東京IPO

English

東京IPO特別コラム:「ロシアのウクライナ侵攻:War of Choice」

〜語られないものを視る眼〜


「ロシアのウクライナ侵攻:War of Choice」


ウクライナ侵攻の進捗

トルコの仲介でロシア・ウクライナ間の和平交渉が進んでいます。交渉会談に入る前の3月20日トルコが「いい方向に進んでいる」と発言していました*が、これはゼレンスキー大統領の、NATO加盟を断念するという声明を指すのでしょう。そして、それを機にロシア軍の照準は東部の方に移りましたので、首都キエフ攻撃の目的は達成したとみてよいでしょう。**ゼレンスキー大統領がロシアの要求に柔軟に対応してきているため、ゼレンスキー大統領を追い出すのではなく、そのまま据え置いて彼の約束を履行させる目論見だと考えられます。

すなわち、プーチン大統領が掲げていたウクライナの非軍事化(NATO加盟)は達成されたので、東部にいるロシア系による政権樹立と領土確保(プーチン大統領流にいえば「ロシアの同胞」の解放)に大筋専念することになります。現時点ゼレンスキー大統領が東部割譲を認めていませんが、認めざるを得ない状況を作ることを目指すのでしょう。

ロシア軍将軍の発言として、「朝鮮半島形式もありうる」と報じられています***ので、ロシアが望むエリアを制圧し、実効支配に置けば、ゼレンスキー大統領が割譲を認める如何に関わらず、その状態を維持する(それ以上の侵攻はない)ことを意図しているようです。(韓国は建前上その領土は北朝鮮の領土を含む半島全体だと設定していますので、例えとしては正確です)

ゼレンスキー劇場とプーチン劇場(表と裏?)

さて、この侵攻の特色はゼレンスキー大統領がSNS等を利用して戦況を世界に向けて発信していることでしょう。日欧米メディアがこぞってゼレンスキー大統領の立場からの報道を続け、ゼレンスキー大統領を英雄視させているという点では、メディア戦略上非常に優れています。もちろん、以前大統領を有名にしたTVドラマの制作スタッフを政府広報官にし、スピーチ原稿等も書いているといいますから、ゼレンスキー劇場は大繁盛です。

但し、事実かどうかは分かりません。例えば戦火にいた妊婦は本当に出産したのか、本当は難民役女優か?という疑問がネット上で投げかけられていました。悲しいかな、お涙頂戴的な演出はドラマ制作会社ではお手の物ですから。。。

一方、一つ疑問があります。今回戦地ウクライナ政府や市民からの情報を世界が受信しています。ロシア軍は通信網を押さえているはずです。軍事上通信施設は真っ先に押さえるべき施設の一つですから。ということは、ロシアはウクライナから世界へ情報発信を許しているということです。ロシア国内の反対の声への弾圧とは対照的です。なぜプーチン大統領は、ウクライナの惨状を世界へ発信したいのでしょうか?

キーワードはプーチン大統領のいう「war of choice」です。すなわち、旧ソ連や旧衛星国の人々へ、ロシアに敵対する側に回ればウクライナのような惨事を招く、頼みの綱のNATO軍は来ないし、欧米製兵器類を多少買っても、ロシア軍侵攻は防げないし、効果はそれほどない。また、ロシアは欧米中心の経済制裁に対してもそれほど弱くもない。NATO加盟が賢い選択かどうかをよくよく考慮の上、立場を選ぶがいい、ということです。

このように考えれば、プーチン大統領もまた、ゼレンスキー劇場を劇中劇としたプーチン劇場を世界に展開していると言えます。当初威勢よく、しかしやがてロシアと妥協し、醜態を晒さざるを得ないゼレンスキー大統領の役どころは、プーチン劇場ではピエロ役なのでしょう。

これが、プーチン劇場の表舞台とすると、もう一つ隠れた裏劇場が展開しています。どの国がどれだけロシア(アメリカ)と距離を置くか?です。ここでも、キーワードは「war of choice」です。

従来アメリカと同調姿勢をとってきたはずの国々が、ロシアへの制裁や対ロシア非難表明をしない「選択」をしています。前回も少し触れましたが、中東のサウジアラビアやUAEの他、イスラエル、トルコ、インドも該当します。

日本ではあまり大きく報じられていませんが、中東では驚くことがいくつも起きています。トランプ前大統領の仲介でイスラエルはUAEやカタール、モロッコと国交正常化していましたが、3月に突然UAE、イスラエル、エジプトの首脳会談が、さらにイスラエルが主催国を務め、イスラエル、UAE、カタール、モロッコ、エジプト外相とブリンケン米国務長官による会談がありました。(イスラエル建国以前パレスチナを統治していたヨルダンだけは、同タイミングでパレスチナ自治政府と会談していました)

すなわち、パレスチナ問題が引っ込み、反イラン連合を結成すべく、アラブとイスラエルが手を結び、アメリカにイラン経済制裁解除を断念せよと集団強訴したということです。可哀そうに、吊るし上げの刑に処せられ、顔が強張っていたブリンケン国務長官は、会談後のイスラエル首相との共同記者会見の場で、記者に「両国の関係はいいのか?」と聞かれ、即答できず、イスラエル首相が「いいよ(Year, OK)」と答え、ブリンケン国務長官もそれに微笑(苦笑?)する場面が動画で報じられています。****

こんな風にブリンケン国務長官を苦しめられるイスラエルですが、ロシア非難という観点では外相のみ発言し、首相は明言を避けるといった具合で、さすがにいかがなものか、と非難を浴びています。このような行動をとる理由は、アメリカの中東での政治力(軍事プレゼンス)が低下し、加えてアメリカが宿敵イランとの関係修復に動こうとしたため、対イランという観点からイスラエルの安全保障を担保できるアメリカ以外の国といえば、ロシアしかいないためです。

同じ想いでいるのが、サウジアラビアを始めとした中東諸国です。他国の同胞(パレスチナ人)への同情は自国に余裕があるときに生まれるのであって、自国の安全保障に懸念が生じたら、わが身を守るために昨日の敵・イスラエルとも手を握れますし、ロシアが倒れないように昨日の友・アメリカの要請を断ることもできます。

では、アメリカの原油増産要望と中東諸国のイラン制裁継続要望はトレード可能なのでしょうか?ここの読みはなかなか難しいです。中東諸国もコロナ禍で世界的な石油需要が減ったため、ここ1、2年減収ですので、今回の原油高騰で一息入れたいところなのです。一方、今年はアメリカの中間選挙の年で、米民主党もユダヤマネー献金が死活的に欲しいところですし、バイデン政権が妥協するか、今後の動向を注視する必要があります。(現時点メディアも米シンクタンクもこの件については沈黙していますので、もう少し見通しが見えてきた頃にまた書きたいと思います)

但し、一つ確かなことは、より多くの国が能動的に動き始めたということです。(逆に言えば、アメリカの単独覇権の力が衰えたため、各国がアメリカを恐れずして動ける範囲が広がった、広げざるを得ないともいえます)

ことは、米欧主導の対ロシア経済制裁への参加だけではありません。トルコはウクライナへ兵器を輸出しているのにも関わらず、経済制裁に加わらないということでロシアから中立とみなされ、仲介役として認められています。この動きは、トルコが近年展開している「周辺国との問題ゼロ化」外交から来ているようです。ロシアだけでなく、サウジアラビア、イスラエル、エジプト、UAEともいい関係を構築しようと外交攻勢をかけています。*****

サウジアラビアもイランと直接対話をロウハニ前政権時代から始めています。今年3月に5回目を予定していましたが、イラン側から延期の申し入れがありました。サウジ政府によるシーア派の処刑が原因と考えられますが、1週間後にイラン側が再開したいと表明する一場面がありました。

また、インドも興味深い動きをしています。元々戦後から「第三の道」と称し東西陣営のいずれにもつかないという非同盟の道を模索し、2012年に「非同盟2.0」という戦略文書が政府に近いインドのシンクタンクから出されています。その一環で米中ロとの間でバランスを取ろうとし、経済制裁に加わらず、ロシアとの貿易を増やすと明言しています。日本、イギリスも首相、外相をそれぞれインドへ派遣し、翻意を促していますが、効果はないようです。そんな「貴重な」アジアの友好国に対して、ロシアは$35という破格な「友誼価格」を提示しています。******

このように、プーチン大統領が裏劇場でアメリカ単独覇権体制に揺さぶりをかけ、その結束の強弱を露呈させることを意図しているのなら、3月までは第一幕エネルギー供給・価格による揺さぶり、4月からは第二幕ルーブル建て貿易による揺さぶりなのでしょうか。

この動きは、長らく基軸通貨として君臨してきた米ドルへの挑戦とも見えます。米ドルはアメリカ政府への信頼に裏打ちされて価値を持つと経済の教科書的には言いますが、その背景にはアメリカが、世界一のGDP、世界最大の金保有(映画「007ゴールドフィンガー」にも登場した米フォート・ノックスの金塊金庫は有名ですね)、世界最大の軍事力を誇っている事実があります。ゆえに、国際決済通貨として、安定した価値を持つ資産として、米ドルは不動の地位を築いているわけですが、ロシアはルーブルを自国貿易の決済通貨として一部強要することで、米ドル経済圏を離脱・縮小させようとしています。

相互理解・交流が平和につながるという信念の揺らぎ

これは、スターリング・ブロックという1930年代に失敗した囲い込み経済圏の現代版を目指しているのかもしれません。しかし、一部の国だけで固まり、他との交流を失えば、相手の国には血の通った同じ人間がいるということを忘れ、ちょっとしたボタンの掛け違い等からやがて戦いが起きます。

その惨事を繰り返すまいと、第二次世界大戦後世界は、政治、経済、ビジネス、文化、スポーツ等各種の分野で人的交流を発展させてきました。現在ドイツを始めヨーロッパ大陸の国々がロシアの天然ガスや石油にある程度依存しているという事実は、経済交流を通じてロシアとヨーロッパの間の戦争を思いとどまらせるための、メルケル前ドイツ首相の願いであり、遺産です。現政権がそれを放擲し、ロシアを切り離すことは、さらに大いなる戦いを自ら招いているようにしか思えてなりません。

 

*Russia, Ukraine ‘close to agreement’ in negotiations, says Turkey
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/20/turkey-says-russia-ukraine-close-to-agreement)
**What does Russia’s shift of military focus mean for Ukraine war?
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/26/what-does-russias-shift-of-military-focus-mean-for-ukraine-war)
***Russia plans a ‘Korean scenario’ for Ukraine: Intelligence chief
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/27/russia-is-considering-a-korean-scenario-for-ukraine)
**** Blinken assures UAE leader of US help over Houthi attacks
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/29/blinken-in-morocco-amid-shifts-in-regional-diplomacy)
*****Turkey, a mediator in Ukraine, mends its own ties with neighbours
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/30/turkey-a-mediator-in-ukraine-mends-its-own-ties-with-neighbours)
******US, UK say they won’t tell India what to do on Russian imports
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/31/us-uk-say-wont-tell-india-what-to-do-on-russian-imports)

その他参考文献
Russia-Ukraine war shows cracks in US ties to Middle East allies
(https://www.aljazeera.com/news/2022/3/21/ukraine-war-exposes-cracks-us-ties-middle-east-allies)
Iran suspends talks with Saudi, slams Riyadh's executions
(https://www.reuters.com/world/middle-east/iran-suspends-talks-with-saudi-arabia-nour-news-2022-03-13/)
Saudi Arabia hopes to reach agreement with Iran - Crown Prince
(https://www.reuters.com/world/middle-east/saudi-arabia-hopes-reach-agreement-with-iran-crown-prince-2022-03-03/)
Iran FM says ready to hold fifth round of talks with Saudi Arabia
(https://en.abna24.com/news/iran-fm-says-ready-to-hold-fifth-round-of-talks-with-saudi-arabia_1242792.html)

 

本コラムの執筆者================================

吉川 由紀枝

ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

プロフィール:

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。

2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。

また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

定期購読はこちらからご登録ください。
語られないものを視る眼 (mag2.com)




※当文章は著者の個人的見解であり、所属団体の意見を反映したものではありません。