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東京IPO特別コラム:「ロシアのウクライナ侵攻:大本営報道に立ち向かう人々と台湾」

〜語られないものを視る眼〜


ロシアのウクライナ侵攻:大本営報道に立ち向かう人々と台湾


 

元スイス諜報員の義憤

最近ジャック・ボーという元スイス諜報員がウクライナ侵攻に至る経緯を彼の経験・知見に基づいて説明しています。*通常このような職業の方が表に出てくることはないのですが、あまりに事実に基づかず政治決断が下されていることに対して義憤を感じたため、公表することにしたとのことです。

 

要約すると、元々ウクライナ東部のロシア系市民は独立を求めていたわけではなく、ロシア語を公用語にし、自治権を求めていただけなのに、2014年ロシア語を公用語としていた法律の廃止により、彼らの怒りに火が付きました。ウクライナ政府は軍を派遣し、鎮圧しようとしましたが、ロシア系兵士が次々と武器を持ったままロシア系市民側に寝返り、ウクライナ軍を翻弄することになります。

 

さて、ボー氏は2014年当時NATO軍でウクライナ東部へロシアが武器を流していないかを調査していましたが、その形跡はなく、むしろプーチン大統領はミンスク合意(ウクライナ中央政府と東部でどのような自治権を持つかを話し合う)の順守を促す立場で、合意順守に関わる当事者であることを拒否し続けていました。

 

当時のウクライナ軍の腐敗は相当なもので、例えば2014年3−4月に予備役を徴用しようとしたところ、1回目に7割が不出頭、2017年秋の徴兵には7割が不出頭という、あり得ない状況でした。これに加え、自殺や脱走が絶えないという始末でした。そこで、ウクライナ政府はNATOへウクライナ軍をより「魅力的」なものにできないかと相談しましたが、当然解決策といえば長期的な話なので、すぐにでも人員補充して内乱鎮圧したいウクライナ政府には受け入れがたいものでした。(ボー氏もNATOの一員としてウクライナ軍のために「広報活動」に従事しました。)

そこで、ウクライナ軍は民兵を募り、2020年には全体の約4割に相当する10万人超を抱えるまでになりました。(アゾフ連隊も民兵です)この民兵が暴力的かつ極右思想を持つ者(プーチン大統領は彼らをナチと呼んでいます)が多く、ロシア系住民に対し、レイプ、拷問、虐殺を繰り返していました。

さて、事態は今年2月に急展開します。2月16日以降ウクライナ軍から東部のドンバス地方への砲撃が頻発します。そして、その翌日にはバイデン大統領によるロシア侵攻予告が行われます。当時専門家の間ではプーチン大統領でさえ侵攻を決めていないだろうと言われていましたが、同胞たるロシア系市民が砲撃を多く受けるに至り、反撃せざるをえない状況が報道されることなく現場で作られ、バイデン大統領の「読み」通り、ウクライナ侵攻が始まりました。

なぜアメリカはロシア軍による侵攻を煽ったのでしょうか?ボー氏は、2019年に発表された米国防総省お抱えのランド研究所レポート**を挙げています。このレポートは、ロシアを弱体化させるための方法を模索したもので、冷戦時のソ連同様、ロシアの弱点はエネルギー輸出という一本足打法的経済にあるとし、冷戦時と同様、ロシアに経済的負荷を過剰に与え、弱体化を図るべきとしています。具体的な打ち手として、アメリカ国内のエネルギー生産の向上、さらなる対ロ経済制裁、EUにロシア以外からのLNG輸入量を増加させること、ウクライナへの軍事援助(武器供給、軍事顧問)が特に効果的と指摘しています。(但し、個人的な著者の感想として、このレポートは確かに多くの選択肢を考慮しているものの、最初から結論ありきのような、議論が十分緻密ではないように思います)

2019年はまだトランプ政権中であり、バイデン政権が作成依頼をした可能性は低いです。しかし、バイデン政権にはオバマ政権時代の高官が多く、2014年クリミア併合時には「不意打ち」だったのでうまく対応できなかった反省がありますから、国家安全保障会議(NSC)内にタイガーチームなるものを結成し、事前にウクライナ侵攻を想定した検討が行われていたと報じられています。***その際かそれ以前に、このレポートも読まれていた可能性は高いです。実際、バイデン政権はこのレポートをなぞるように、世界中へ脱炭素への呼びかけ、経済制裁の強化、EUにロシア産エネルギー輸入削減の要求、ウクライナへの軍事援助を行っています。

また、前号からの動きと重ねてみましょう。せっかくトルコ仲介による両国間の協議が進められていたのに、ロシア軍が首都近辺から撤退後、ブッカで多くの死体が発見されたという報道があり、「虐殺」だとして協議を進められない状況になってしまいました。実際市民への虐殺なのか、民兵の殺戮なのか、判じがたいです。(似たような話は日中戦争時にもあります。国民党軍の死体からわざと兵士と分かるような服や武器を持ち去り、日本軍が中国人の非戦闘員を殺戮したように見えるように細工したという証言があります)

ロシアが和平交渉を進めたいなら、市民の虐殺の跡は残さないように後始末するでしょう。むしろ、ウクライナがブッカでの殺戮を「市民虐殺」と表現するなら、それはウクライナ側が戦争継続希望を表明したとみるのが自然であり、その後ゼレンスキー大統領がプーチン大統領に直接面談を希望しても、プーチン大統領が応じないことと辻褄があいます。加えて、ゼレンスキー大統領がもはや民兵をきちんと制御できていないと理解しているので、会う価値はないと見透かされているのでしょう。(今年11月G 20サミットは見ものですが)

 

ミアシャイマー教授の知見と台湾へのインプリケーション

もう一人、日米欧メディアが作る「ロシアが100%悪、ウクライナが100%善」構図に立ち向かう教授をご紹介しましょう。アメリカで国際政治学の大家である、ミアシャイマー教授です。以前にも「ユダヤ・ロビー」を執筆し、物議をかもすことを恐れない、強い心臓の持ち主です。

教授は今年3月1日に早くもYoutube動画で意見表明しています。****著者と同様、ウクライナをNATOに取り込もうとしたことへの反発であり、さらに一歩進めてウクライナ侵攻を煽った責任はアメリカにあると指摘しています。

幸いにして、ランド研究所は中国を弱体化させる政策レポートを公表していません。(少なくとも公にしていません)しかし、ボー氏もミアシャイマー教授も、今回のロシアへの動きには中国への見せつける意図が隠されているといいますし、恐らく中国政府もその認識でいるでしょう。

ここでは、逆に台湾の観点からインプリケーションを考えてみたいと思います。すなわち、お為ごかしに近づいてくる米欧勢に注意すべきであるということです。うかうかと乗せられて、中国が定義するレッドライン(独立宣言する等)を越えないことです。

ウクライナは米欧・ロシア間でバランス外交を行うべきでした。しかし、米欧側の口車に乗せられて、(ミアシャイマー教授によれば、NATO準加盟国として扱い、)米欧側に大きく傾いていきました。結果、多くの市民を難民化、あるいは死傷者を出しました。さらに、ロシア系の多い東部の実効支配を失い、今後の流れ次第ではそれ以上失うかもしれません。

(南西部の都市オデッサもロシア軍の攻撃対象ではあり、その付近にはモルドバ共和国の一部でありながらロシア系市民が多い、未承認国家トランスニストリア(沿ドニエストル)があります。)ミアシャイマー教授がいうように、今回の敗者はウクライナなのです。

対して、けしかけたアメリカには何ら実害はありません。(但し、数々の中東政策のまずさのツケで石油価格高騰を招き、事実上経済制裁を受けていますが)武器は供与しても、派兵はしませんと、バイデン政権は断言しています。何もせず、口先だけで近隣国とロシアを戦わせ、濡れ手で粟と言わんばかりにロシアの弱体化を狙うだけです。何か他に事件等があれば、アメリカは容易に関心を失います。(昨年夏に完全撤退したばかりのアフガニスタンについて、どれだけ彼らの関心が集まっているか、一目瞭然です)

アメリカには何らコミットする気がないのに対し、ロシアは自国領土の隣なので、いったん事を起こせば、何があっても目的達成まで投げ出しはしません。ミアシャイマー教授は、このコミットメントの差だけでも、今後の予想としてロシアが勝つと予測しています。

翻って、最近米欧が台湾に対し興味を示し始めています。例えば、昨年イギリス海軍が台湾海峡を通過し、話題になりました。また、昨年12月、今年2月にフランスとイギリスが台湾へ議員団を派遣しました。3月にはポンペオ元米国務長官が訪台し、中国をいらだたせました。さらに、5月2日英フィナンシャルタイムス紙は、米英政府間で台湾問題についてのハイレベル協議を報じています。*****

ウクライナ支援でさえままならず、正式な台湾防衛コミットメントや同盟関係にないヨーロッパ勢まで、なぜ台湾に関心を持つのでしょうか?(決して台湾自身の関係構築・維持への努力を軽んじているわけではないですが)

 

台湾は、現実的なバランス外交を忘れてはいけません。

 




 

* Jacques Baud, “The Military Situation In The Ukraine”, The Postil Magazine, April 1, 2022. https://www.thepostil.com/the-military-situation-in-the-ukraine/

** James Dobbins, Raphael S. Cohen, Nathan Chandler, Bryan Frederick, Edward Geist, Paul DeLuca, Forrest E. Morgan, Howard J. Shatz, Brent Williams, “Overextending and Unbalancing Russia”, RAND Corporation, 2019. https://www.rand.org/pubs/research_briefs/RB10014.html; James Dobbins, Raphael S. Cohen, Nathan Chandler, Bryan Frederick, Edward Geist, Paul DeLuca, Forrest E. Morgan, Howard J. Shatz, Brent Williams, “Extending Russia”, RAND Corporation, 2019. https://www.coursehero.com/file/145273602/RAND-RR3063pdf/

*** “Inside the White House preparations for a Russian invasion”, Washington Post, February 14, 2022.

https://www.washingtonpost.com/national-security/2022/02/14/white-house-prepares-russian-invasion/

****世界的な米国際政治学者・ジョン・ミアシャイマー「ウクライナ戦争を起こした責任はアメリカにある!」【日本語字幕付き】https://www.youtube.com/watch?v=cZaG81NUWCs

*****「米英、台湾巡りハイレベル協議=FT紙」https://news.yahoo.co.jp/articles/643e96a2d2cc6b2489b53b04e3a4c2832c120348




本コラムの執筆者

吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

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