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東京IPO特別コラム:「今さら聞けない米中間選挙とその後」

〜語られないものを視る眼〜


今さら聞けない米中間選挙とその後


米中間選挙の位置づけ

アメリカの中間選挙そのものは、連邦下院の半分と上院の1/3の議席を争う選挙です。前の大統領選から2年後、次の大統領選の2年前というちょうど中間のタイミングで行われるため、中間という表現がなされます。本来は議員選なのですが、タイミング的に大統領の施政2年に対する評価という意味合いも込められます。

今回の場合、ホワイトハウス、上院、下院と全て民主党が制している「異常」な状態であるため、基本的に民主党にとっては防御戦であり、共和党が上院か下院、あるいは両方奪還し、「正常」なねじれ現象となることが想定されていました。特に、バイデン政権の人気度が低く、経済もいい状態ではないため、共和党の圧勝、「赤い波」が予想されていました。

事実、共和党は活気づいていました。ドナルド・トランプ氏というワイルドカードを抱え、トランプ派に近づくか、距離を置くかで候補も色々悩んだに違いありません。

ところが、赤い波は発生しませんでした。

争点は経済以外に

この不発の理由、そして専門家や米メディアが外した理由は何でしょうか?一言でいえば、経済への過度な重視であったといえます。クリントン元大統領の選挙参謀が「経済が重要なのだ、愚か者」という言葉を発して以来、今日に至るまで引用されるほどに、選挙には国内経済が何よりも重要という認識が定着しています。

もちろん、この考え方はある程度普遍的に使えるのですが、今回は経済以外の側面が他の選挙時よりも大きく作用しました。では経済以外の側面とは何でしょうか?

一つ目は、言わずもがなトランプ氏というワイルドカードです。一般的に、先祖代々あるいはコアな民主党、共和党支持者がそれぞれ全体の25−30%であり、その他約40%が浮動票と言われます。よって、大統領選でも連邦議員選でも、自党のコアな支持者以外に浮動票を過半数取らないと通常勝てないようにできています。

もちろん、党の支持を取り付ける予備選で戦ったあと相手党候補と戦うという選挙の構造上、どの候補も最初はコアな支持者向けだけのために党是を高らかに謳い、しばしば極端な発言をしますが、党候補となればコアな支持者の支持を大きく失わないように、かつ浮動票を取り込むべく静かに徐々に中道に意見を修正していきます。

しかし、今回トランプ氏は通常共和党の党是に入っていない要素を持ち込みました。それが、2020年の大統領選の不正です。トランプ支持を取り付ける際の条件なのでしょう、トランプ派候補たちは2020年大統領選に不正が行われたと考えるという主張をしていました。この発言がトランプ派の支持を取り付けたでしょうが、それ以上に「民主主義への攻撃」と捉えた浮動票の反発を招き、軒並み落選しました。

そしてもう一つ要因として言われていることが、中絶の是非です。日本だと政治的な争点にならないのですが、キリスト教的に考えると、胎児は人間とみなされるということが原因です。すなわち、熱心なキリスト教徒であるほど、胎児を殺す中絶は殺人と思うことになります。よって、どんな中絶も反対といい、英語では「プロ・ライフ」と表現されます。(但し、性的暴行による妊娠の場合は除外とするかしないかで、意見は割れます)一方反対意見として、自分の体を管理する権利を保持すべき等の考えから中絶の権利を擁護する「プロ・チョイス」という考え方があります。

前者の意見を持つのが共和党、後者が民主党と言われています。しかし、昔ながらの家族観が失われていく中、浮動票はプロ・チョイスに傾きます。プロ・ライフの発言がアメリカ国民全体でどれほどの支持を得られるのか、そろそろ共和党も目覚めるべきでしょう。

では、なぜ今回は経済以外の要因が通常以上に影響を与えたのでしょうか?それは、コロナとウクライナ侵攻と「不可抗力的な不幸」が重なり、どの政党が施政していても経済は悪くなるだろう、というある種の諦観が広がっており、バイデン政権に対する批判が思いのほか弱かったと分析されています。

今後の流れ

少なくても年内はホワイトハウス、上院、下院は民主党が制した状態です。(選挙結果が反映されるのは来年1月より)選挙キャンペーンにより棚晒しになっていた景気刺激法案等の法案ができる限り成立していきます。来年は議会運営がより難しくなることが確実なので、民主党の天下のうちに通すでしょう。多少綱引きはあるでしょうが、議員も人の子、クリスマス休暇を地元で過ごしたいので、12月半ばまでには妥協を見るでしょう。

しかし、赤い波が起きなかったとはいえ、下院は共和党が制したので、来年から法案が成立しにくくなります。日本と異なり、衆議院の優位性といった優劣はなく、上院、下院とも同等の権限を持ちますので、上院で法案を通過させても下院で通過させなければ、法案は成立しません。よって、民主党による共和党議員に対する造反工作が必要となり、今年よりも時間や労力が必要となります。ちなみに、このような時に本来リーダーシップを発揮すべき人物は副大統領ですが、ハリス氏は連邦議会での経験なく就任しましたので、長年上院議員を務めていたバイデン大統領が指揮せざるを得ないでしょうが、やはり難しいでしょう。(何せ同じ党員のペロシ下院議長の訪台を止められないくらいですから)

このように法案成立が難しくなると、真っ先に政治取引のやり玉にあがるのが、予算法案になります。昔から採られる戦術ですが、バイデン政権に手柄を与えたくないという利己的な理由だけですと、国民から総スカンを食らう可能性は高くなります。そうした醜い共和党を十分に見せつけた上で、民主党がある程度妥協し、来年以降の政府予算を獲得する政治劇場が開幕するでしょう。

加えてバイデン政権が達成したいと考える気候変動対策、追加景気刺激策等も、今まで以上の妥協をせざるを得ないでしょう。この他、下院議長となると目されるマコーミック院内総務がウクライナへ無制限な支援はしないと発言していると報じられていることもあり、対ウクライナ支援にも影響があると思われます。

もう一つ、考えられることはバイデン政権を批判するための調査委員会が下院内で設置されることでしょう。これまでのバイデン政策で問題視されたアフガン撤退に関する決定が妥当だったのかを問うため、軍人、ホワイトハウス関係者を始めとする様々な人々を召喚し、メディアの前で証言させ、バイデン政権のアラ探し劇場が展開します。この他、バイデン大統領の次男、ハンター氏を中国、ウクライナ企業が雇用することで、オバマ政権時代バイデン副大統領を通じて影響力を行使していなかったか、調査委員会が立ち上がるとも考えられます。

このように叩かれ、ワシントンは機能不全に近い状態のように報じられるでしょう。この場合、リスクとしてバイデン政権が急速に対中、対ロ批判を高めることが挙げられます。別の問題を作り上げ、ある問題への世間の注目を反らそうとする、いわゆるスピン戦術です。よって、今現在、米中ともに党大会、中間選挙をそれぞれ終え、選挙公約のレトリックからリアリストモードに切り替え、多少融和的なムードは醸し出されていますが、長くて1年程度でしょうか。

 

次の大統領選への影響:注目ポイント

少なくても赤い波が起きず、民主党が予想以上の健闘を示したことで、とりあえずバイデン大統領は「戦犯」扱いにはならず、二期目出馬が期待されます。(一応年内家族内で合意が必要として言葉を濁していますが)現職大統領が出馬する場合は、基本的に他の候補が立たず、民主党はバイデン大統領で一本化します。

一方、トランプ元大統領は15日に出馬表明しましたので、共和党幹部としてはいかにトランプ氏が引き起こした分裂を修復するかが大きな課題となります。ベストシナリオとしては、党幹部が赤い波を作れなかった「戦犯」としてはっきりトランプ氏に党脱退を言い渡し、トランプ氏が新党を作るか否かは別にして、今ある党分裂の修復をすることでしょう。ワーストシナリオでは、党幹部がトランプ氏の「戦犯」を厳しく追及することなく、トランプ氏が他の共和党候補を口汚く罵るがままに放置し、2024年夏の党大会で初めてトランプ氏を切り捨て、トランプ氏が作るかもしれない新党との間で票を再び割れさせ、民主党に惨敗するでしょう。

さて、こう書くと共和党が不利のように見えます。しかし、ベストシナリオを志向するなら、党内修復にまだ2年あり、危機感をもった状態で大統領選に臨めます。一方、民主党には隠れたリスクがあります。一つはハンター・バイデン問題がスキャンダルに発展するリスク、次にバイデン大統領自身の健康問題です。何といっても今年79歳の最高齢大統領です。2024年から4年となれば、84歳です。こういうリスクは、危機感をもたらさないので、対策が後手になりやすい傾向があります。

ワーストシナリオは、ハンター問題で立場が弱くなった上、大統領選直前にバイデン大統領が健康問題で出馬を断念せざるを得ないことでしょう。民主党幹部がしっかりこのリスクを理解し、次の候補を今から考えておくことが大事でしょう。すなわち、副大統領候補選びで単なる女性・マイノリティという能力や経験と関係のない個人属性で選ぶか、能力や経験で優秀な中堅人材を選ぶかです。経験不足であれば、今からでもバイデン政権に閣僚入りさせる程度の真剣さが必要でしょう。ハリス副大統領選択という失敗を繰り返す余裕は、民主党にはありません。

さて、この2年をどう活かすかで、2年後の勝負が決まります。




 

吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

 

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所

にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年

米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ

アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事

公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

 

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