がアフガン侵攻し、やはり失敗しました。その際に、アメリカが現地兵士(ムジャヒディーン)を軍事支援しましたが、その彼らがタリバンの基盤となります。(ムジャヒディーンといい、イラクのサダム・フセイン大統領といい、CIAが昔軍事訓練をした人々に裏切られるパターンはよく見られます。。。)

対してイラクの場合、当初こそアメリカはチャラビ氏を暫定政権に担ぎ上げ、混乱が数年ありましたが、さすが地域大国イラクには人材があり、少数民族のクルド人出身のタラバニ大統領と親イラン派のマリキ首相のコンビで2006年から2014年までの8年間統治し、アメリカに頼らない自治政権を育て上げていきました。特に、少数民族を排しない形での政権運営は評価してよいと思います。

アメリカ側も一時増兵し、ペトレイアス将軍という優秀な人物を送り込み、従来の高圧的な態度から、米兵もイラクの国家樹立に貢献するのが目的であり、戦闘だけではいけないと教育し直し、学校や道路の再建に寄与する等イラク人との協調姿勢へ転換した結果一般のイラク市民の信頼を得、治安の安定化に寄与しました。(ペトレイアス・ドクトリン)*結果、2011年に米軍は無事撤退しました。(その後の対イスラム国家対策としての派兵は別問題。)外敵や外圧があるにせよ、長い眼で見れば自助努力が長期安定につながることが分かります。

今後のタリバン政権の安定性の見通し
タリバンが政権として国家運営を担うに当たり、最大の懸念事項は、内乱リスクです。ソ連が撤退を開始した1988年から1996年まで内乱が続き、それ以降2001年までタリバンが統治し、同時多発テロ事件を経て21年間戦争状態でした。アフガン戦争により、タリバン政権の支持基盤は脆弱になっているでしょう。既にタリバンへの対立姿勢をむき出しにしている部族の声も報じられていますから、内乱の兆しは十分です。これに、タリバンがカルザイ政権の二の舞的な行動をすれば、内乱が本格化することになります。

そして、CIAのお家芸である反政府分子への支援も十分にあり得ます。(実際にアフガニスタン国外へ連れ出すアフガニスタン人の人数は分かりませんが、彼らの一部がCIAの一部として後々活躍することは想像に難くありません。)少なくとも国内の基盤を固めるまではタリバン単独はあまり考えられませんが、アル・カイーダとの共謀による米軍へのテロ攻撃が発生する場合には確実に報復措置としてあるでしょう。特にこれから発足するタリバン政権にアル・カイーダのメンバーが政府高官として入れば、アル・カイーダが単独でアメリカを攻撃したとしても、その単独犯を証明することは難しいでしょう。

恐らくCIA介入と内乱の可能性は十分想定しているのでしょう。既にタリバンは、簡単にアメリカに屈しないであろう中国、ロシア、イランとの関係構築を始めていると報じられています。タリバンもいざというとき中国からの軍事支援を期待したいでしょう。(但しその場合、アフガン内乱は、米中代理戦争の性質を帯び、長期化するでしょう)対して中国も米軍撤退後のアフガニスタンに興味を持つ動機は十分あります。

中国は既に、アメリカの失敗例としてアフガン撤退を主張すると報じられていますが、それ以上にアフガニスタンが中国国内テロ組織の安全地帯にならないよう注意するはずです。また、パキスタンの治安維持に関心を持ちます。パキスタンは一路一帯路線の一部であることもさることながら、インド洋に面したグワダル港に中国は権益を持っています。元々この港は中国のシーレーン防衛の一環で中国海軍の寄港地として中国が整備しました。

では、タリバン政権は中国側に行くより道はないのでしょうか?ここに、一つ興味深いプロジェクトがあります。TAPI(トルクメニスタン=アフガニスタン=パキスタン=インド)ガスパイプライン建設(全長約1800キロ、最大容量330億立方メートル)です。

元々内内陸国(二か国以上海から隔てられている内陸国)のトルクメニスタンはこれまでソ連・ロシア、後に中国に自らの天然資源を買ってもらうしか主要な外貨獲得方法がありませんでした。事実2019年にはトルクメニスタンの天然ガスの90%が、中国=中央アジアパイプライン経由で中国へ行きました。そこで中露以外へのパイプラインを建設することにより、経済的独立性の向上を期待したのでした。しかし、そのパイプラインはアフガニスタンをほぼ縦断するため、アフガン戦争中は治安上の懸念からあまり現実味がありませんでした。

しかし、アフガン戦争終焉により、このプロジェクトが進む可能性があります。当パイプラインの通行料を期待できることから、タリバンは前ガニ政権同様、当プロジェクトを非常に歓迎する旨を既に発表しています。また、当事国を中露から引き離す意味合いを持つため、当然アメリカは賛同しており、アジア開発銀行(アメリカの同盟国・日本から歴代総裁を出すのが暗黙の了解です)がメインバンクです。但し、価格上の問題で消費側のパキスタン、インドの情熱は売り手のトルクメニスタンよりも高くはなく、交渉中です。**
アメリカやその同盟国にとって、敢えてアフガニスタンに何も仕掛けず、アル・カイーダによるテロ行為も単独犯とみなし、TAPIプロジェクトを支援するのが良策と考えています。理由は、歴史的に緊密な人的繋がりがない状態で、戦略的パートナーシップを築くべきと双方の国が考える場合、往々にして蜜月期間は短いです。恐らく、問題が起こった際に双方とも、相手にとっての自分の重要性を過大評価し、自分にとっての相手の重要性を過小評価し、妥協点を見出しにくいのでしょう。

例えば、北朝鮮がいい例なのですが、冷戦時代中ソのいずれかに保護を求めては仲違いしては、別の国に秋波を送る状態を繰り返していました。中国もまた、冷戦時代フルシチョフ書記長時代からソ連と疎遠になり、中ソ国境紛争にまで発展し、ゴルバチョフ書記長・鄧小平主席時代にようやく関係修復されました。頭でっかちだけでは、人間関係は上手くいかないようです。

アメリカもタリバンも互いに冷却期間は必要ですから、タリバンがまず中国やロシアとも付き合い、当初予想ほどに良好な関係が築けないと悟れば、TAPIプロジェクトがアメリカやその同盟国との信頼回復するための仕掛けの一つになるかもしれません。

* David H. Petraeus, “Learning Counterinsurgency: Observations from Soldiering in Iraq”, Defense Technical Information Center website
(https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a486798.pdf) (日本語ではペトレイアス将軍の方向転換について情報が少ないようですが、こちらはご自身の署名による文章なので、おすすめです。)
**Soraya Parwani, “The TAPI Pipeline in Post-U.S. Withdrawal Afghanistan”, Henry L. Stimson Center website
(https://southasianvoices.org/the-tapi-pipeline-in-post-u-s-withdrawal-afghanistan/)

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

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※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。