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東京IPO特別コラム:「バイデン大統領の中東訪問の意味」

〜語られないものを視る眼〜


バイデン大統領の中東訪問の意味


日本のメディアはあまりバイデン大統領の中東訪問について注目していませんが、本当はバイデン政権の中東政策の大転換を意味するものなので、書いていきたいと思います。

 

イスラエルとサウジアラビアのセット訪問

今回の旅程は、イスラエルとサウジアラビアの2か国です。この旅程こそ、今回のバイデン大統領の外遊の目的を象徴しています。アメリカのメディア等でも、この目的は産油国への石油増産依頼と言われますが、以前お話しました通り、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)の増産余地は非常に少ないです。よってホワイトハウスも増産見込みが小さいことを認識済みでしょう。事実、今回サウジアラビアが声明を出した増産も9月以降予定されていたもの以上ではありませんし、何も目新しいものなく、原油価格市場も織り込み済みです。よって、中間選挙対策として国民受け狙いと考えれば、あまりに成果が乏しく、虚しいものと映ります。

 

しかし、これを国際安全保障の観点から見れば、話しは異なってきます。

 

今回の訪問の成果は、

・紅海にある小島2島をエジプト領からサウジアラビア領とすることをイスラエルが容認

・イスラエルの航空機がサウジアラビア領空上を飛ぶことをサウジアラビアが容認

するというバーター取引成立、即ちサウジアラビア・イスラエル間国交正常化への第一歩であり、恐らくこの証人にバイデン大統領は「呼びつけられた」のでしょう。

 

この取引を絵解きしましょう。紅海にある2島は、サウジアラビア領でしたが、中東戦争中にイスラエルが領有したものを、エジプトが最後の中東戦争中に領有したものです。これをエジプトがサウジアラビアへ返還しようとしたときに、イスラエルから待ったがかかりました。イスラエルの領土は僅かながらシナイ半島を南北に貫き、紅海に直接アクセスできます。そして、この2島はイスラエルが紅海に出たちょっと先くらいの場所にあり、イスラエルを紅海からアラビア海、外海へ出ないように封鎖する際にはとても好都合な、戦略的立地にあります。よって、反イスラエルのサウジアラビア領になり、イスラエル船舶が封鎖されないように、米軍が国連平和維持軍のように駐留し、2島返還はイスラエルの同意なくして不可能である状態でした。一方、サウジアラビアは、ここの手つかずの自然を観光資源に利用したいと思い、領有化を進めたいと考えていました。

 

一方、イスラエルにとり、自国航空機がサウジアラビアの領空を飛べるようになれば、イスラエル・サウジアラビア間の直行便以外にも、イスラエル・東アジア間の飛行時間短縮・コスト短縮につながり、イスラエルが希望するところでした。

 

そして、バイデン大統領がこの両国の上記取引を成立する貢献をしたのでした。

 

こう書いてしまうと、それだけのための外遊か?と思われてしまうかもしれません。しかし、バイデン政権は、オバマ外交の継承・トランプ外交の反対路線を選択し、親イラン政策を採り、サウジアラビアやイスラエルの反発を招いていました。一見この両国は、歴史的に見れば、水と油の関係です。しかし、トランプ政権時代、サウジアラビアの水面下の合意(指示?)の下にUAEやバーレーンがイスラエルと国交樹立(アブラハム合意)し、今回のバーター取引が成立するところを見ると、互いが関係を深めることに非常な興味を持っていることが分かります。

 

サウジアラビア側の興味は何でしょう?一言でいえば、「イスラエルとビジネスしたい」のです。現在サウジアラビアで実権を握っているのは、老齢の現国王ではなく皇太子ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)です。そして、現国王の世代とMBSの間には世代格差があり、昔日アラブ世界が強く感じていた、パレスチナへのシンパシーはMBSやサウジアラビア国民の若年層の間でももはや薄いと言われています。*

 

むしろ、MBSの事実上の政治公約にして野心的な「サウジビジョン30」**を達成するには、やはりイスラエルの高い技術力は魅力的です。事実、オイルマネー&イスラエルのハイテク力というコンビのポテンシャルは、聞いただけでもすごそうです。

 

しかし、サウジアラビアの現国王は、ユダヤ人がイスラエル建国をある日突然勝手に宣言し、それまで現地に住んでいたパレスチナ人を暴力で追い立てていった様子をリアルタイムでみていた世代ですから、イスラエルとの国交は、パレスチナが国家成立させるまでは正常化させないと宣言しています。また、現国王と同様な意見を持つ人々も少なからずいるわけで、MBSとしても政治的理由から慎重に動かざるを得ません。

 

よって、少しずつ静かに両国間の信頼醸成への努力が必要であり、その一環が今回の合意というわけです。ただ、いざ合意というときになり、サウジアラビア側が文書化・署名を渋ったのでしょう。そこで、イスラエル側が最後の一押しにバイデン大統領を呼び寄せ、合意に至らしめました。(本来はNATO会議に訪欧する際に合わせて6月に中東へ行く予定でしたが、交渉が長引いたため、この時期になったものと思われます)

 

バイデン大統領としては、昨年イラク撤退によりますますアメリカの中東でのプレゼンスが落ち、その力の空白を中露が埋めようとしているところであり、ここで少しは失地回復のチャンスと見えたでしょう。(その証明の一つとして、中国の携帯大手、フアウェイを締め出すため、中東訪問直前に米・サウジアラビア間で次世代5G携帯ネットワーク構築での協力に合意したとNYタイムス紙は報じています***)また、当然イスラエルに恩を売ることにより、米民主党への献金を確保・増加させる期待もあるでしょう。

 

そう考えれば、それまで親イラン政策を捨て、イスラエル訪問時にイランに核兵器を持たせないことをコミットする共同宣言を発表****することも納得できます。また、バイデン大統領自身も、自らの外遊をイスラエルとアラブとの国交正常化への小さな一歩の象徴となるとワシントン・ポスト紙に寄稿しています*****ので、これまた事実と整合しています。

 

オイルマネー&イスラエル・ハイテク力というコンビ

さて、一方のイスラエルはどう見ているのでしょう?もちろん、空前絶後のビジネス・チャンス以外何物でもありません。この期待はUAEとの国交樹立後に生まれた貿易量の大きさが裏付けています。国交樹立した翌年の2021年での貿易量は、対エジプトの2倍以上の8.85億ドル******と、当事者の期待以上に膨らんでいます。UAEよりも遥かに裕福なサウジアラビアと国交樹立したら、どれだけのモノ・サービスが往来するのか、期待はますます大きくなるばかりです。

 

実際、直接でなくても間接的な取引も報道されています。例えば、トランプ元大統領の女婿、ジャレード・クシュナー氏のファンド会社経由でサウジアラビアのソブリン・ウェルス・ファンド(PIF)がイスラエルのスタートアップ企業2社へ億ドル単位で投資予定と、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は報じています。*******イスラエルにはたくさんのハイテク系のスタートアップ企業がありますから、これらの企業とサウジアラビアの潤沢な資金が結びついたら、新技術の成熟度や世界を変えるスピード、質量ともに想像を超えるポテンシャルを持つと考えられます。

 

もちろん、政治的な理由により具体的にどの程度ビジネス上の結びつきが進んでいるのか、ほとんど報道はありません。(上記のバーター取引でさえ、報道の翌日にはサウジアラビアの外務大臣は事実否定に走りました********)しかし、MBSの描いたビジョン30を見れば、ある程度の見当はつきます。

 

このビジョン30は、2016年作成とありますから、15か年経済成長計画と言えます。お題目は、途上国が掲げるものと類似点が多いです。政府効率化、失業率の低下(11.6%→7%)、中小企業の育成、女性の社会進出促進(22%→30%)、国民生活の質向上、教育・職業訓練重視、外資誘致(GDP比率3.8%→5.7%)等があります。この他、リッチな産油国らしく、石油以外の産業育成、アラムコの所有権をPIFへ移管し、世界最大のソブリン・ウェルス・ファンドにし、投資の効率を向上させるといったことも謳っています。**

 

さらに、このビジョンの目玉プロジェクトが、NEOMプロジェクトです。こちらは、スマートシティ計画で、未来志向も見えてきます。(日本では、NEOMプロジェクトに伊藤忠商事も絡んでいるようです)実際、2020年にネタニヤフ・イスラエル首相(当時)がその地を視察に行ったと言われ、MBSのビジョンに貢献し、イスラエルのビジネスを創出すべく動いていることは間違いありません。(せっかくネタニヤフ氏を追い落とした連立政権も長くはもたず、ネタニヤフ氏に再起の可能性もありますし)

 

 

こうした、オイルマネー&イスラエルのハイテク力コンビはいろんな意味でゲーム・チェンジャー的な要素がありますので、引き続き注目すべきでしょう。

 

 

* “Saudi Arabia Moves Toward Eventual Ties With Israel”, Wall Street Journal, June 6, 2022.

https://www.wsj.com/articles/saudi-arabia-moves-toward-eventual-ties-with-israel-11654517783

** https://www.vision2030.gov.sa/,

https://www.vision2030.gov.sa/media/rc0b5oy1/saudi_vision203.pdf

*** “Nukes, Oil and a Prince’s Redemption: A Trip Fraught With Perils for Biden”, NY Times, July 13, 2022.

 

**** “US, Israel sign joint anti-Iran nuclear declaration”, Al Jazeera, July 14, 2002.

https://www.aljazeera.com/news/2022/7/14/us-israel-to-commit-to-stopping-iran-nuclear-ambitions

***** “Joe Biden: Why I’m going to Saudi Arabia”, Washington Post, July 9, 2022.

https://www.washingtonpost.com/opinions/2022/07/09/joe-biden-saudi-arabia-israel-visit/

****** “Israel signs historic trade deal with UAE, its biggest with any Arab country”, CNBC, May 31, 2022.

https://www.cnbc.com/2022/05/31/israel-signs-trade-deal-with-uae-its-biggest-with-any-arab-country.html

******* “Jared Kushner’s New Fund Plans to Invest Saudi Money in Israel”, Wall Street Journal, May 8, 2022.

https://www.wsj.com/articles/jared-kushners-new-fund-plans-to-invest-saudi-money-in-israel-11651927236

******** “Contradicting Biden, Saudis deny opening of airspace is step toward ties with Israel”, Times of Israel, July 16, 2022.

https://www.timesofisrael.com/contradicting-biden-saudis-deny-opening-of-airspace-is-step-toward-ties-with-israel/

 




本コラムの執筆者

吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

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