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東京IPO特別コラム:「トランプ大統領のマジックショー劇場:関税宣言の後ろに隠したい米・イラン核交渉」

関税宣言はShoot & Ask
今年4月の関税宣言に対する日本の反応は、非常に情けないです。元々大統領選挙運動時代から関税引き上げは、トランプ大統領の宣言するところであり、抜き打ちではありません。数字の高さとその計算方式が謎すぎるだけで、露骨に動揺していては、ますます相手に見透かされます。

トランプ大統領の交渉手法は、典型的なアメリカの交渉手法であるShoot & Askでしょう。すなわち、西部劇よろしく、荒野の中で近くに潜んでいると思われる敵か味方か分からない相手に聞こえるように、銃を空に向かって放ち、相手を怖がらせてから、聞きたいことや要求を言うのです。

これだけ日本の産業界やメディアが大騒ぎしたので、よほどのことがなければ、交渉はアメリカ有利に終始進められるものと思われます。最初に放つ日本側の質問は、実際の落としどころはどこか?ということでしょうから、きっとアメリカ側は一定期間言いません。日本がどんな交渉材料、譲歩案を出してくるかを見極めているからです。日本側は最初に小出しに出すような譲歩案は、検討に値しません。放置されるほどに、日本側はおののき、さらなる譲歩案を出すので、これ以上出せそうにないところで、トランプ大統領のつぶやき恫喝が1,2回あり、苦しい譲歩を強いられた上で、手打ちするものと思われます。完全に、トランプ大統領の手のひらの上で踊らされています。

また、日本側の動揺ぶりを見ると、いかに日本にリスク管理が根付いてないかが、よく分かります。(ちなみに、著者も共著した「危機管理の基礎と実践 リスク管理は最高のキャリア術」が出版されました。まずはこちらのご一読をおススメします)

多くの国がアメリカに関税率について話し合いたいと殺到しているのも事実ですが、EUのようにトランプ政権に近いイーロン・マスク氏がCEOを務めるテスラ車への不買運動を展開し、報復関税を実施する、また中国のようにそもそも交渉しない、などの姿勢も重々検討した上で、交渉に臨んでほしいものです。(ちなみに、前職ではこのような姿勢を「他人の土俵で戦わない」と言いました。)

トランプ・マジックショー劇場
さて、今回お話したいのは、日本の対応のお粗末ぶりではなく、なぜこのタイミングでトランプ大統領は関税宣言をしたのか、です。

トランプ大統領は、良くも悪くも現状打破の大統領です。国内の不文律はもとより、国際秩序を形成する様々なルール、不文律を作り変えようとしています。当然外国との交渉、Shoot & Askをたくさんせねばならない状態になります。ただ、トランプ大統領のShoot音は大変大きいので、世界中のメディアが相手国に押し掛け、取材してしまうと、相手国の態度は硬化せざるを得ません。そうなってしまうと、トランプ大統領の思惑通りにはいきにくくなってしまいます。

そこで、一度にすべての交渉相手に向けてShoot & Askするのではなく、小出しにしていくのです。例えば、今年1月の就任前から発言している、パナマ運河のアメリカ再所有化については、その後2月にバンス副大統領がミュンヘン安全保障会議でEU批判をし、さらに3月ウクライナのゼレンスキー大統領と公開口論をし、世界の注目はパナマから逸れました。その間、パナマとの交渉(圧力)は継続し、運河運営を委託していた中国系企業との契約は打ち切られ、アメリカ籍の船舶の通行料は無料となりました。自身の思い通りに事が運べば、パナマ運河の「所有」自体は問題ではないのでしょう。

すなわち、1発目のShoot & Askからしばらく間を置き、2発目のShoot & Askを放つのです。そうすることで、2発目のShoot & Askがいわば煙幕の役割を果たし、世界の注目を2発目に逸らします。そして、世界が忘れた頃の3月に、1発目のShoot & Askの成果が公表されるのです。同様に、しばらく忘れられていたゼレンスキー大統領との鉱物資源共同開発協定締結が、5月に発表されました。

このように考えると、3月ウクライナ戦争終結に向け、またイラン核問題についてイランと間接協議に合意した直後の4月に関税宣言があったこととなり、4発目のShoot & Askが放たれ、関税宣言を煙幕とし、米イラン交渉が人目を避けて交渉されていました。

煙幕の裏側の米イラン交渉
今年3月末、イランはアメリカとの「間接」交渉に合意しました。その実態は、オマーンが仲介となり、アメリカ側とイラン側が同じ建物の違う場所に陣取り、その間をオマーン外交官が往復し伝言していたといいます。静かに交渉できる環境が生まれたせいか、4月中に第3ラウンドまで終了しています。

しかし、不幸にして、そんな煙幕に騙されない国が当事国以外にいます。もちろんイスラエルです。イランがアメリカと交渉する用意があると発言した直後の4月当初、ネタニヤフ首相が訪米し、米軍中心でイスラエル軍と共に、5月にイランの核施設を壊滅させようと提案したと言います。いくらイランに対しタカ派の高官がいると言っても、さすがにトランプ政権はまず交渉を優先させることに決めました。それでも粘ったネタニヤフ首相に、もし交渉が不発に終われば、アメリカが主導してイランを不幸な状態に陥れようという言質を、トランプ大統領は与えました。*(よほど交渉が上手くいくことに自信を持っていたのでしょうか。。。)

そして確かに、まずオマーンの首都マスカットで第1ラウンド、ローマで第2ラウンドが行われました。(ローマを選んだのは、元々イラン核問題は、米ロ中英仏独EUとの間の協議でしたので、交渉相手をヨーロッパにまで拡大しようという意図があると、見て取れます。)ここまでスムーズに話は進んでいました。

とはいえ、イスラエルのガザへの攻撃や米軍のフーシ派への攻撃は、継続しています。特に、米軍は中東へ兵力増強しています。パトリオットミサイル2基と終末高高度防衛ミサイル(通称THAAD)システムを中東に、さらにインド洋のディエゴ・ガルシア諸島にB-2爆撃機6機(イラン核施設を壊滅させるのに充分であろう、合計約15tの爆弾を搭載可能)を配備したと報じられています。*(まさに、圧力MAXの中での交渉です。。。)

しかし、4月15日に事態は急変します。元々この交渉は、トランプ大統領とウィットコフ特使が二人で行っていました。検討案は、ほぼオバマが締結した合意内容(通称JCPOA)と一緒でした。それも当然で、オバマ政権もイランとこの合意に至るまでに様々イランに経済制裁等圧力をかけた末に出来上がった内容なので、トランプが新規に交渉すると言っても、ここから大きく逸脱することはないというのが、専門家の見立てでした。

ただ、イスラエルにとり、JCPOAに対する懸念点は、イランに低濃度のウラン濃縮を認めるということでした。イランにも核の平和利用をする権利はあるからですが、これを認めると、イランに核施設は存続し、イランの胸先三寸でいつ爆弾級の高濃度化が行われ、核兵器所有に至ってもおかしくないと、イスラエルは疑います。

そうしたイスラエルの懸念を重視していては、イランとの交渉はまとまりません。故に、ウィットコフ特使と二人で進めていたわけですが、やはり漏れるものは漏れ、4月15日に、ウィットコフ特使は、やはりすべてのウラン濃縮をイランは断念しなければならないと、公に発言せざるを得ませんでした。**

その後迎えた第三ラウンドは、当然不発に終わり、4月25日イランはロシアと40億ドル級の石油共同開発協定(イランの7油田をロシア企業と共同開発)を結ぶ***形で、ますますイランはロシアに傾倒しました。さらに同月28日には、イラン外相はイスラエルが交渉妨害をしているとして非難し****、とうとう第4ラウンドは延期(再開時期は未定)となってしまいました。*****

ウォルツ大統領補佐官更迭の真相
さて、ここで興味深いのは、ウォルツ大統領(安全保障担当)が「更迭」され、国連大使へ指名されたことです。当初米国記者へのフーシ派攻撃情報の事前漏洩が原因かと言われていましたが、そうでもなさそうです。

イスラエルのメディアによれば、ウォルツ氏はあまりに「タカ派」なので、「ハト派」トランプが求める関連官庁内調整ができず、更迭されたと言います。******その後、米ワシントンポスト紙による、ウォルツ補佐官とイスラエルとの「緊密」な接触が報じされるや、イスラエル首相官邸が即座にその事実を否定するという一幕もありました。*******

すなわち、トランプ大統領とウィットコフ特使とで秘密裡に進めていたイラン交渉案を、ウォルツ氏がイスラエル側にリークし、実質交渉決裂させたということになります。そこで、トランプ大統領への「裏切り行為」により、ウォルツ氏は更迭されたというわけです。但し、イスラエル側への配慮により、トランプ政権から完全追放はできずに、国連大使として留まり続けるということです。

この仮説を確信させるのが、ウィットコフ特使の留任です。本当にトランプ大統領がイスラエル寄りであれば、イランに有利な形での交渉を進めた責任を取らせる形でウィットコフ特使は解任され、それを注進したウォルツ氏は褒められるところです。しかし、その逆であるということは、トランプ大統領は、イスラエルの意向に反してでもイランと交渉成立させたいという意思を持っていることになります。であれば、引き続き交渉を再開する動きは、多少間をおいても生まれるでしょう。

さて、トランプ大統領がイランへ送ったとされる、交渉開始を求める書簡には、交渉期限は2か月、すなわち5月中であったと言います。対日関税交渉は3か月を目途に結果を出したいと言っていますから、本来であれば5月中にイランとの交渉が成功し、返す刀でウクライナ戦争も停戦し、バイデン政権が出来なかったことを成し遂げたわけで、トランプ大統領の威厳?偉大さ?が誇示され、ますます日本としては関税交渉がしにくい状況になったのかもしれません。

アメリカが日本に対し求めているものを見極めるのも大事ですが、アメリカの足元を見ることも重要です。

* “Trump Waved Off Israeli Strike After Divisions Emerged in His Administration”, New York Times, April 16, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/04/16/us/politics/trump-israel-iran-nuclear.html
** “Iran ‘must stop and eliminate’ nuclear enrichment, says US envoy Witkoff”, Al Jazeera, April 15, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/4/15/iran-must-stop-and-eliminate-nuclear-enrichment-says-us-envoy-witkoff
*** “Iran to sign $4bn oilfields deal with Russia in bid to bolster ties”, Al Jazeera, April 25, 2025.
https://www.aljazeera.com/economy/2025/4/25/iran-to-sign-4bn-oil-deal-with
**** “Iran accuses Israel of seeking to disrupt nuclear talks with US, Al Jazeera, April 28, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/4/28/iran-accuses-israel-of-seeking-to-disrupt-nuclear-talks-with-us
***** “Fourth round of US-Iran nuclear talks postponed amid continued tensions”, May 1, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/5/1/fourth-round-of-us-iran-nuclear-talks-postponed-amid-continued-tensions
****** “Trump removes Mike Waltz as national security adviser, makes him new UN ambassador”, The Times of Israel, May 1, 2025.
https://www.timesofisrael.com/white-house-national-security-adviser-mike-waltz-said-forced-out-witkoff-may-replace-him/
******* “PM’s office denies report Netanyahu had ‘intensive contact’ with Waltz over Iran”, May 3, 2025.
https://www.timesofisrael.com/liveblog_entry/pms-office-denies-report-netanyahu-had-intensive-contact-with-waltz-over-iran/




吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務
所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ライシャワーセンター
にて上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安
全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!〜世界史でゲームのルールを探る〜」

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