東京IPO特別コラム:「ウクライナ戦争を振り返る」
新年改まったこともあり、和平の話も一部出てきたこともあり、約10か月経過したウクライナ戦争を振り返ってみたいと思います。以前この戦争の鍵を握るのは石油だと書きましたが、石油会社だけの利権にとどまらず、産油国の意向が入り込んでいるようです。よって、ここでは両面から振り返り、和平の可能性について考えていきたいと思います。
軍事的な軌跡
当初、ロシア軍は問題の発端にしてロシア系の多い東部を中心に首都キエフに向かう北方
向、2014年以降ロシアが実質支配しているクリミア半島に向かう南方向へと鶴が両翼
を広げるような形で侵攻していきました。
しかし、「特殊作戦」と位置付けただけあって、元々それほどの装備がないのに戦域が広す
ぎたか、物資補給が追い付かず、北部から早々に撤退しました。この頃キエフ郊外の拠点、
ブーカから撤収したことが大きく報道されました。
北部、特に首都キエフへの脅威が薄れると、ロシアの当初目的である現ゼレンスキー政権の
失脚(プーチン大統領は「非ナチ化」と呼んでいます)が難しくなります。それでも、南方
戦線を選んだというところは、完全に陸路でロシアからクリミア半島までつなげたいとい
う領土的野望が露出しています。
しかしどんなプロジェクトにも言えることですが、目的を変更するということは、そのプロ
ジェクトに投入すべき資源量の見直しを迫られます。加えて、ロシア侵攻の報を聞いてすぐ
にゼレンスキー大統領が逃げ出すかと思っていたのでしょうか、思惑が外れたため、5月に
は早くも物資補給が追い付かない、あるいはそもそも足りない状態となり、ロシア軍の動き
が鈍化し、膠着状態になってきました。(9月頃からイランや北朝鮮からの武器輸入が、1
0月には武器製造が追いついていないという報道がなされました)
一方ウクライナには、米欧から軍事支援物資が続々と入るようになり、特にアメリカからの
HIMARS(高機動ロケット砲システム)が功を奏します。ウクライナ側はこれでロシア軍
の物資貯蔵庫を狙い撃ちしました。*加えて、ロシア軍が物資移送に多く利用していた鉄道
をも破壊することによって、ロシア軍は本来の能力を発揮できなくなっていきました。
尤も、ロシア軍側も指揮系統がしっかりしていないようです。前線情報が正しく司令部に伝
達されないために、将校たちが頻繁に視察に赴かねばならず、そこを狙ってウクライナ軍が
視察先で攻撃したため、ロシア軍は多くの貴重な人材を失うことが多発しているとも報じ
られています。*
こうした積み重ねがウクライナ軍に自信を与えたのでしょう、9月に南部を集中攻撃しま
した。プーチン大統領は動員令を以て対抗しますが、逆に戦争が不利に動いていることを宣
伝することになり、裏目に出て国内でも批判が高まり、徴兵を逃れようと国外脱出を図るロ
シア国民が出てきました。そして結局、11月ロシア軍はドニエプル川以北の南部カーソン
州を自主放棄し、東部に軍を集約する決断を下しました。
とはいえ、ロシアも負けてばかりではありません。首都を始め各地の電気インフラを攻撃し、
ウクライナ国民を停電で苦しめる作戦に出ました。自軍の力不足分を冬将軍の手を借りよ
うという戦法です。そして、これは米欧の軍事支援が枯渇するのまで待つという長期戦の構
えでもあります。
その実、NATO事務総長は11月のカーソン市奪還を称えつつ、「冬の到来を受け、またロ
シア軍は依然として強力なので、ウクライナ軍はこれから成果を出すことが難しいことが
予想されるため」、和平を促す発言をしています。**ここで「ウクライナ軍が成果を出すこ
とは難しい」のは、NATOから追加軍事支援は難しいため、という言葉が暗示されていま
す。
また、興味深いことにバイデン大統領は、11月中間選挙直前、ウクライナ戦争により「棚
から牡丹餅的」に利益が膨れ上がっているため、アメリカ国民に一部利益還元しないと石油
会社へ追加徴税すると警告を発しています。***一見選挙対策のように見えますが、ウクラ
イナ戦争の延長に向けたロビー活動をけん制する動きのようにも取れます。
ゼレンスキー大統領はクリスマス直前に電撃訪米しましたが、これも最悪のタイミングで
す。その時期は、連邦議員たちは大概クリスマス休暇で地元に帰り、ワシントンは閑散とし
ている時期です。今年1月であれば、向こう2年間は議席を持っている人々ですから、演説
し、面会する意味があります。特に、共和党は民主党ほどに支援を提供する気はないと明言
しているのですから、追加支援の説得出張は、非常に有意義です。訪米時期については事前
にホワイトハウスと調整しているはずなので、敢えてこの時期ということの隠れたメッセ
ージは、「そろそろ和平をしてほしい」ということになります。
その実米欧諸国以外ウクライナに軍事支援をする国はありません****から、事実上のゲー
ムオーバー宣告になります。
11月ゼレンスキー大統領は和平条件10か条をG20に披露し、国際社会の賛同を得よ
うとしています。*****勝利しつつあるという前提であり最初の案だからでしょうか、19
92年ウクライナ独立当時の国土保全等到底ロシアが受け入れない条件を盛り込んでいま
す。(賠償金請求が記載されていないだけ、自制しているのかもしれませんが。。。)当然ロシ
アは、この提案を拒否しています。時間は味方ですから、安易に妥協する気はないでしょう。
オイル・マネーからの視点
ウクライナ戦争による原油価格高騰に大喜びしたのは、石油会社だけではありません。産油
国もそうです。筆頭産油国のサウジアラビア皇太子が威信をかけて推進しているプロジェ
クトは大層な物入りですから、1バレル100ドル前後の高止まりを期待していても不思
議ではありません。事実、盟友であるはずのアメリカ大統領が訪問しても、雀の涙程度の増
産しか約束せず、さらに10月にOPEC+が減産を宣言しました。永続的な石油価格の高
止まりを期待しているかのようです。
一方、米欧中心の経済制裁は効果があったのでしょうか?2022年12月に元ロシア財
務副大臣のアルジャジーラ紙への投稿文******を読む限り、効果はあまりなかったようで
す。確かに、ヨーロッパのロシア産エネルギー輸入量はロシアのエネルギー輸出量の約半分
を占め、経済効果があるように思われました。事実ガスプロム社のヨーロッパ向け輸出は、
約43%減少しました。しかし一方で、ガス価格も8月に460%(最高値)も高騰したた
め、ガスプロム社の利益があまりに増大したため、ロシア政府が約200億ドルもの臨時課
税をしたそうです。石油に関しても同様で、原油価格高騰でアジア顧客への割引率が25%
程度となりはしたものの、昨年よりも高い価格なので、やはり高収益であったようです。結
局、ロシアの化石エネルギー輸出収入は前年比34%増だと言います。
一方、軍事費は2022年で31%増になるものの、エネルギー価格上昇による増収で賄え
そうで、9月に国家予算を組んだ際に、余力がありそうなので、動員令を出すことにしたよ
うです。(2022年末までに60億ドルかかる想定)
要するに、ファイナンス的にもロシアは戦争を終結する動機は生まれません、ウクライナ側
がよほど好条件を出さない限り。
険しい和平への道
ウクライナにはあまり選択肢はありませんが、少しでも有利になるように考えるなら、仲裁
国の選定が大事です。ゼレンスキー大統領が選んだ国は、インドです。G20時にもインド
のモディ首相に仲裁を期待すると述べています。
今回の戦争では日米欧はウクライナに傾斜しすぎ、中国は関心なしです。中国が世界のリー
ダーとして世界秩序に貢献しようと考えるなら、軍事によらないリーダー格を証明するに
は、本来はとてもいい方法です。ですが、「ヨーロッパの問題でしょ?」と思っている限り
においては、マインドセットはまだまだ未成熟なのでしょう。また、サウジアラビアも少し
は意欲がありそうですが、原油高騰で最も利益を得て、かつロシアとその果実を分かち合う
国ですから、交渉を長引かせそうです。
一方、トルコは過去穀物輸出を巡り両国間の仲介をした実績がありますので、悪くはないで
す。ロシアが黒海からエネルギーを輸出する際には、必ずボスポラス海峡を通過しないとい
けませんので、ヨーロッパ以外の輸出方法を考える上では、ロシアにとり不仲になりたくな
い相手です。地政学的に友人であるべき国ですが、他にも全く輸出ルートがないわけではあ
りませんし、経済規模もロシアの上得意になれる程ではありませんので、今一つ押しが十分
ではないでしょう。
インドは、冷戦中も「第三の道」を模索した国ですから、米欧の忠実な同盟国というわけで
はなく、ロシア産エネルギーの上得意です。これまでも幾度かモディ首相はプーチン大統領
へ早期終結を薦めています。また、ロシアが中国と不仲になった場合の抑えとしてトルコ以
上に関係をこじらせたくない相手です。このように考えれば、インドは妥当な選択でしょう。
現状、ロシアは東部州の半分とクリミア半島およびその北のドニエプル川以南を制してい
ます。現状追認という形でそこに線を引くのが、少なくても停戦合意にはありがちです。(朝
鮮戦争の停戦協定もそのようになっています)
しかし、厄介なことに昨年9月ロシアは東部州、南部州の4州を正式に併合しています。現
在ではロシアの支配圏にないエリアまで、ロシアの主張ではロシア領土なのです。既にウク
ライナの支配圏なのだからと、ロシアが譲歩すればいいですが、それはまず期待できません。
また、せっかくここまで勝ち進めてきたウクライナとしても、カーソン州を始め奪還した地
域の放棄は難しいでしょう。
そこで考えられるのは、例えば国境を確定させるのは平和条約時にと先送りし、まずは停戦
協定を優先させるべく、問題の地域の所属をはっきりさせないで、自治区とする(国籍はい
ずれの国も届け出・申請を受け付ける)案でしょうか。
いずれにせよ、和平の道は簡単ではないです。今流行りの言葉でいえば、「どうするゼレン
スキー」でしょうか。
* “Six months of war in Ukraine: Five key military takeaways”, Al Jazeera, August 24, 2022.
https://www.aljazeera.com/features/2022/8/24/six-months-of-war-in-ukraine-five-key-military-takeaways
** “After Kherson city win, Ukraine faces ‘difficult months’: NATO”, Al Jazeera, November 14, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/11/14/difficult-months-ahead-for-kyiv-after-kherson-says-nato
*** “Biden warns of windfall tax on ‘war profiteering’ oil companies”, Al Jazeera, November 1, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/11/1/biden-warns-of-windfall-tax-on-war-profiteering-oil-companies
**** “Infographic: Who provides the most aid to Ukraine?”, Al Jazeera, December 9, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/12/9/infographic-who-provides-the-most-aid-to-ukraine
***** “What is Zelenskyy’s 10-point peace plan?”, Al Jazeera, December 28, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/12/28/what-is-zelenskyys-10-point-peace-plan?
****** “Does Russia have enough money for war?”, Sergey Aleksashenko, Al Jazeera, December 5, 2022.
https://www.aljazeera.com/opinions/2022/12/5/does-russia-have-enough-money-for-war
吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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https://www.mag2.com/m/0001693665
軍事的な軌跡
当初、ロシア軍は問題の発端にしてロシア系の多い東部を中心に首都キエフに向かう北方
向、2014年以降ロシアが実質支配しているクリミア半島に向かう南方向へと鶴が両翼
を広げるような形で侵攻していきました。
しかし、「特殊作戦」と位置付けただけあって、元々それほどの装備がないのに戦域が広す
ぎたか、物資補給が追い付かず、北部から早々に撤退しました。この頃キエフ郊外の拠点、
ブーカから撤収したことが大きく報道されました。
北部、特に首都キエフへの脅威が薄れると、ロシアの当初目的である現ゼレンスキー政権の
失脚(プーチン大統領は「非ナチ化」と呼んでいます)が難しくなります。それでも、南方
戦線を選んだというところは、完全に陸路でロシアからクリミア半島までつなげたいとい
う領土的野望が露出しています。
しかしどんなプロジェクトにも言えることですが、目的を変更するということは、そのプロ
ジェクトに投入すべき資源量の見直しを迫られます。加えて、ロシア侵攻の報を聞いてすぐ
にゼレンスキー大統領が逃げ出すかと思っていたのでしょうか、思惑が外れたため、5月に
は早くも物資補給が追い付かない、あるいはそもそも足りない状態となり、ロシア軍の動き
が鈍化し、膠着状態になってきました。(9月頃からイランや北朝鮮からの武器輸入が、1
0月には武器製造が追いついていないという報道がなされました)
一方ウクライナには、米欧から軍事支援物資が続々と入るようになり、特にアメリカからの
HIMARS(高機動ロケット砲システム)が功を奏します。ウクライナ側はこれでロシア軍
の物資貯蔵庫を狙い撃ちしました。*加えて、ロシア軍が物資移送に多く利用していた鉄道
をも破壊することによって、ロシア軍は本来の能力を発揮できなくなっていきました。
尤も、ロシア軍側も指揮系統がしっかりしていないようです。前線情報が正しく司令部に伝
達されないために、将校たちが頻繁に視察に赴かねばならず、そこを狙ってウクライナ軍が
視察先で攻撃したため、ロシア軍は多くの貴重な人材を失うことが多発しているとも報じ
られています。*
こうした積み重ねがウクライナ軍に自信を与えたのでしょう、9月に南部を集中攻撃しま
した。プーチン大統領は動員令を以て対抗しますが、逆に戦争が不利に動いていることを宣
伝することになり、裏目に出て国内でも批判が高まり、徴兵を逃れようと国外脱出を図るロ
シア国民が出てきました。そして結局、11月ロシア軍はドニエプル川以北の南部カーソン
州を自主放棄し、東部に軍を集約する決断を下しました。
とはいえ、ロシアも負けてばかりではありません。首都を始め各地の電気インフラを攻撃し、
ウクライナ国民を停電で苦しめる作戦に出ました。自軍の力不足分を冬将軍の手を借りよ
うという戦法です。そして、これは米欧の軍事支援が枯渇するのまで待つという長期戦の構
えでもあります。
その実、NATO事務総長は11月のカーソン市奪還を称えつつ、「冬の到来を受け、またロ
シア軍は依然として強力なので、ウクライナ軍はこれから成果を出すことが難しいことが
予想されるため」、和平を促す発言をしています。**ここで「ウクライナ軍が成果を出すこ
とは難しい」のは、NATOから追加軍事支援は難しいため、という言葉が暗示されていま
す。
また、興味深いことにバイデン大統領は、11月中間選挙直前、ウクライナ戦争により「棚
から牡丹餅的」に利益が膨れ上がっているため、アメリカ国民に一部利益還元しないと石油
会社へ追加徴税すると警告を発しています。***一見選挙対策のように見えますが、ウクラ
イナ戦争の延長に向けたロビー活動をけん制する動きのようにも取れます。
ゼレンスキー大統領はクリスマス直前に電撃訪米しましたが、これも最悪のタイミングで
す。その時期は、連邦議員たちは大概クリスマス休暇で地元に帰り、ワシントンは閑散とし
ている時期です。今年1月であれば、向こう2年間は議席を持っている人々ですから、演説
し、面会する意味があります。特に、共和党は民主党ほどに支援を提供する気はないと明言
しているのですから、追加支援の説得出張は、非常に有意義です。訪米時期については事前
にホワイトハウスと調整しているはずなので、敢えてこの時期ということの隠れたメッセ
ージは、「そろそろ和平をしてほしい」ということになります。
その実米欧諸国以外ウクライナに軍事支援をする国はありません****から、事実上のゲー
ムオーバー宣告になります。
11月ゼレンスキー大統領は和平条件10か条をG20に披露し、国際社会の賛同を得よ
うとしています。*****勝利しつつあるという前提であり最初の案だからでしょうか、19
92年ウクライナ独立当時の国土保全等到底ロシアが受け入れない条件を盛り込んでいま
す。(賠償金請求が記載されていないだけ、自制しているのかもしれませんが。。。)当然ロシ
アは、この提案を拒否しています。時間は味方ですから、安易に妥協する気はないでしょう。
オイル・マネーからの視点
ウクライナ戦争による原油価格高騰に大喜びしたのは、石油会社だけではありません。産油
国もそうです。筆頭産油国のサウジアラビア皇太子が威信をかけて推進しているプロジェ
クトは大層な物入りですから、1バレル100ドル前後の高止まりを期待していても不思
議ではありません。事実、盟友であるはずのアメリカ大統領が訪問しても、雀の涙程度の増
産しか約束せず、さらに10月にOPEC+が減産を宣言しました。永続的な石油価格の高
止まりを期待しているかのようです。
一方、米欧中心の経済制裁は効果があったのでしょうか?2022年12月に元ロシア財
務副大臣のアルジャジーラ紙への投稿文******を読む限り、効果はあまりなかったようで
す。確かに、ヨーロッパのロシア産エネルギー輸入量はロシアのエネルギー輸出量の約半分
を占め、経済効果があるように思われました。事実ガスプロム社のヨーロッパ向け輸出は、
約43%減少しました。しかし一方で、ガス価格も8月に460%(最高値)も高騰したた
め、ガスプロム社の利益があまりに増大したため、ロシア政府が約200億ドルもの臨時課
税をしたそうです。石油に関しても同様で、原油価格高騰でアジア顧客への割引率が25%
程度となりはしたものの、昨年よりも高い価格なので、やはり高収益であったようです。結
局、ロシアの化石エネルギー輸出収入は前年比34%増だと言います。
一方、軍事費は2022年で31%増になるものの、エネルギー価格上昇による増収で賄え
そうで、9月に国家予算を組んだ際に、余力がありそうなので、動員令を出すことにしたよ
うです。(2022年末までに60億ドルかかる想定)
要するに、ファイナンス的にもロシアは戦争を終結する動機は生まれません、ウクライナ側
がよほど好条件を出さない限り。
険しい和平への道
ウクライナにはあまり選択肢はありませんが、少しでも有利になるように考えるなら、仲裁
国の選定が大事です。ゼレンスキー大統領が選んだ国は、インドです。G20時にもインド
のモディ首相に仲裁を期待すると述べています。
- 仲裁国:インド
今回の戦争では日米欧はウクライナに傾斜しすぎ、中国は関心なしです。中国が世界のリー
ダーとして世界秩序に貢献しようと考えるなら、軍事によらないリーダー格を証明するに
は、本来はとてもいい方法です。ですが、「ヨーロッパの問題でしょ?」と思っている限り
においては、マインドセットはまだまだ未成熟なのでしょう。また、サウジアラビアも少し
は意欲がありそうですが、原油高騰で最も利益を得て、かつロシアとその果実を分かち合う
国ですから、交渉を長引かせそうです。
一方、トルコは過去穀物輸出を巡り両国間の仲介をした実績がありますので、悪くはないで
す。ロシアが黒海からエネルギーを輸出する際には、必ずボスポラス海峡を通過しないとい
けませんので、ヨーロッパ以外の輸出方法を考える上では、ロシアにとり不仲になりたくな
い相手です。地政学的に友人であるべき国ですが、他にも全く輸出ルートがないわけではあ
りませんし、経済規模もロシアの上得意になれる程ではありませんので、今一つ押しが十分
ではないでしょう。
インドは、冷戦中も「第三の道」を模索した国ですから、米欧の忠実な同盟国というわけで
はなく、ロシア産エネルギーの上得意です。これまでも幾度かモディ首相はプーチン大統領
へ早期終結を薦めています。また、ロシアが中国と不仲になった場合の抑えとしてトルコ以
上に関係をこじらせたくない相手です。このように考えれば、インドは妥当な選択でしょう。
- 争点:国境をどこに引くか?
現状、ロシアは東部州の半分とクリミア半島およびその北のドニエプル川以南を制してい
ます。現状追認という形でそこに線を引くのが、少なくても停戦合意にはありがちです。(朝
鮮戦争の停戦協定もそのようになっています)
しかし、厄介なことに昨年9月ロシアは東部州、南部州の4州を正式に併合しています。現
在ではロシアの支配圏にないエリアまで、ロシアの主張ではロシア領土なのです。既にウク
ライナの支配圏なのだからと、ロシアが譲歩すればいいですが、それはまず期待できません。
また、せっかくここまで勝ち進めてきたウクライナとしても、カーソン州を始め奪還した地
域の放棄は難しいでしょう。
そこで考えられるのは、例えば国境を確定させるのは平和条約時にと先送りし、まずは停戦
協定を優先させるべく、問題の地域の所属をはっきりさせないで、自治区とする(国籍はい
ずれの国も届け出・申請を受け付ける)案でしょうか。
いずれにせよ、和平の道は簡単ではないです。今流行りの言葉でいえば、「どうするゼレン
スキー」でしょうか。
* “Six months of war in Ukraine: Five key military takeaways”, Al Jazeera, August 24, 2022.
https://www.aljazeera.com/features/2022/8/24/six-months-of-war-in-ukraine-five-key-military-takeaways
** “After Kherson city win, Ukraine faces ‘difficult months’: NATO”, Al Jazeera, November 14, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/11/14/difficult-months-ahead-for-kyiv-after-kherson-says-nato
*** “Biden warns of windfall tax on ‘war profiteering’ oil companies”, Al Jazeera, November 1, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/11/1/biden-warns-of-windfall-tax-on-war-profiteering-oil-companies
**** “Infographic: Who provides the most aid to Ukraine?”, Al Jazeera, December 9, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/12/9/infographic-who-provides-the-most-aid-to-ukraine
***** “What is Zelenskyy’s 10-point peace plan?”, Al Jazeera, December 28, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/12/28/what-is-zelenskyys-10-point-peace-plan?
****** “Does Russia have enough money for war?”, Sergey Aleksashenko, Al Jazeera, December 5, 2022.
https://www.aljazeera.com/opinions/2022/12/5/does-russia-have-enough-money-for-war
吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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