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東京IPO特別コラム:「ロシアのウクライナ侵攻と米欧の経済制裁」

〜語られないものを視る眼〜


「ロシアのウクライナ侵攻と米欧の経済制裁」


ウクライナ大統領は何を待つ?

皆さんがゼレンスキー大統領で、時をロシア侵攻前夜に戻せたら、どう行動されますか?

最初に状況を整理しておきましょう。
・ロシアは陸続きの隣国
・ロシア軍はウクライナ軍と比べて軍事的に優位
・ウクライナ系は西部に、ロシア系は東部に多く住む
・ロシア系の東部は既に独立宣言済み
・ロシアはウクライナのNATO加盟に反対→非武装中立を求める
・NATOからロシア侵攻の際には援軍予定なし(核保有国同士の直接交戦回避)→但し武器供与はあり
・ロシアは親EUのゼレンスキー政権の退陣を求めている

ロシアによる侵攻を避けたい場合、取れる選択肢は何でしょう?大きく2つあります。
1.ウクライナの非核・中立宣言
ロシアはゼレンスキー本人ではなく、親EU政策に反対なので、先にロシアが求めるもの
を与え、侵攻名目を喪失させる、徳川慶喜流の手法。その一方、ロシア系東部との内乱鎮圧に集中します。

2.東部独立を認め、西部はEU加盟を模索
いったんウクライナがNATOに入れば米欧はその地に核配備するのは時間の問題と、ロシアは考えていますから、少なくてもロシアに軍事的に対抗できる経済力を持つまではNATO非加盟を約束しつつ、EU加盟により経済力を強化することに専念します。(東部を失うことにより、ウクライナ内乱は事実上終了になります。)もちろん、以前お話した東部のシェールガス田も失うことになりますが、ウクライナには「ヨーロッパのパン籠」と言われるほど豊かな穀倉地帯があります。

しかし、ゼレンスキー大統領はそのような選択をしませんでした。どうあがいてもロシア軍には勝てません。頼りにする米欧からは兵器類は届いても、援軍は来ません。逆転の可能性がない中、降伏・大統領の退陣を宣言しない限り、国民の流血は止まりません。ゼレンスキー大統領の無為をどう理解したらいいのでしょう?

大国ロシアの横暴をこれ以上我慢できないとウクライナ国民が決意し、ゼレンスキー大統領を選出したというのでしょうか?ゼレンスキー大統領が若い時からずっと独立・自立運動に身を捧げ続けた政治家であるなら、理解します。しかし、ゼレンスキー大統領は大統領選挙前に庶民が大統領になるという人気ドラマで主演していたコメディアンであり、ミスター独立と呼べるくらい全国民の結束力を集められる政治家ではありません。

むしろ、ウクライナのように大国に挟まれる国々は、どこかでプライドと現実との折り合いが必要と理解し、常に悩み、選択は揺らぐものです。つい先日の韓国大統領選でも、接戦の末親中派から保守(親日米)派に政権交代がありました。ゆえに、いくら親EUという指針を国民から委託されたとはいえ、EUとロシアとの間でバランス外交をしてはいけないという法はないのです。

では、ゼレンスキー大統領の無為をどう説明すべきでしょうか?確かに、ゼレンスキー大統領が思考停止か無責任になってしまっている可能性はあります。(政治経験は乏しいですから)他に考えられることとしては、ウクライナ侵攻を希望する外部のとある勢力からの停止合図を待っていることでしょうか。では、その外部の勢力とは、その目的とは何でしょう?

米欧の経済制裁

いったん、上記の問いから離れて、米欧の動きを見てみましょう。今年1月末頃アメリカは在ウクライナの大使館スタッフとその家族の国外退出を指示し、カナダ、イギリス、オーストラリアやイスラエルがすぐに追随しました。外交官は国際法で守られている人々ですから、ウクライナへの結束をアピールするならぎりぎり最後まで残しておくべき人々です。ロシアが本当に侵攻し、外国の外交官が死亡するような事態になれば、別の国際問題を引き起こし、面倒になりますので、ある意味抑止力的な効力があります。

次に、以前お話したバイデン大統領による、ウクライナ侵攻予測会見です。さらに、ドイツやEU政府及び米ソーシャルメディアによるロシア国営TV(Russian Today)の締め出しがあります。こうした動きは、むしろロシア側の主張に一片の真実があると米ソーシャルメディアが認めていることを裏付けます。

さらに、事前に警告されていた対ロ経済制裁について見てみましょう。

1. ロシア大手銀行のSWIFT(国際決済網)からの追放
2014年ロシアによるクリミア併合時、米欧がその可能性を示唆した際、メドエーデフ首相(当時)が「戦争行為」だとしてけん制しました。しかし、2010年中国がレアアース(希土類)禁輸で日米を脅迫した時と同様、その瞬間にはパニックを起こしますが、時間がたてばその対策を打たれ、脅迫になりません。それと同様に、ロシアでもSWIFTと同等の規模ではありませんが、こうした制裁に備えて小規模ながらも国際決済網は作り上げています。*(ちなみに、他山の石と思っている中国も同様な国際決済網を作っているといいます)制裁を与える側の米欧では、「劇薬」、「核並み」等と騒いでいましたが、受ける側のロシアの方が冷静に折込済みとして受け止めていました。また、銀行間決済以外にも、仮想(秘匿)通貨への道の模索が噂されています。**

2. アメリカによる、ロシアからの石油禁輸
アメリカにとり、ロシアからの石油輸入は全体の1%程度ですから、甚大なインパクトはないはずですが、一挙に石油各社は値上げに走りました。通常はアメリカの中間選挙の年にガソリン価格の値上げ等ホワイトハウスには到底受け入れがたい事件なのですが、今回はバイデン政権のせいではなくロシアの横暴によるものだとして、米国民を納得させようとしています。

しかし、読者の皆さんには本当に気づいてほしい点があります。原油価格が高騰している事実に対し、産油国が何一つ増産声明を出していないということに。以前であれば、アメリカの大統領がサウジ国王に電話して、増産声明を出してもらっていました。しかし、イラク戦争から直近のイラク撤退、アフガン撤退と続く失策により、中東でのアメリカのプレゼンス、政治力が歴然と衰え、中東諸国が現アメリカ政権の要請をきくような状態ではないということです。こうした報道をサウジ、クウェート、UAEと名指しで、しかも中東のカタール国営メディアであるアルジャジーラが報じていることが、驚きです。***

確かに、専門家によると、これらの国の石油採掘・精製設備は限界に近いと言われており、これ以上の増産は簡単にできないと言いますが、実際に増産するかは別にしてサウジ国王の一言だけで市場は落ち着きます。にもかかわらず、その一言さえ引き出せないのです。

アメリカに中東政策を任せていればいいという時代は終わったと認識し、日本の女性皇族をアラブの王子に嫁がせて、親戚づきあいする等、日本も独自に中東諸国との関係構築を真剣に検討すべきでしょう。

もちろん、バイデン政権は上記3か国だけではなく、以前敵視していたイランやベネズエラにも声をかけています。イランの場合はまずは経済制裁を解除して正常な国交状態に戻す必要があります。専門家によると、中東やベネズエラの石油採掘・精製設備は限界に近いか老朽化しているため、実質的な増産可能な国はイランだけのようです。そのため、突如優位な立場にたったイランは外相を早速ロシアへ派遣しました。目的はイラン核問題の話し合いとしていますが、アメリカからより良い条件を引き出したいという思惑でしょう。米ロを天秤にかける、そんなイラン外相でも、ロシア外相は前のめりで握手している写真が掲載されています。****

3. アメリカによる、ロシアからの貴金属その他禁輸
3月8日金やダイヤモンド、キャビア等の禁輸も打ち出しました。また、企業レベルでもロシアからの撤退や事業停止等の発表が相次ぎ、雰囲気的に国際社会がロシア経済から撤退しているように見えるかもしれません。

しかし雰囲気に呑まれることなく、冷静にロシアの貿易統計を見てみましょう。2021年ロシアの輸出品は、エネルギー(約40%)に次いでアルミや鉄等の卑金属(約10%)が多く、金等の貴金属は約5%です。*****ちょっと調べただけでも、卑金属の方を先に禁輸した方が効果的であることが分かります。禁輸しても国内で問題が起きない程度に品目が選ばれていることが透けて見えます。

さらに、アルジャジーラは興味深いオピニオン記事******を掲載しています。作者はアレクサシェンコ元ロシア副財務大臣です。3月3日付なので、上記の禁輸措置の前にはなりますが、注目すべきポイントは以下の2点です。
1.ロシアへの制裁にはそこここに抜け道があり、完全にロシア経済を破綻させないように配慮されている
2.2014年のクリミア併合後経済制裁を受けて以来、ロシアは幾度か中国に借款や援助を求めたが、ほとんど助けてくれなかったので、今回も同様であろう。(つまり、中露の「蜜月関係」はあくまでも見てくれということですね)

経済制裁を受けている国の、責任ある立場にあった人物による文章ですから、それなりに真実味があるとみてよいでしょう。

要するに、経済制裁といっても本気度は疑わしいということです。ゆえに、日本の政府も企業も雰囲気に呑まれず、今のロシアの「逆境」を逆手に取ることを考えるくらいでいいかと思います。シェル社も、バイデン大統領のロシア産石油禁輸の直前にロシアから大特価(1バレル$28.5)で石油を購入しています。*******ですので、日本も例えば、北方領土全島返還後ロシアから石油をシェル社並みの格安価格で追加輸入してもいいと持ち掛けてもいいのではないでしょうか。

外部からの合図とは

さて、最初の疑問に戻りましょう。ゼレンスキー大統領は何を待っているのでしょうか?上記の流れを考慮した上で著者の出した仮説は、ウクライナ東部のシェールガス開発で得られたであろう利潤を原油高騰によりある程度埋め合わせをすることで関係者が裏で合意されているのではないか、ということです。バイデン政権が中東に頼んでも増産声明がでてこないことも折込み済み、ロシアを悪者にしてガソリン価格が高騰してもアメリカ国民は文句を言わず、来る選挙に影響がないような環境を作ったのではないでしょうか?

であれば、経済制裁を手加減され、圧倒的な優位性を持つロシア軍が、猫がネズミをいたぶるように、「ウクライナ人民への人道的配慮」を全面に出しつつ、緩々と時間をかけてウクライナと戦っていることも説明がつくのではないでしょうか?

そうしてようやく十分関係者は利益を確保したのでしょうか、3月14日付の報道でロシアとウクライナ間の和平交渉の進展に伴い原油価格が落ち着いてきたとブルームバーグが報じています。********

 

春は、もう間近なようです。

 

 

*What a Disconnect From Swift Would Mean for Russia
(https://www.nytimes.com/2022/01/31/us/politics/russia-swift.html)
**Russians liquidating crypto in UAE in hunt for safe havens
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/12/russians-liquidating-crypto-in-the-uae-as-they-seek-safe-havens)
***Biden’s ‘posturing’ on Russian oil risks wider conflict
(https://www.aljazeera.com/economy/2022/3/8/bidens-posturing-on-russian-oil-risks-wider-conflict-analysts)
****Russia says it has received US guarantees over Iran nuclear deal
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/15/russia-says-it-has-received-us-guarantees-over-iran-nuclear-deal)
***** Russia (RUS) Exports, Imports, and Trade Partners
(https://oec.world/en/profile/country/rus/?subnationalDepthSelector=productHS2)
****** How much damage will sanctions do to Russia?
(https://www.aljazeera.com/opinions/2022/3/3/how-much-damage-will-sanctions-do-to-russia)
******* Shell Buys Russian Oil at Bargain Price
(https://www.wsj.com/livecoverage/russia-ukraine-latest-news-2022-03-04/card/shell-buys-russian-oil-at-bargain-price-2ZljvO2HQlmPm5d5aAgG)
********Oil drops below $100 as Russia and Ukraine negotiate ceasefire
(https://www.aljazeera.com/economy/2022/3/14/oil-drops-below-100-as-russia-and-ukraine-negotiate-ceasefire)

その他参考文献
Will a ban on Russia’s oil imports stop the war in Ukraine?
(https://www.aljazeera.com/program/inside-story/2022/3/9/will-a-ban-on-russias-oil-imports-stop-the-war-in-ukraine)

 

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

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※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。