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東京IPO特別コラム:「SCOサミット会合から視る多極化世界」

〜語られないものを視る眼〜

SCOサミット会合から視る多極化世界

SCOは中央ユーラシア町内会
今年9月中旬に上海協力機構(SCO)のサミット会談があり、話題になりました。日米欧の悪の権化的な扱いを受けているプーチン大統領が出席し、加えて中国の習近平総書記とのサミット会談がありました。その時は中露の結束だとか言われましたが、実際にはどうだったのでしょうか?

このSCOという組織は、元々冷戦終結後中国と旧ソ連の衛星国であった中央アジア間の国境付近での治安維持について話し合う場が必要となり、上海ファイブと称して中国と中央アジア諸国で結成されていたのですが、次第にオブザーバーとして入っていた国が加入するようになり、いつの間にか新興勢力の代名詞BRIC(ブラジル、ロシア、インド、中国)のうち3か国までが加入している、大きな会議体です。

確かにサイズもさることながら、参加国には欧米やその忠実な同盟国が含まれておらず、欧米にとり不気味な存在にみえることは確かです。アメリカと気まずい状態になっているアフガニスタン、パキスタン、インド、イラン、トルコ等が顔を揃えています。特に、今回の会合でイランが正式に加入することになりました。さらに、オブザーバーとしてNATOの一員であるトルコやアメリカの忠実な同盟国でなくなっているサウジアラビアもおり、正式に加入するのかが今後の注目ポイントです。

但し加入国間の関係をみると、そう単純ではないのです。まず中国とインド、インドとパキスタンの間では国境紛争が完全に解決していませんし、特に後者はその生い立ちから宿敵のような関係にあります。今イランが参加しましたので、サウジアラビアが加われば、宿敵のような関係の国が増えます。

また宿敵とまで言わないまでも、旧ソ連の一部であった国や衛星国にすれば、自国がロシアの次の標的にされてはたまらないので、腫物を触るような扱いになります。そんな危ない人物と近しい人物は、やはり危ないと警戒されますよね?事実、中国は中央アジア諸国に多くの親族・友人を持つウイグル族(イスラム系旧遊牧民ですから)を中国国内で弾圧しています。この行為に対する国連での非難を中国が非難する習近平総書記を目の当たりにすれば、いくら自国のエネルギーを買ってくれる大事なお得意先でも、やはり引いてしまいます。

次に、中露関係です。いくらサミット会談をする仲であっても、どこまで協調姿勢を出したものか、中国も悩んでいると報じられています。*親しくすれば、ロシアと同類の「独裁政権」とレッテルを貼られ、欧米社会には疎まれます。かといって、トランプ、バイデン政権共に中国に対して厳しい態度を取り続け、欧米以外の盟友を探さざるを得ません。地理的にロシアは近いですが、ソ連時代から仲の良い時代はほとんどなく、信頼関係が元々あるわけでもありません。とはいえ、欧米に疎まれている時点で有力な盟友はある程度限られてきますので、今のSCOの加入国の中で好き嫌いを言っている余裕はありません。悩ましいですよね。結局つかず離れず、となります。

但し中露を分かつものは、経済基盤です。ロシアはエネルギーを始め豊富な資源という現物を持っていますから、ヨーロッパ勢が買わなければ、アジア勢に売ればいいわけです。事実、今年5月における中国のロシア原油輸入量は前年比で55%増し、最大輸入先のサウジアラビアを抜きました。また、今年3月から6月にかけて前年比でみると、中国は3倍以上、インドは6倍以上原油をロシアから輸入しました。今年5月LNGについても中国はロシアからの輸入を前年比で56%増加させたといいます。**両国への輸出は、3割引超の格安価格***ともいわれ、いかにシアからむしり取っているかが窺えます。。。

興味深いのは、ロシアはエネルギー資源を中印に搾取されただけではないということです。サウジアラビアというエンジェルがいます。サウジアラビアの動きは、原油価格をある程度高いまま維持したいということと、少なくとも中東においてどこかの覇権国1か国に好き放題にさせたくないという意味での保険という観点からでしょう。ウクライナ侵攻後、サウジアラビアの政府系ファンドが6億ドル超をロシアの主要エネルギー企業3社(ガスプロム、ロスネフト、ルクオイル社)へ投資し、これらの株価の急落を買い支えました。また、原油もロシアから大幅に輸入し(史上2番目に高いと言われ、今年7月で1日76,000バレル)、これをサウジ国内消費に回す一方、自国産石油を輸出に回しているとも報じられています。***

購入先さえあれば誰でもよい資源国・ロシアに対し、中国は世界の工場という色彩が強く、最先端技術で先進国と競い始めているものの、単独でイノベーションを起こしているわけでもありません。従って、輸出相手国が、特に経済規模からすれば日米欧が必要となります。その分、米欧への配慮の差が両国で色濃く出てきます。

このように見ていくと、SCOという町内会のような会議体、あるいはその加入国や加入を検討する国々の動きはどう理解していけばいいのでしょう?

矛盾を抱えて生きていく術を学べ
とどのつまり、覇権国が1か国のみで世界中で好き放題できるだけの力がない世界では、ほとんどの国はその時々に応じて大国と関係を深め、あるいは敵対するという、いいとこ取りを企むということでしょう。

すなわち、インドは格安価格で買えるなら、アメリカの意に反してロシアを非難せず大量にエネルギー資源を輸入します。その一方で、対中政策の一環としてクアッドに参加し、アメリカと共に中国への警戒を怠らない姿勢を見せます。サウジアラビアも、中東から米軍プレゼンスが低下するなら、バイデン大統領の電話にも出ず、大統領自ら訪問しても原油増産の約束をろくにせず、ロシアとの関係を強固にし、ロシアが簡単に敗退しないように側面援助します。またアメリカの援助があまり期待できないのなら、同胞であるはずのパレスチナ問題に目をつぶり、対イラン政策の一環としてイスラエルとも連携を深めます。トルコも、バイデン政権が最新式でもない戦闘機F16の売却で議会を説得しきることができない(米下院が売却時の制約を厳しく課した)なら、ロシアから購入するまでと考えます。****

こうした動きを「ハイブリッド」と呼ぶ記事*****もありますが、欧米にすれば節操がないとも視えます。そして欧米の勢力の陰りが露呈するほどに、こうした動きが世界中で頻発していくでしょう。しかし、マキャベリの言葉を待つまでもなく、人間は理想の世界に生きてはいません。「矛盾を抱えて生きていく術を学べ」******なのです。

すなわち、皆が味方であり、敵なのです。誰とでも手を組み、敵対できる状態にすることが望ましいのです。

例えば、欧米はウクライナ侵攻を非難し、対ロ経済制裁を開始し、全面対決姿勢を崩しません。そうすれば、プーチン大統領も欧米他による経済制裁を「全世界への脅威」と呼び、絶対屈しないという頑なな態度になり、振り上げた拳を下ろすことが難しくなってしまいます。

しかし、SCOのサミット会合の脇のプーチン大統領とインドのモディ首相によるサミット会談がありました。その席上モディ首相のウクライナ侵攻への懸念に対し、プーチン大統領はインドの懸念を理解し、「できるだけ早急に終わらせたい」と発言したと言います。*******

問題児だからといって、過度に孤立させ、生存権を脅かすことは危険です。矛盾を抱えた会議体であればこそ、問題児でも仲間外れにされず、何かしらのコミュニケーションチャネルは維持され、活路が見出される可能性があります。言い換えれば、矛盾が産む柔軟性がここにあります。

日本には「村八分」という言葉があります。村というコミュニティを乱す者として村人が絶交しますが、葬式と火災時という二分だけはコミュニティの一員として扱うという考え方です。裏を返せば、問題児に対し村「十」分にしない知恵ともいえます。また、江戸時代エタ・非人という差別がありましたが、皮なめし等特定の職業を許可し、その生存権を完全に奪いはしませんでした。これは、SCOに通じる知恵ではないでしょうか。

こうした知恵は、別に日本あるいはアジアに特有のものではないと思います。以前お話しました通り、ヨーロッパでもメッテルニヒ首相やビスマルク宰相が活躍した王侯貴族が統治した時代は相手の存在、最低限の生存に必要なものを奪わない知恵があり、ナポレオン戦争後、普仏戦争後、戦勝国は過度な賠償金や領土割譲の要求はせず、長期的な平和を実現させました。

しかし、産業革命を経て資本の理論が英米を中心にヨーロッパ政治に食い込んでくると、第一次世界大戦後英仏の戦時国債の弁済のためという資本の理論がまかり通り、ドイツに無理な賠償金が課せられました。(その賠償金は戦時国債を大量に買い支えたロスチャイルド家、モルガン家等に流れることになっており、モルガン家の使者がヴェルサイユ宮殿にまで米ウィルソン大統領に同行し、大統領の意向に関係なく、戦時国債の弁済が可能となるだけの賠償金を課すよう調整したのでした)それがドイツ国民への恨みを買い、第二次世界大戦の誘因となってしまいました。

なぜ資本の理論ではいけないのでしょうか。利益追求に際限がないため、欲望の抑制、相手の生存権に配慮する余地が生まれないのです。

「みんな敵がいい」
さて、今後矛盾をますます抱えた行動が今後予想されます。私たちが今後意識しないといけないことは、第一に今まで同盟国、友好国と思われている国が今後もずっと同じ行動をとるとは限らず、誰とで味方となり、敵となる覚悟が必要です。勝海舟も江戸城無血開城の偉業をなす際に、「みんな敵がいい」と言ったと言います。敵であばこそ、期待・失望を抱かずに動くことができます。結果それまでの幕府の友好国、フランスと縁を切り、イギリスと関係を作り、イギリス経由で薩摩藩へ圧力をかけ、無血開城に成功ました。

第二に、複数の情報源を持つべきで、一つの視点に固執していては全体像を見失います。なぜなら、今後こうした矛盾を糊塗すべく、尤もらしいレトリックやフェイクニュースがますます蔓延します。全体像を理解した上で、信じたふりをするもよし、暴くもよし、別のレトリックを繰り出すもよし、その時々にあった言動を取ればいいのです。

これらは難しいかもしれません。しかし、そうできるようにならねば、ますます生きづらい世界となることは確実でしょう。

* “‘Hat in hand’: Putin meets Xi for first time since Ukraine war”, Al Jazeera, September 15, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/9/15/hat-in-hand-putin-meets-xi-at-summit-in-samarkand
** “China oil imports from Russia surge amid Ukraine war sanctions”, Al Jazeera, June 20, 2022.
https://www.aljazeera.com/economy/2022/6/20/china-oil-imports-from-sanctioned-russia-skyrocket-surpass-saudi
*** “Ostracized by the West, Russia Finds a Partner in Saudi Arabia”, NY Times, September 14, 2022.
https://www.nytimes.com/2022/09/14/business/energy-environment/russia-saudi-oil-putin-mbs.html
**** “Can the SCO be Turkey’s alternative to the West?”, Al Jazeera, September 21, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/9/21/turkey-shanghai-cooperation-organisation-membership-nato-west-alternative
***** “Middle East politics: From hyper to hybrid”, Al Jazeera, July 21, 2022.
https://www.aljazeera.com/opinions/2022/7/21/the-middle-east-from-hyper-to-hybrid
******ジョン・ルイス・ギャディス「大戦略論」
******* “Putin tells Modi he wants Ukraine war to end as soon as possible”, Al Jazeera, September 16, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/9/16/putin-tells-modi-he-wants-ukraine-war-to-end-as-soon-as-possible




 

本コラムの執筆者

吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチアソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

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