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東京IPO特別コラム:「危ない米中関係」

アメリカに根強い反中国感情の根源?

バイデン政権発足後、米中間のオンラインサミット会談の直後にアメリカ側が突然中国を挑発する行動を起こすパターンが見られます。前回はクアッド(日米印豪戦略対話)&オーカス(米英豪軍事同盟)発表、今回はペロシ下院議長の訪台です。これまで米台間では現職実務者レベルの官僚交流以上はしないことになっていますから、影響力の大きな現職政治家の訪台はタブーです。(決していいパターンではないのですが。。。)

 

中国はサプライズが嫌いということを、バイデン政権は学習しているのか、中国に事前相談すると事は大きくならないということを知っているようです。恐らく、お互いにどのような対応をする予定であるかを打ち合わせてあるのでしょう。大事にならずに済みました。

 

とはいえ、アメリカは挑発することをしたり、事を収めようとしたり、どうしたいのか、解しかねる行動になってしまうのは、恐らくアメリカ国内でも決めかねているのでしょう。

 

トランプ大統領(当時)がコロナを中国のカンフーとインフルエンザ(英語では「フルー」と略す)にひっかけて「カンフルー」と呼び、「不公平」であるとして米中貿易戦争を仕掛けた等反中感情を煽った部分はあるものの、そうした行動がアメリカで受けるには、相応の理由があるはずです。考えられることの一つは、中国に追い越されるのではないかという不安、そして有効な対策を打てない自らへの苛立ちです。

 

第二次世界大戦の少し前、ヒトラー総統は第一次世界大戦の平和条約であるヴェルサイユ条約を次々に違反していきました。ドイツ再軍備宣言から始まり、ラインラント進駐、オーストリア併合後チェコも併合しようとしました。そこで、イギリスがさすがに待ったをかけたものの、英仏独伊によるミュンヘン会談で、これ以上の領土拡大をしないというヒトラー総統の口約束の下、チェコ併合が許容されました。当時は戦争回避したとチェンバレン英首相の宥和政策は歓迎されましたが、チャーチル議員(当時)が予見した通りヒトラー総統の軍事力増強の時間を与えただけで、ヒトラー総統がポーランドに侵攻したことを機に第二次世界大戦が始まりました。

 

この歴史の教訓として、チェンバレン首相が戦争を厭わず、ラインラント進駐辺りでヒトラー総統を潰しておけば、当時のドイツ軍は弱かったため、第二次世界大戦のような大惨事に至らなかったのに、と国際関係学では学びます。曰く、既存大国は新興国が強くなりすぎる前に叩くべし。

 

さて、現実問題今アメリカが中国と戦火を交えたら、どちらが勝つのでしょう?日本ではあまり報道されていませんが、ペロシ下院議長訪台を機にアメリカではいくつか戦争シミュレーションがなされたと報じられています。

 

例えば、2022年5月、CNASという、バイデン政権で大統領副補佐官(国家安全保障担当)に就任したカート・キャンベル氏らが創設した民主党系シンクタンクで、昨年国防長官候補に挙げられたミシェル・フロノイ氏を中心に台湾を巡る米中戦争をシミュレーションしています。元々ペロシ下院議長は4月に訪台予定であったものをコロナにかかってしまったために延期した関係で、この時期になったものと思われます。アメリカのテレビ局NBCが一部始終収録し、シミュレーションを行った人々へのインタビューも交え、番組化されています。*結論は、中国の動きに不意を突かれるものの、在日米軍等をかき集め台湾南部から台湾本土奪還がベストシナリオ、最悪なシナリオは米軍の反攻に中国がアラスカ又は西海岸への核兵器使用を検討するという3週間になりました。

 

また、ペロシ下院議長訪台直後共和党寄りのシンクタンク、CSISも行い、米軍が中国軍に辛勝という結論になっています。**この他、国防総省・ランド研究所、米空軍によるシミュレーションのいずれでも米軍の敗北という結果であったと報じられています。***,****(但し、空軍の場合は台湾とは別の設定で行っています)

 

このように、台湾に限っただけでもプレーヤー次第で勝ったり負けたりしているところを見ると、米軍内でも相当自信が薄らいでいるのに対し、中国が自信を深め、昨年「中国は6年以内に台湾進攻の恐れがある」というデビッドソン米インド太平洋軍司令官(海軍大将)による証言*****も頷けます。(但し、予算増額への布石という見方もなくはないのですが。。。)

 

対中露の1.5正面戦争なのか?

中国に対して自信を無くしている割には、ロシアにはウクライナ経由で戦争しています。交戦中の市民に対し人道支援するならいざ知らず、一方の交戦国政府に露骨に軍事支援をしていれば、立派な戦争行為です。以前お話しましたが、ウクライナ軍は相当腐敗の巣窟ですが、これほど戦闘が長続きしているのは、アメリカを中心に背後から支援しているからに他なりません。

 

何せアメリカからの軍事支援で送られた兵器類の7割が戦地に届かず、ブラックマーケットで売られていると言われる程のひどさ******ですから、アメリカは兵器のみならず、インテリジェンス面でも協力し、ようやくウクライナ軍が前線にいる約12人のロシア軍将校を殺害したとNTタイムス紙が報じています。*******よって、アメリカは自らの意思でロシアに対し実質参戦していると言えます。

 

さて、ここでなぜアメリカはロシアと中国と同時期に事を構えようとしたがるのでしょう?中国とロシアが協力し合うリスクが出てしまいます。恐らく、中ソ時代から仲が悪く、独裁者同士の蜜月は短いという経験則に基づいているのでしょう。事実中ソ時代、蜜月状態であったのは、スターリン書記長が生きていた時代だけで、フルシチョフ書記長がスターリン批判をするや、中国はソ連と距離を置き、1969年には国境紛争に至り、絶縁に近い状態でした。ゴルバチョフ書記長・鄧小平総書記時代になって、ようやく和解に至りましたが、すぐにソ連解体してしまいます。

 

また、独裁者とはいわばお山の大将なので、独裁者同士は瞬間的に意気投合できても、譲り合うことができずに、いずれ仲違いしやすいということなのでしょう。事実、習近平総書記とプーチン大統領とは表面的には仲良くしているように見えますが、以前お話しました通り中国はロシアからの支援依頼にはほとんど応えていないと言います。

 

よって、中露が協力すると言っても、側面援助(ロシアがNATO軍をけん制、エネルギー供給等)が関の山と考えているのでしょう。

 

次に、アメリカはなぜ中国とは直接でロシアとは間接的に事を構えようとしているのであって、その逆ではないのでしょうか?逆の方が勝率は高そうですが、戦域の広さが影響しているように考えます。

 

2016年にもランド研究所は、台湾に限定しない米中戦争について考察レポートを出しています。********これも興味深いことをいくつも記載しているのですが、その一つが戦域は西太平洋に限定されるということです。中国はアメリカのように世界的に自国軍を展開していませんし、中国の軍事力では米本土を狙うにしても、アラスカ、西海岸に大きく限定されます。

 

対し、ロシアを相手にすれば、ユーラシア大陸の東西に長く伸びた国ですから、戦域は大分広がり、広範囲に米本土も戦禍を被るリスクがあり、第三次世界大戦の様相を呈します。また、戦争する上で戦費調達は大切ですから、巨大国際金融市場であるニューヨーク市のウォール街やロンドンのシティ街もできることなら戦禍対象外に置きたいでしょう。

 

このように考えれば、アメリカ東海岸にいる政策決定者たちは、自らを安全圏に置きながら戦う相手を、単なる反中感情からではなく「理性的に」選択したように見えます。(中国を始め東アジアの住民にはいい迷惑ですが。)

 

しかし、ランド研究所も指摘している通り、核兵器を使わずに本気で熱戦をした先には、勝者なき戦闘状態が待っているでしょう。このレポートでは他国の動きについてあまり考察されていませんが、支援すると考えられる日英のようなコア同盟国以外では、恐らく2つの力学が働くでしょう。1つ目は米中戦争で漁夫の利を得ようとするものです。これはランドレポートも、中国と国境問題を抱えるインドが国境で何かしら行動する可能性を指摘しています。同様な文脈で、ウイグルも独立を目指し、活発な動きを見せるかもしれません。

 

2つ目は米中が共に弱体化するのはよいが、弱くなりすぎても困ると考えるもの、即ち力の空白を埋めようという動きの結果、1つの国だけが突出して強くなる状況は避けたいのです。例えばアメリカ1強の時代、ブッシュ(子)政権のように怪しげな理屈で好き勝手に戦争を仕掛けられても困りものでしたが、誰も止められませんでした。よって、戦争の成り行き次第で外部が支援の度合いを決め、ある程度のところで仲裁の労を取り、なし崩し的に終了するのでしょう。

このように望ましくない結果が見えているのに、それでも戦いたいのはなぜでしょう?

アメリカ自身が覇権の終焉を望む?

今著者が考えている仮説は、一見逆説的に聞こえるかもしれませんが、アメリカ自身に自らの覇権を終わらせる意図があるのではないか、ということです。通常覇権国はできるだけ長くその地位を保持していたいと思うかもしれませんが、度々書いている通り、覇権コストは非常に高いことを歴史が教えています。よって、その重荷を外したいとい考えているのではないでしょうか?

 

例えば、東アジアだけを見ても、日本、韓国、台湾を防衛する取り決めがなされています。当初想定敵国ソ連があった頃はまだしも、冷戦終焉直後は不確実な国際関係の中での確かな関係として存続させることにしたものの、現在は経済成長中の中国からの防衛を担うことになっています。同様な関係が、NATO、イスラエル等でもあります。

 

しかし、締結当初からアメリカやその他の国々の国力の差は、大きく異なっています。20世紀中盤という大昔に締結した約束というだけの理由で、今日その約束の履行が自国の利益につながる実感がなければ、果たしてアメリカの若者は戦地に行こうと思うでしょうか。

加えて、その約束のために米軍基地が世界のあちこちに置かれ、米兵が大量の兵器類や物資と共に常時駐留しています。これらのコストは、一部の同盟国からの支援金を除き全てアメリカの国税から支出されていますが、どれだけのアメリカ国民が負担に賛成するでしょうか。

 

オバマ大統領(当時)は、「アメリカは世界の警察ではない」と言い、アメリカの被保護国に相応の軍備を薦めましたが、誰も真剣に応じようとしませんでした。アメリカに軍事負担を負わせた方が安上がりだからです。そこで、トランプ大統領(当時)は、アメリカ第一主義を掲げ、自己中心的な言動を繰り返し、安倍首相以外の同盟国首脳たちより総スカンを食らいましたが、それでもアメリカの保護下であることを選びました。

 

すなわち、生半可なことではアメリカの保護下から抜け出ようとは思わないのです。であれば、アメリカが大戦争をし、覇権国に足る国力を失うことによってしか、同盟国はアメリカの保護を期待しないようにはならない、という結論に達してもおかしくはないのでしょう。

 

著者もこの仮説に確証はありません。しかし、今年2月CFR(外交評議委員会)という、米外交政策に多大な影響を与えると言われるシンクタンクが、台湾を巡る戦争回避策の一つとして台湾の防衛義務の放棄について言及するレポート*********を発表していることが、アメリカの政策決定者たちの本音を垣間見せているように思われるのです。(もちろん、当レポートは放棄を推奨しているわけではありません)

 

 

* NBC, “War Games: The Battle For Taiwan”, May 29, 2022.

https://www.youtube.com/watch?v=qYfvm-JLhPQ

**Bloomberg, “What-If DC War Game Maps Huge Toll of a Future US-China War Over Taiwan”, August 9, 2022.

https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-08-09/what-if-war-game-for-a-us-china-conflict-sees-a-heavy-toll

***National Interest, “The Scary War Game Over Taiwan That the U.S. Loses to China Again and Again”, August 17, 2020.

https://nationalinterest.org/blog/reboot/scary-war-game-over-taiwan-us-loses-china-again-and-again-167085

**** Yahoo News, “'We're going to lose fast': U.S. Air Force held a war game that started

https://news.yahoo.com/were-going-to-lose-fast-us-air-force-held-a-war-game-that-started-with-a-chinese-biological-attack-170003936.html

***** NBC, “China could invade Taiwan in the next 6 years, assume global leadership role, U.S. admiral warns”, March 10, 2021.

https://www.nbcnews.com/news/world/china-could-invade-taiwan-next-6-years-assume-global-leadership-n1260386

****** CBS, “Why military aid in Ukraine may not always get to the front lines”, August 7, 2022.

https://www.cbsnews.com/news/ukraine-military-aid-weapons-front-lines/

******* NY Times, “U.S. Intelligence Is Helping Ukraine Kill Russian Generals, Officials Say”, May 4, 2022. https://www.nytimes.com/2022/05/04/us/politics/russia-generals-killed-ukraine.html

******** David C. Gompert, Astrid Stuth Cevallos, Christina L. Garafola, “War with China: Thinking through unthinkable”, Rand Corporation, 2016.

********* Robert D. Blackwill and Philip Zelikow, “The United States, China, and Taiwan: A Strategy to Prevent War”, Council of Foreign Affairs, February 2022.

https://www.cfr.org/report/united-states-china-and-taiwan-strategy-prevent-war




本コラムの執筆者

吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

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