東京IPO特別コラム:「パックス・トランプ構想:トランプの望む平和な多極化世界」
トランプ流外交ディール:ウクライナと中東を一挙解決
今年始動のトランプ政権は、とにかく矢継ぎ早に外交政策を打ってきます。一方でウクライナ戦争終結のため、サウジアラビアでロシア高官と交渉中です。しかも、興味深いことにトランプ大統領が交渉初期に起用したのが、ルビオ国務長官ではなく、ウィットコフ中東担当特使です。
他方、イスラエルのガザでの虐殺を容認し、ハマスやフーシ等反イスラエル勢力の黒幕と目されるイランへの最大圧力外交を展開しています。イランから軍事支援を受け、紅海で海賊・テロ行為を展開するフーシ派へ、米軍が攻撃を激化させています。また、対イラン経済制裁も強め、イラクによるイランへの電力輸入許可も期限更新はしないと宣告し、さらにイランから原油を輸入している中国の独立系製油所に対し、制裁を加えると発表しています。
バイデン政権ではいずれの問題も解決できなかったものを、なぜ同時進行させているのでしょう?1期目で4年という任期中にできることの短さを痛感したこともあるのでしょうが、両方ともトランプ流外交ディールの一部だから、と考えると合点がいきます。
以前お話しましたが、ロシアはアメリカに、ロシアの隣国・ウクライナがNATOに加盟させないこと、即ち中立化を求めています。(内々には、ウクライナのみならず旧ソ連邦や一部の旧共産圏も求めているかもしれませんが。)いわば、1945年に立ち返り、強国ドイツとの緩衝地帯、あるいはロシアの裏庭を取り戻したいということでしょう。
一方、アメリカがロシアに対し求めているもの、それは中東、特にイランへの影響力です。トランプ大統領は、盟友イスラエルの安全保障を確立するため、イランからの間接攻撃を止め、あわよくば国交樹立させたいと考えています。1期目では、イスラエルと、サウジアラビアの露払い(衛星国)であるアラブ首長国連邦(UAE)、及びバーレーン、スーダン、モロッコとの国交樹立を実現させました。(アブラハム合意)
これを前哨戦とするなら、本丸はサウジアラビアとイランとの国交樹立でしょう。ここまですれば、イスラエルの安全を脅かす国はなくなります。ただ、一気にそこまで達成するのか不明ですが、まずはイランの核武装放棄が最低条件だと推察できます。
イランの核は本当に売り物なのか?
イランの核武装への攻撃姿勢の背景には、国際原子力機関(IAEA)が、ウランを核爆弾級に濃縮し、核爆弾製造に必要な量を確保できるのも、(そして核武装するのも)秒読みだと今年に入って報告しているからと報じられます。(但し、IAEAはアメリカ主導の国際機関なので、トランプ政権の対イラン最大圧力外交政策を正当化するための情報操作かもしれません)
ですから、米ロ間では既にウクライナ戦争終結で合意しているでしょうが、イランが核武装を放棄せず、ハマスが相変わらずイスラエル人人質を全員解放せず(イスラエルの諜報力を以てしても人質解放が出来ないのは、よほどハマスがパレスチナ人に支持されているのでしょう。これは驚嘆に値します)、強硬に頑張っています。
そのため、ウクライナ戦争終結の話は正式に発表されず、交渉の場は、ペルシャ湾をはさんだイランの隣国・サウジアラビアで行われているのでしょう。サウジアラビアとイランは、国交回復しましたし、イラン側が直接サウジアラビアに行き、内々に交渉するにしても、サウジアラビアから間接的に話を聞くにしても、好都合です。
もちろん、露骨な最大圧力政策に対し、今年1月イランのアラガチ外相は、アメリカやイスラエルによるイラン核施設への攻撃は、イランとの全面戦争を意味するとけん制しています。しかし、すぐにトーンが軟化していきます。2月アラガチ外相は、「最大圧力下では」アメリカと交渉しないという発言になり、さらに3月に送られたトランプ大統領の手紙に対し、イランの宗教(実質国家)指導者のハメイニ師は、アメリカと核問題について交渉しても、国際経済制裁解除に繋がらないので、アメリカと交渉することに意味がない、と発言しています。*
この発言は、非常に興味深いです。一見拒否しているようですが、裏を返せば、経済制裁解除という「実」があれば、核問題は交渉可能ということです。あるいは、既に水面下で交渉が進んでいて、解除される経済制裁の範囲をさらに広げるよう、あるいは全面解除をアメリカへ要求しているのかもしれません。そして、この発言の直後、中国がロシアとイラン代表団を招集し、3か国の共同宣言として、アメリカ主導の経済制裁を止めるよう求めました。**
そして、かなり交渉の目途が付いたのでしょう。ようやくアラガチ外相が、トランプ大統領の手紙がオマーン経由で届けられたこと、最大圧力政策が続くので、直接的に交渉したくはないが、間接的な交渉は続けると、公にしました。***(すなわち、既に交渉は始まっているということです)
北朝鮮が経済制裁解除や経済援助と引き換えに核開発、核武装を結局放棄しなかったことと比べれば、イランが核武装放棄の可能性を認めていることは、注目に値します。それほど経済制裁による経済不振が響き、民衆の声を聴かねばならないほど逼迫しているのでしょう。事実、今年3月経済大臣がインフレやイラン通貨下落の責任を取らされる形で、弾劾され解任されてしまいました。****
アメリカ版「栄光ある孤立」?
一見、トランプ流ディールは実を結びつつあるように見えますが、全くリスクがないわけではありません。まずフーシ派に関する理解です。よくこの武装集団はイランの手下のように説明され、トランプ大統領も、フーシ派から米軍への攻撃は、イランからの攻撃とみなすと発言しています。しかし、テヘラン大学のアーマディアン教授によると、過去イランから軍事支援を受けていたが、今はイランからの援助を必要とせず、自身の裁量で活動しているため、イランが本当にアメリカやイスラエルへの攻撃をやめるよう依頼しても、いうことを聞かないのではないか、と指摘しています。*****よって、この理解の相違により、誰も望まない全面戦争に突入するリスクがあります。
それ以上に不気味な沈黙をしているのが、西欧諸国です。このトランプ流ディールには、全く西欧諸国が関与していません。これまで、イラン核問題について国際的に議論する際には、P5+1と称し、ヨーロッパからイギリス、フランス、ドイツが関与していました。また、ウクライナ戦争に関しては、ヨーロッパ諸国もウクライナを支持し、トランプ大統領に振られたゼレンスキー大統領を英仏中心でかばう姿勢を示しています。
色々関与をしてきたのに、突然トランプ流ディールで除け者にされた国々は、当然面白いはずがありません。しかし、こうした国際介入に従事してきたフランスやドイツの支配層は、それどころではないかもしれません。現在ヨーロッパ大陸に極右勢力が勢いを得て、彼らを政権から引きずり降ろそうとしています。これに、トランプ大統領の盟友、イーロン・マスク氏が、ドイツの極右政党AfDの集会で演説する(ナチス式敬礼をした、しないで物議をかもしました)形で、トランプ政権は極右勢力を応援しています。その甲斐あってか、AfDは今年2月の総選挙で第2党に躍進しました。
そうした中、イギリスだけが、あまり極右の波に?まれていません。(全く影響がないとは言いませんが)大陸と違い島国なので、欧州離脱(ブレグジット)や不法入国者の水際対策が有効であり、またアメリカのように実質二大政党制なので、大陸のように政権交代が起きにくいのでしょう。
イギリスのエリート層としては、アメリカがイギリスを除け者にするのなら、連合を組む相手は他のヨーロッパ諸国しかありません。しかし、大陸には仇敵・親ナチスが勢力を伸ばしているわけですから、中東に手を出す前に、足元をしっかりさせなければなりません。そのためには、ロシアとの協調も視野に入れざるを得ず、そのためにはトランプ流ディールに同意し、ロシアの裏庭への政治・経済・軍事介入を控えねばなりません。その上で、英露の共通の敵、ドイツの親ナチス勢力に対抗するという構図に持っていこうとするでしょう。何せトランプ政権が親ナチス勢力を煽っているのですから、アメリカはあまり頼りになりません。
すなわち、英露対独という勢力争いが生まれ、どの国も互いの国に注力せざるを得ず、自ずとパワーバランスが出来、それを崩れそうな場面が生まれれば、アメリカが多少介入し、バランスを取り戻すようにするでしょう。これこそが、まさに近代イギリスが大陸に対し行っていた、「栄光ある孤立」の現代版です。
元々米欧諸国が他地域に介入しなければ、積極的に外国に戦争を仕掛け、世界を危険に陥れる国は、ほぼありません。アジアでいえば、日中印はいずれも好戦的ではなく、周囲に競合する地域大国がいるので、互いに互いをけん制させておけば、自ずとパワーバランスは生まれます。(中国けん制に日印の不足分は、アメリカが補う気でいるでしょうが)
中東では、トランプ政権がイランの牙を抜いてしまうので、残るサウジアラビアも好戦的ではありません。中南米は、アメリカの「裏庭」なので、大きな戦争に発展することは無いでしょう。唯一アフリカが考慮されていませんが、当分アフリカの外に飛び火して大戦争が生まれる危険性は、考えにくいです。
その上で、西半球以外の世界を安全保障のジレンマに浸からせれば、文句はないでしょう。安全保障のジレンマを始めるには、トランプ大統領が同盟国に防衛費を上げろと、文句を言えばいいのです。日韓やNATO諸国が防衛費を上げれば、非同盟国のロシア、中国や周辺のアジア中進国は、この防衛費上昇に対抗してさらに軍備を増強せざるを得ません。それを見た同盟国がさらに防衛費を上げます。こうして、防衛費を上げているのに、誰も安心感を持てず、さらに防衛費を上げ合う状態を、安全保障のジレンマと呼ぶのですが、各国のこうした努力により、地域のパワーバランスは保たれます。(但し、ひとたび戦争となれば、各国が多くの武器弾薬を抱えているので、より危険になるのですが。)
そして、こうした状態こそが、トランプ大統領の望む、多極化世界なのでしょう。そうしている間に、トランプ政権は国内問題解決にまい進し、国力を上げたいと考えているのではないでしょうか。
但し、ワイルドカードがあるとすれば、それはイスラエルです。トランプ大統領の在任中はイスラエルを押さえられるでしょうが、退任後もネタニヤフ首相や似たような超好戦的政権が生まれるようなら、厄介です。
* “Iran’s Khamenei says nuclear talks with US won’t lift sanctions”, Al Jazeera, March 12, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/12/irans-khamenei-says-nuclear-talks-with-us-wont-lift-sanctions
** “Russia, China call on US to drop Iran sanctions, restart nuclear talks”, Al Jazeera, March 14, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/14/iran-russia-china-call-on-us-to-lift-sanctions-and-restart-nuclear-talks
*** “Iran responds to Trump letter on nuclear talks, state media reports”, Al Jazeera, March 27, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/27/iran-responds-to-trump-letter-on-restarting-nuclear-talks-state-media
**** “Iran’s economy minister impeached as inflation rises, currency falls”, Al Jazeera, March 2, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/2/irans-economy-minister-impeached-amid-rising-inflation-falling-currency
吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務
所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ライシャワーセンター
にて上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安
全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!〜世界史でゲームのルールを探る〜」
定期購読はこちらからご登録ください。https://www.mag2.com/m/0001693665
今年始動のトランプ政権は、とにかく矢継ぎ早に外交政策を打ってきます。一方でウクライナ戦争終結のため、サウジアラビアでロシア高官と交渉中です。しかも、興味深いことにトランプ大統領が交渉初期に起用したのが、ルビオ国務長官ではなく、ウィットコフ中東担当特使です。
他方、イスラエルのガザでの虐殺を容認し、ハマスやフーシ等反イスラエル勢力の黒幕と目されるイランへの最大圧力外交を展開しています。イランから軍事支援を受け、紅海で海賊・テロ行為を展開するフーシ派へ、米軍が攻撃を激化させています。また、対イラン経済制裁も強め、イラクによるイランへの電力輸入許可も期限更新はしないと宣告し、さらにイランから原油を輸入している中国の独立系製油所に対し、制裁を加えると発表しています。
バイデン政権ではいずれの問題も解決できなかったものを、なぜ同時進行させているのでしょう?1期目で4年という任期中にできることの短さを痛感したこともあるのでしょうが、両方ともトランプ流外交ディールの一部だから、と考えると合点がいきます。
以前お話しましたが、ロシアはアメリカに、ロシアの隣国・ウクライナがNATOに加盟させないこと、即ち中立化を求めています。(内々には、ウクライナのみならず旧ソ連邦や一部の旧共産圏も求めているかもしれませんが。)いわば、1945年に立ち返り、強国ドイツとの緩衝地帯、あるいはロシアの裏庭を取り戻したいということでしょう。
一方、アメリカがロシアに対し求めているもの、それは中東、特にイランへの影響力です。トランプ大統領は、盟友イスラエルの安全保障を確立するため、イランからの間接攻撃を止め、あわよくば国交樹立させたいと考えています。1期目では、イスラエルと、サウジアラビアの露払い(衛星国)であるアラブ首長国連邦(UAE)、及びバーレーン、スーダン、モロッコとの国交樹立を実現させました。(アブラハム合意)
これを前哨戦とするなら、本丸はサウジアラビアとイランとの国交樹立でしょう。ここまですれば、イスラエルの安全を脅かす国はなくなります。ただ、一気にそこまで達成するのか不明ですが、まずはイランの核武装放棄が最低条件だと推察できます。
イランの核は本当に売り物なのか?
イランの核武装への攻撃姿勢の背景には、国際原子力機関(IAEA)が、ウランを核爆弾級に濃縮し、核爆弾製造に必要な量を確保できるのも、(そして核武装するのも)秒読みだと今年に入って報告しているからと報じられます。(但し、IAEAはアメリカ主導の国際機関なので、トランプ政権の対イラン最大圧力外交政策を正当化するための情報操作かもしれません)
ですから、米ロ間では既にウクライナ戦争終結で合意しているでしょうが、イランが核武装を放棄せず、ハマスが相変わらずイスラエル人人質を全員解放せず(イスラエルの諜報力を以てしても人質解放が出来ないのは、よほどハマスがパレスチナ人に支持されているのでしょう。これは驚嘆に値します)、強硬に頑張っています。
そのため、ウクライナ戦争終結の話は正式に発表されず、交渉の場は、ペルシャ湾をはさんだイランの隣国・サウジアラビアで行われているのでしょう。サウジアラビアとイランは、国交回復しましたし、イラン側が直接サウジアラビアに行き、内々に交渉するにしても、サウジアラビアから間接的に話を聞くにしても、好都合です。
もちろん、露骨な最大圧力政策に対し、今年1月イランのアラガチ外相は、アメリカやイスラエルによるイラン核施設への攻撃は、イランとの全面戦争を意味するとけん制しています。しかし、すぐにトーンが軟化していきます。2月アラガチ外相は、「最大圧力下では」アメリカと交渉しないという発言になり、さらに3月に送られたトランプ大統領の手紙に対し、イランの宗教(実質国家)指導者のハメイニ師は、アメリカと核問題について交渉しても、国際経済制裁解除に繋がらないので、アメリカと交渉することに意味がない、と発言しています。*
この発言は、非常に興味深いです。一見拒否しているようですが、裏を返せば、経済制裁解除という「実」があれば、核問題は交渉可能ということです。あるいは、既に水面下で交渉が進んでいて、解除される経済制裁の範囲をさらに広げるよう、あるいは全面解除をアメリカへ要求しているのかもしれません。そして、この発言の直後、中国がロシアとイラン代表団を招集し、3か国の共同宣言として、アメリカ主導の経済制裁を止めるよう求めました。**
そして、かなり交渉の目途が付いたのでしょう。ようやくアラガチ外相が、トランプ大統領の手紙がオマーン経由で届けられたこと、最大圧力政策が続くので、直接的に交渉したくはないが、間接的な交渉は続けると、公にしました。***(すなわち、既に交渉は始まっているということです)
北朝鮮が経済制裁解除や経済援助と引き換えに核開発、核武装を結局放棄しなかったことと比べれば、イランが核武装放棄の可能性を認めていることは、注目に値します。それほど経済制裁による経済不振が響き、民衆の声を聴かねばならないほど逼迫しているのでしょう。事実、今年3月経済大臣がインフレやイラン通貨下落の責任を取らされる形で、弾劾され解任されてしまいました。****
アメリカ版「栄光ある孤立」?
一見、トランプ流ディールは実を結びつつあるように見えますが、全くリスクがないわけではありません。まずフーシ派に関する理解です。よくこの武装集団はイランの手下のように説明され、トランプ大統領も、フーシ派から米軍への攻撃は、イランからの攻撃とみなすと発言しています。しかし、テヘラン大学のアーマディアン教授によると、過去イランから軍事支援を受けていたが、今はイランからの援助を必要とせず、自身の裁量で活動しているため、イランが本当にアメリカやイスラエルへの攻撃をやめるよう依頼しても、いうことを聞かないのではないか、と指摘しています。*****よって、この理解の相違により、誰も望まない全面戦争に突入するリスクがあります。
それ以上に不気味な沈黙をしているのが、西欧諸国です。このトランプ流ディールには、全く西欧諸国が関与していません。これまで、イラン核問題について国際的に議論する際には、P5+1と称し、ヨーロッパからイギリス、フランス、ドイツが関与していました。また、ウクライナ戦争に関しては、ヨーロッパ諸国もウクライナを支持し、トランプ大統領に振られたゼレンスキー大統領を英仏中心でかばう姿勢を示しています。
色々関与をしてきたのに、突然トランプ流ディールで除け者にされた国々は、当然面白いはずがありません。しかし、こうした国際介入に従事してきたフランスやドイツの支配層は、それどころではないかもしれません。現在ヨーロッパ大陸に極右勢力が勢いを得て、彼らを政権から引きずり降ろそうとしています。これに、トランプ大統領の盟友、イーロン・マスク氏が、ドイツの極右政党AfDの集会で演説する(ナチス式敬礼をした、しないで物議をかもしました)形で、トランプ政権は極右勢力を応援しています。その甲斐あってか、AfDは今年2月の総選挙で第2党に躍進しました。
そうした中、イギリスだけが、あまり極右の波に?まれていません。(全く影響がないとは言いませんが)大陸と違い島国なので、欧州離脱(ブレグジット)や不法入国者の水際対策が有効であり、またアメリカのように実質二大政党制なので、大陸のように政権交代が起きにくいのでしょう。
イギリスのエリート層としては、アメリカがイギリスを除け者にするのなら、連合を組む相手は他のヨーロッパ諸国しかありません。しかし、大陸には仇敵・親ナチスが勢力を伸ばしているわけですから、中東に手を出す前に、足元をしっかりさせなければなりません。そのためには、ロシアとの協調も視野に入れざるを得ず、そのためにはトランプ流ディールに同意し、ロシアの裏庭への政治・経済・軍事介入を控えねばなりません。その上で、英露の共通の敵、ドイツの親ナチス勢力に対抗するという構図に持っていこうとするでしょう。何せトランプ政権が親ナチス勢力を煽っているのですから、アメリカはあまり頼りになりません。
すなわち、英露対独という勢力争いが生まれ、どの国も互いの国に注力せざるを得ず、自ずとパワーバランスが出来、それを崩れそうな場面が生まれれば、アメリカが多少介入し、バランスを取り戻すようにするでしょう。これこそが、まさに近代イギリスが大陸に対し行っていた、「栄光ある孤立」の現代版です。
元々米欧諸国が他地域に介入しなければ、積極的に外国に戦争を仕掛け、世界を危険に陥れる国は、ほぼありません。アジアでいえば、日中印はいずれも好戦的ではなく、周囲に競合する地域大国がいるので、互いに互いをけん制させておけば、自ずとパワーバランスは生まれます。(中国けん制に日印の不足分は、アメリカが補う気でいるでしょうが)
中東では、トランプ政権がイランの牙を抜いてしまうので、残るサウジアラビアも好戦的ではありません。中南米は、アメリカの「裏庭」なので、大きな戦争に発展することは無いでしょう。唯一アフリカが考慮されていませんが、当分アフリカの外に飛び火して大戦争が生まれる危険性は、考えにくいです。
その上で、西半球以外の世界を安全保障のジレンマに浸からせれば、文句はないでしょう。安全保障のジレンマを始めるには、トランプ大統領が同盟国に防衛費を上げろと、文句を言えばいいのです。日韓やNATO諸国が防衛費を上げれば、非同盟国のロシア、中国や周辺のアジア中進国は、この防衛費上昇に対抗してさらに軍備を増強せざるを得ません。それを見た同盟国がさらに防衛費を上げます。こうして、防衛費を上げているのに、誰も安心感を持てず、さらに防衛費を上げ合う状態を、安全保障のジレンマと呼ぶのですが、各国のこうした努力により、地域のパワーバランスは保たれます。(但し、ひとたび戦争となれば、各国が多くの武器弾薬を抱えているので、より危険になるのですが。)
そして、こうした状態こそが、トランプ大統領の望む、多極化世界なのでしょう。そうしている間に、トランプ政権は国内問題解決にまい進し、国力を上げたいと考えているのではないでしょうか。
但し、ワイルドカードがあるとすれば、それはイスラエルです。トランプ大統領の在任中はイスラエルを押さえられるでしょうが、退任後もネタニヤフ首相や似たような超好戦的政権が生まれるようなら、厄介です。
* “Iran’s Khamenei says nuclear talks with US won’t lift sanctions”, Al Jazeera, March 12, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/12/irans-khamenei-says-nuclear-talks-with-us-wont-lift-sanctions
** “Russia, China call on US to drop Iran sanctions, restart nuclear talks”, Al Jazeera, March 14, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/14/iran-russia-china-call-on-us-to-lift-sanctions-and-restart-nuclear-talks
*** “Iran responds to Trump letter on nuclear talks, state media reports”, Al Jazeera, March 27, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/27/iran-responds-to-trump-letter-on-restarting-nuclear-talks-state-media
**** “Iran’s economy minister impeached as inflation rises, currency falls”, Al Jazeera, March 2, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/3/2/irans-economy-minister-impeached-amid-rising-inflation-falling-currency
吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務
所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ライシャワーセンター
にて上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安
全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!〜世界史でゲームのルールを探る〜」
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