東京IPO特別コラム:「ワグネルの乱」のメッセージ
不可解な「ワグネルの乱」
2023年6月23日、「ワグネルの乱」が発生しました。それまでウクライナ戦争で活躍していた、ロシアの民間軍事会社、ワグネル社の一部が戦線を離脱し、モスクワに向かいましたが、ベラルーシ大統領の仲裁により一日で解散したという、何とも不可解な事件です。
一応の解説は、ワグネル社とロシア軍との間で確執があり、特にワグネル社の創立者、プリゴジン氏のロシア軍批判発言を隠さず、武器弾薬の補給が戦地のワグネル社員に対し滞ったため、社員に呼び掛け有志でモスクワに向かいました。一方、プリゴジン氏はプーチン大統領への裏切りではないことをベラルーシ大統領経由か直接訴え、後に直接面談し、了解されていることになっています。
しかし、本当のところはよく分かりません。最も不可解な点は、プリゴジン氏が裏切り者として処罰されず、反乱後プーチン大統領と直接面談していることでしょう。通常の反乱であれば、プリゴジン氏がクレムリンに出頭したタイミングで逮捕するのが、真っ当な幕引きです。裏切り者は二度と信用されませんから。それ以前に、戦時中にも拘わらず、プリゴジン氏がロシア軍批判を公に繰り返していても処罰されないのも不可解です。ワグネル社は、ロシア軍と対等に渡り合えるほどの力を持っているのでしょうか?
そもそも民間軍事会社とは?
プーチン大統領がいうように、民間軍事会社はそもそも存在を許すべきか、議会で議論されるべき、悩ましい存在です。本来近代国家は、暴力装置(軍隊)の独占を謳っており、ワグネル社のように国家組織の一部ではない民間に許すべき存在ではありません。
しかし国家組織である以上、「人命重視」のみならず「民営化」や「予算削減」の荒波にもさらされます。本来のミッションと矛盾するような要求に直面した時の抜け道的な存在として編み出されたのが、民間軍事会社です。
軍隊としてコアな業務、即ち敵兵との戦闘そのものは民間に明け渡すわけにはいかないのですが、その他周辺業務がたくさんあり、軍隊はそのための人員も抱えています。(米陸軍が世界最大の組織であることを想起あれ)例えば、戦地に赴き、周辺の安全確保が出来たら、拠点に定めたところに基地を設置します。そこに、兵舎、武器庫、食糧庫、野戦病院、道路、電気・通信ネットワーク、滑走路、(長期戦が見込まれるなら、軍事訓練場、コンビニ、バー、将校クラス用のクラブハウス、プール、ゴルフコース。。。建設施設リストは延々と続きます)等をニーズに合わせたスピード感で建設せねばなりません。そこで、全員分の食事を作らねばなりません。さらに、基地内施設を運営し、メンテナンス、警護をする必要があります。基地の外でも、物資補給路や要人を護衛する必要があります。ある程度敵地を制圧した場合、その地域の治安維持活動、ひいては軍政も、軍隊の仕事です。そうなると、臨時政府そのものですから、警察としての仕事からごみ収集業務まで業務山積です。(さすがに、ここまでくれば、現地民の雇用をしますが、採用活動をせねばなりません。)
当然こうした人員はコスト削減対象になりやすいですが、有事に募集をかけて必要な人数分の経験者がすぐに確保できるわけもありません。そこで、軍隊としては必要最低限抱え、必要に応じて「業務委託」したいですよね。そうした「業務委託」先として、民間軍事会社があります。
加えて「人命尊重」の重視の風潮により、政治家たちは、軍人から危険な業務や政治問題化しかねない業務を遠ざけたがります。米軍の場合、ベトナム戦争の教訓として、政府や国民の支持がしっかりとない戦争には関与しないという、アブラハム・ドクトリンがあります。
しかし、それでも政治家は戦争や軍事介入を決断することがあります。そうであったとしても、国民が賛同しない、その意義を認められない戦争である場合、兵士の死亡というニュースは戦地からの撤退を求める声を大きくします。例えば、クリントン政権下でソマリア内戦に米軍が介入しましたが、映画「ブラック・ホーク・ダウン」で描かれた米兵18名の死亡をきっかけに、大統領はソマリア撤退を決断せざるを得ませんでした。
さらに、イラク戦争後イラクでテロリストと「思われる」人々からテロ計画情報等を入手するために、「尋問」という名の暴力、虐待が問題になったことがあります。事実イラクのアブ・グレイブ刑務所での尋問担当の半数は米民間軍事会社員であり、2003−4年に発生した虐待事件の36%に民間軍事会社員が関与していたと言います。**
こうした行為は、軍人という国家公務員が行うと、国内外でかなり政治問題となります。特に、人権外交を展開しているような国家の場合、そうなります。しかし、民間軍事会社が実行者である場合、非難の集中砲火はそちらへ逸れ、「業務委託」元である国家への風当たりは、幾分柔らぎます。とはいえ、実際には国家とグルになってやっているわけですから、契約は継続され、会社は社名を変更し、何事もなかったかのように営業を続けます。
但し、民間に業務委託すると、国家に対するような監視の眼は行き届かなくなります。実際、イラク戦争時に活躍した、悪名高い民間軍事会社に、ブラック・ウォーター社(現コンスタリス)があります。この会社が起こした最たる事件は、2007年にバグダッドでイラク市民17名虐殺でしょう。(後にFBI調査では、17名のうち14名は正当な理由なく殺害されたと報じられています。*)こうした行為は、アメリカのイラク「統治」を難しくし、米兵の命を危険にさらすリスクを高めます。
上記を理解すれば、ワグネル社について報じられている通り、プーチン大統領はアフリカでの権益(石油、金、ダイヤモンド等)を守るため、人権問題が浮上しているスーダン、中央アフリカ共和国等の依頼を受け、正規軍ではなくワグネル社を送り出すわけも、納得されるのではないでしょうか。
ワグネルの乱はウクライナ戦争の実質終了のメッセージか?
プーチン大統領のロジックでは、ウクライナ戦争は、「特殊軍事作戦」です。この定義によって、正規軍のみならずワグネル社を投入する正当性を含めているのかもしれません。ただ本音としては、正規軍の腐敗は公然の秘密ですから、ワグネル社も投入しないと心配ということなのかもしれません。
ワグネル社の歴史は古くはありませんから、ロシア軍と比べれば、組織内の政治が働く余地は少なく、実力主義で腕次第では昇格のチャンスは高いでしょう。特に人員を確保するために、一部服役囚にも勧誘していると言います(ちなみに、この手法はイラク戦争時にアメリカ陸軍も使用しましたので、それほど独創的なものではありません)から、普通に募集しても人員が十分に集まらないことが推測され、給料を正規軍より高く設定している可能性があります。このように考えれば、ワグネル社の方が正規軍より効果的に活動していると考えられます。
そんなワグネル社が、「反乱」を起こしました。しかし、それに乗じて他の政治家や軍人が、反プーチンに動かなかったということは、まだプーチン時代は続くということであり、日欧米メディアが書き立てる程プーチン大統領の政治力は衰えていないとみるのが、安全でしょう。ですので、ここではワグネルの乱に至った経緯をあれこれ憶測するより、ワグネルの乱後のプーチン大統領の対応を含め、その意味の方が、重要だと考えます。
この「反乱」により、ワグネル社はウクライナ戦争業務から外されました。プーチン大統領は、ワグネル社員にロシア軍に投降(編入)するよう呼びかけました。旧ワグネル社員にすれば、給料は下がり、出世の道はほぼ望めないでしょうから、朱に交れば赤くなるという例えの通り、士気が下がり、ワグネル社時代に見せた活躍をする見込みはあまりないでしょう。
すなわち、プーチン大統領にとり、ワグネル社のような能力は、ウクライナ戦争にはもはや不要であり、正規軍だけでもできる現状維持程度でよいということです。撤退する予定もないが、これ以上ロシア側から領土拡大を目論む意志は、基本的にないということです。
ただ、ロシアは戦力を削ぐようなことをして、ウクライナ戦争で本当に困らないのか?と思われるかもしれません。困らないだろうと、著者は推測します。
今年3月、バイデン大統領が、それぞれウクライナを電撃訪問しました。この際、ポーランド入りしてから国境近くの駅から鉄道で10時間かけてウクライナの首都キーウに着きました。バイデン大統領はキーウ滞在時間5時間で鉄道に乗り、8時間かけてポーランドに戻っています。***
ここで疑問に思いませんか?なぜキーウに行くのに、「鉄道」で16時間もかけねばならないのでしょう?もっと速い飛行機で行けばいいはずです。それほどお暇な御仁とは思えません。
結局、ロシア軍がウクライナ全体の制空権を握っており、ロシアが保障している通り、この鉄道のみが、ウクライナと外界を繋ぐ安全なルートであるということなのです。そのため、最近ウクライナが主張する「反撃」とは、形勢逆転を望めるようなものではなく、局地戦レベルの反撃であり、ロシア軍が優位にたっていると理解すべきでしょう。
では、なぜプーチン大統領は勝利宣言して、ウクライナ戦争を終結しないのでしょう?
なぜウクライナ戦争勝利を宣言しない?
少し視点を変え、ウクライナ戦争の長期化で得をするのは誰でしょう?
第一に、欧米を中心とする石油会社と、ロシアを含む産油国政府です。以前石油会社がある程度利益を得たら、終結するだろうと書きましたが、産油国政府も、原油価格の高騰を歓迎し続けています。高価格を維持するため、今年4月にOPECがさらなる減産を発表しました。****
これに対し、アメリカの忠実な同盟国たち、特にEUは、ロシア以外からのエネルギー確保に狂奔し、石油価格高騰がその経済力低下の一因となっています。特にEU経済の中心地、ドイツのGDPは昨年かろうじてプラス成長していたものが、今年第一四半期にはマイナス成長となっています。*****加えて、NATOがウクライナへ手持ちの武器をどんどん供与している一方、武器製造スピードは平時のままであるため、補給が追い付かず、貯蔵レベルはかなり品薄状態と報じられています。******
すなわち、ロシアからすれば、自国の収入が増加する一方、自国を敵視する欧米勢の国力が低下しているわけです。これでは、プーチン大統領が積極的にウクライナ戦争を終結する動機は生まれません。元々ウクライナ軍は、欧米から武器を供与されなければ、戦争は継続できませんから、戦争継続は欧米次第、ということになります。
以前、アメリカはイデオロギー対決好きな正義のヒーロー役を演じたがりやすいとお話しましたが、ある意味ロシアは、このアメリカの性格を逆手にとっているのかもしれません。すなわち、「独裁者」を倒す正義のヒーロー気取りで自国とその同盟国の国力を削ぎ続けるか、正義のヒーローという偽善の仮面を自ら捨て実利を採るか?という問いを、アメリカに突きつけているのではないでしょうか。
バイデン政権には、実利を採る決断は難しいかもしれません。しかし、そうすることに躊躇のない2024年米大統領選立候補者が、1名います。ご存知、アメリカ第一主義を謳う、トランプ元大統領です。
* “F.B.I. Says Guards Killed 14 Iraqis Without Cause”, NY Times, November 14, 2007. https://www.nytimes.com/2007/11/14/world/middleeast/14blackwater.html
** “The Dark Truth about Blackwater”, Peter W. Singer, Brookings Institute, October 2, 2007. https://www.brookings.edu/articles/the-dark-truth-about-blackwater/
*** “Biden Visits Embattled Ukraine as Air-Raid Siren Sounds”, NY Times, February 20, 2023. https://www.nytimes.com/2023/02/20/us/politics/biden-ukraine-visit.html
**** “Oil Prices Jump, as OPEC Production Cut Draws U.S. Concern”, NY Times, April 3, 2023. https://www.nytimes.com/2023/04/03/business/oil-prices-opec-cut.html
***** “Gross domestic product: detailed economic performance results for the 1st quarter of 2023”, Federal Statistical Office of Germany Press Release, May 25, 2023.
https://www.destatis.de/EN/Press/2023/05/PE23_203_811.html
****** “The U.S. and Europe are running out of weapons to send to Ukraine”, September 28, 2022, CNBC website.
https://www.cnbc.com/2022/09/28/the-us-and-europe-are-running-out-of-weapons-to-send-to-ukraine.html
吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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2023年6月23日、「ワグネルの乱」が発生しました。それまでウクライナ戦争で活躍していた、ロシアの民間軍事会社、ワグネル社の一部が戦線を離脱し、モスクワに向かいましたが、ベラルーシ大統領の仲裁により一日で解散したという、何とも不可解な事件です。
一応の解説は、ワグネル社とロシア軍との間で確執があり、特にワグネル社の創立者、プリゴジン氏のロシア軍批判発言を隠さず、武器弾薬の補給が戦地のワグネル社員に対し滞ったため、社員に呼び掛け有志でモスクワに向かいました。一方、プリゴジン氏はプーチン大統領への裏切りではないことをベラルーシ大統領経由か直接訴え、後に直接面談し、了解されていることになっています。
しかし、本当のところはよく分かりません。最も不可解な点は、プリゴジン氏が裏切り者として処罰されず、反乱後プーチン大統領と直接面談していることでしょう。通常の反乱であれば、プリゴジン氏がクレムリンに出頭したタイミングで逮捕するのが、真っ当な幕引きです。裏切り者は二度と信用されませんから。それ以前に、戦時中にも拘わらず、プリゴジン氏がロシア軍批判を公に繰り返していても処罰されないのも不可解です。ワグネル社は、ロシア軍と対等に渡り合えるほどの力を持っているのでしょうか?
そもそも民間軍事会社とは?
プーチン大統領がいうように、民間軍事会社はそもそも存在を許すべきか、議会で議論されるべき、悩ましい存在です。本来近代国家は、暴力装置(軍隊)の独占を謳っており、ワグネル社のように国家組織の一部ではない民間に許すべき存在ではありません。
しかし国家組織である以上、「人命重視」のみならず「民営化」や「予算削減」の荒波にもさらされます。本来のミッションと矛盾するような要求に直面した時の抜け道的な存在として編み出されたのが、民間軍事会社です。
軍隊としてコアな業務、即ち敵兵との戦闘そのものは民間に明け渡すわけにはいかないのですが、その他周辺業務がたくさんあり、軍隊はそのための人員も抱えています。(米陸軍が世界最大の組織であることを想起あれ)例えば、戦地に赴き、周辺の安全確保が出来たら、拠点に定めたところに基地を設置します。そこに、兵舎、武器庫、食糧庫、野戦病院、道路、電気・通信ネットワーク、滑走路、(長期戦が見込まれるなら、軍事訓練場、コンビニ、バー、将校クラス用のクラブハウス、プール、ゴルフコース。。。建設施設リストは延々と続きます)等をニーズに合わせたスピード感で建設せねばなりません。そこで、全員分の食事を作らねばなりません。さらに、基地内施設を運営し、メンテナンス、警護をする必要があります。基地の外でも、物資補給路や要人を護衛する必要があります。ある程度敵地を制圧した場合、その地域の治安維持活動、ひいては軍政も、軍隊の仕事です。そうなると、臨時政府そのものですから、警察としての仕事からごみ収集業務まで業務山積です。(さすがに、ここまでくれば、現地民の雇用をしますが、採用活動をせねばなりません。)
当然こうした人員はコスト削減対象になりやすいですが、有事に募集をかけて必要な人数分の経験者がすぐに確保できるわけもありません。そこで、軍隊としては必要最低限抱え、必要に応じて「業務委託」したいですよね。そうした「業務委託」先として、民間軍事会社があります。
加えて「人命尊重」の重視の風潮により、政治家たちは、軍人から危険な業務や政治問題化しかねない業務を遠ざけたがります。米軍の場合、ベトナム戦争の教訓として、政府や国民の支持がしっかりとない戦争には関与しないという、アブラハム・ドクトリンがあります。
しかし、それでも政治家は戦争や軍事介入を決断することがあります。そうであったとしても、国民が賛同しない、その意義を認められない戦争である場合、兵士の死亡というニュースは戦地からの撤退を求める声を大きくします。例えば、クリントン政権下でソマリア内戦に米軍が介入しましたが、映画「ブラック・ホーク・ダウン」で描かれた米兵18名の死亡をきっかけに、大統領はソマリア撤退を決断せざるを得ませんでした。
さらに、イラク戦争後イラクでテロリストと「思われる」人々からテロ計画情報等を入手するために、「尋問」という名の暴力、虐待が問題になったことがあります。事実イラクのアブ・グレイブ刑務所での尋問担当の半数は米民間軍事会社員であり、2003−4年に発生した虐待事件の36%に民間軍事会社員が関与していたと言います。**
こうした行為は、軍人という国家公務員が行うと、国内外でかなり政治問題となります。特に、人権外交を展開しているような国家の場合、そうなります。しかし、民間軍事会社が実行者である場合、非難の集中砲火はそちらへ逸れ、「業務委託」元である国家への風当たりは、幾分柔らぎます。とはいえ、実際には国家とグルになってやっているわけですから、契約は継続され、会社は社名を変更し、何事もなかったかのように営業を続けます。
但し、民間に業務委託すると、国家に対するような監視の眼は行き届かなくなります。実際、イラク戦争時に活躍した、悪名高い民間軍事会社に、ブラック・ウォーター社(現コンスタリス)があります。この会社が起こした最たる事件は、2007年にバグダッドでイラク市民17名虐殺でしょう。(後にFBI調査では、17名のうち14名は正当な理由なく殺害されたと報じられています。*)こうした行為は、アメリカのイラク「統治」を難しくし、米兵の命を危険にさらすリスクを高めます。
上記を理解すれば、ワグネル社について報じられている通り、プーチン大統領はアフリカでの権益(石油、金、ダイヤモンド等)を守るため、人権問題が浮上しているスーダン、中央アフリカ共和国等の依頼を受け、正規軍ではなくワグネル社を送り出すわけも、納得されるのではないでしょうか。
ワグネルの乱はウクライナ戦争の実質終了のメッセージか?
プーチン大統領のロジックでは、ウクライナ戦争は、「特殊軍事作戦」です。この定義によって、正規軍のみならずワグネル社を投入する正当性を含めているのかもしれません。ただ本音としては、正規軍の腐敗は公然の秘密ですから、ワグネル社も投入しないと心配ということなのかもしれません。
ワグネル社の歴史は古くはありませんから、ロシア軍と比べれば、組織内の政治が働く余地は少なく、実力主義で腕次第では昇格のチャンスは高いでしょう。特に人員を確保するために、一部服役囚にも勧誘していると言います(ちなみに、この手法はイラク戦争時にアメリカ陸軍も使用しましたので、それほど独創的なものではありません)から、普通に募集しても人員が十分に集まらないことが推測され、給料を正規軍より高く設定している可能性があります。このように考えれば、ワグネル社の方が正規軍より効果的に活動していると考えられます。
そんなワグネル社が、「反乱」を起こしました。しかし、それに乗じて他の政治家や軍人が、反プーチンに動かなかったということは、まだプーチン時代は続くということであり、日欧米メディアが書き立てる程プーチン大統領の政治力は衰えていないとみるのが、安全でしょう。ですので、ここではワグネルの乱に至った経緯をあれこれ憶測するより、ワグネルの乱後のプーチン大統領の対応を含め、その意味の方が、重要だと考えます。
この「反乱」により、ワグネル社はウクライナ戦争業務から外されました。プーチン大統領は、ワグネル社員にロシア軍に投降(編入)するよう呼びかけました。旧ワグネル社員にすれば、給料は下がり、出世の道はほぼ望めないでしょうから、朱に交れば赤くなるという例えの通り、士気が下がり、ワグネル社時代に見せた活躍をする見込みはあまりないでしょう。
すなわち、プーチン大統領にとり、ワグネル社のような能力は、ウクライナ戦争にはもはや不要であり、正規軍だけでもできる現状維持程度でよいということです。撤退する予定もないが、これ以上ロシア側から領土拡大を目論む意志は、基本的にないということです。
ただ、ロシアは戦力を削ぐようなことをして、ウクライナ戦争で本当に困らないのか?と思われるかもしれません。困らないだろうと、著者は推測します。
今年3月、バイデン大統領が、それぞれウクライナを電撃訪問しました。この際、ポーランド入りしてから国境近くの駅から鉄道で10時間かけてウクライナの首都キーウに着きました。バイデン大統領はキーウ滞在時間5時間で鉄道に乗り、8時間かけてポーランドに戻っています。***
ここで疑問に思いませんか?なぜキーウに行くのに、「鉄道」で16時間もかけねばならないのでしょう?もっと速い飛行機で行けばいいはずです。それほどお暇な御仁とは思えません。
結局、ロシア軍がウクライナ全体の制空権を握っており、ロシアが保障している通り、この鉄道のみが、ウクライナと外界を繋ぐ安全なルートであるということなのです。そのため、最近ウクライナが主張する「反撃」とは、形勢逆転を望めるようなものではなく、局地戦レベルの反撃であり、ロシア軍が優位にたっていると理解すべきでしょう。
では、なぜプーチン大統領は勝利宣言して、ウクライナ戦争を終結しないのでしょう?
なぜウクライナ戦争勝利を宣言しない?
少し視点を変え、ウクライナ戦争の長期化で得をするのは誰でしょう?
第一に、欧米を中心とする石油会社と、ロシアを含む産油国政府です。以前石油会社がある程度利益を得たら、終結するだろうと書きましたが、産油国政府も、原油価格の高騰を歓迎し続けています。高価格を維持するため、今年4月にOPECがさらなる減産を発表しました。****
これに対し、アメリカの忠実な同盟国たち、特にEUは、ロシア以外からのエネルギー確保に狂奔し、石油価格高騰がその経済力低下の一因となっています。特にEU経済の中心地、ドイツのGDPは昨年かろうじてプラス成長していたものが、今年第一四半期にはマイナス成長となっています。*****加えて、NATOがウクライナへ手持ちの武器をどんどん供与している一方、武器製造スピードは平時のままであるため、補給が追い付かず、貯蔵レベルはかなり品薄状態と報じられています。******
すなわち、ロシアからすれば、自国の収入が増加する一方、自国を敵視する欧米勢の国力が低下しているわけです。これでは、プーチン大統領が積極的にウクライナ戦争を終結する動機は生まれません。元々ウクライナ軍は、欧米から武器を供与されなければ、戦争は継続できませんから、戦争継続は欧米次第、ということになります。
以前、アメリカはイデオロギー対決好きな正義のヒーロー役を演じたがりやすいとお話しましたが、ある意味ロシアは、このアメリカの性格を逆手にとっているのかもしれません。すなわち、「独裁者」を倒す正義のヒーロー気取りで自国とその同盟国の国力を削ぎ続けるか、正義のヒーローという偽善の仮面を自ら捨て実利を採るか?という問いを、アメリカに突きつけているのではないでしょうか。
バイデン政権には、実利を採る決断は難しいかもしれません。しかし、そうすることに躊躇のない2024年米大統領選立候補者が、1名います。ご存知、アメリカ第一主義を謳う、トランプ元大統領です。
* “F.B.I. Says Guards Killed 14 Iraqis Without Cause”, NY Times, November 14, 2007. https://www.nytimes.com/2007/11/14/world/middleeast/14blackwater.html
** “The Dark Truth about Blackwater”, Peter W. Singer, Brookings Institute, October 2, 2007. https://www.brookings.edu/articles/the-dark-truth-about-blackwater/
*** “Biden Visits Embattled Ukraine as Air-Raid Siren Sounds”, NY Times, February 20, 2023. https://www.nytimes.com/2023/02/20/us/politics/biden-ukraine-visit.html
**** “Oil Prices Jump, as OPEC Production Cut Draws U.S. Concern”, NY Times, April 3, 2023. https://www.nytimes.com/2023/04/03/business/oil-prices-opec-cut.html
***** “Gross domestic product: detailed economic performance results for the 1st quarter of 2023”, Federal Statistical Office of Germany Press Release, May 25, 2023.
https://www.destatis.de/EN/Press/2023/05/PE23_203_811.html
****** “The U.S. and Europe are running out of weapons to send to Ukraine”, September 28, 2022, CNBC website.
https://www.cnbc.com/2022/09/28/the-us-and-europe-are-running-out-of-weapons-to-send-to-ukraine.html
吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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