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東京IPO特別コラム:「「空飛ぶ宮殿」プレゼントの意味するもの」

トランプ大統領の中東歴訪と同タイミングで、ロシアとウクライナ間の停戦交渉が行われました。もし、アメリカとイランの間での核交渉も上手くいけば、ダブル和平になったところです。この「ビッグ・ディール」はまだ叶わず、単なるビジネス交渉の旅になったと専らの報道です。中でも、「空飛ぶ宮殿」ともいわれる豪華飛行機の贈呈は、中東のホスト国のトランプ大統領への歓迎ぶりを象徴しているのでしょう。

しかし、見返りなくして、プレゼントなし。ましてや、約580億円もする、カタール王室仕様のジャンボ機(ボーイング747型)です。*アメリカやトランプ大統領が好きだから、という理由ではありません。それ相応の仕事をしてくれたからか、これからしてもらうためのプレゼントと理解すべきでしょう。

では、いったい何を中東のホスト国は求めたのでしょうか?

イラン核問題の平和的解決への模索は続く
一言でいえば、イランと戦争してくれるな、ということです。今回の中東歴訪で、巨大な投資商談がまとめるニュースの裏では、トランプ大統領は、カタールがイランとの戦争を望まず、交渉でイラン核問題を解決するよう強く求めた、イランはカタールに大いに感謝すべき、さらに米イラン核問題交渉は、終結に向かっていると発言しています。**産油国の傍で戦争されたら、世界中オイルパニックになりますし、彼らのビジネスも立ち行かなくなります。何事も穏便に、と丁重なおもてなしをしたのでしょう。

その甲斐あってか、仲介国オマーンは5月23日にローマで米イランが再交渉すると発表しました。***但し、両者の要求の溝がまだ完全に埋まったわけではないようですが、アメリカがどこまで譲歩するかが、焦点となります。

以前お話しました通り、トランプ政権もウラン濃縮度を低程度にすればよいと考え、イランもオバマ時代からそれならよいと応じていたのですから、そこが落としどころなのです。それを、イスラエルの横槍で、トランプ政権が軌道修正を余儀なくされたのです。そこで、イスラエルとの内通者を実質更迭した上で、イランとの戦争を望まないアラブ3か国から、丁重なおもてなしを受けたのです。先月までイランとの交渉が不成立に終わったら、アメリカ主導でイランと戦争すると言っていた、トランプ大統領が振り上げた拳を何とか静かに下すための「政治ショー」を、トランプ大統領とアラブ三か国が演じたわけで、「空飛ぶ宮殿」は、その目玉商品なのでしょう。

加えて、今回の歴訪中、ハマスは人質に取っていた最後のアメリカ人(正確にはアメリカとの二重国籍を持つイスラエル兵)1名を解放しました。イラン側からの軟化した態度の表れとみるべきでしょう。イスラエルはガザ攻撃を全く止めていませんし、パレスチナ人を誰も解放していませんし、イスラエル政府による関与がないと報じられていますから、純粋にアメリカとハマス(、イラン)との交渉の結果なのです。****

イスラエルとの関係にすきま風?
ここで気になるのが、イランを敵視しているイスラエルです。日本の報道も、イスラエルを訪問せず、素通りを指摘していました。しかし、歴訪の目的が上記であれば、イスラエル側からお断りするでしょう。

とはいえ、どうしてトランプ大統領は露骨にイスラエルと距離を置くようになったのでしょう?

一つには、イスラエルには、アラブ産油国がアメリカに与えられる、巨大な投資資金はありません。むしろ、アメリカから資金を受け取る側ですから。今トランプ大統領が望むアメリカ再建には、多くの国からの投資・雇用創出が必要です。

二つ目として、トランプはノーベル平和賞を狙っているという指摘があります。確かに、ウクライナ戦争を終結させ、イラン核問題を平和裏に解決し、イラン戦争を回避できれば、ノーベル平和賞ものです。しかるに、イスラエルはこの野望を砕く方向に注力しています。

三つ目かつ最大のポイントは、アメリカでのイスラエル・ロビーの影響力低下です。ここ十数年のイスラエル右派、極右政権による、過度な人種差別/隔離、パレスチナ人虐殺を目の当たりにして、ユダヤ系アメリカ人が憂慮し始めています。こんなことを許容したら、世界に反ユダヤ主義を煽るだけであり、それはそのままイスラエル国外にいるユダヤ人への危害へと発展しかねませんし、起きつつあると言います。

こうした風潮を受け、AIPAC(アメリカ政界へのユダヤ系ロビー団体)、ニューヨークタイムス紙、英エコノミスト誌等、一部の大手国際メディアが、イスラエル支持に距離を置き始めているといいます。このようなイスラエルは、彼らが自負しているリベラリズムの正反対だからです。実際、ユダヤ系アメリカ人の多くは、イスラエルではトランプ大統領の人気が高いということに愕然としています。*****

さて、この現象はとても興味深いです。なぜここにきて、イスラエル本国とユダヤ系アメリカ人(ディアスポラ)との間に、すきま風が吹いているのでしょうか?少し掘り下げてみていきたいと思います。

ユダヤの純度が上がれば、レジリエンスが消える不思議
ユダヤ人が3人寄れば、4つ政党ができると言われる位、多様な考えを持つことで知られますが、その反面恐ろしく頑固なところがあります。それが、「ユダヤ教」です。約2000年間少数民族として肩の狭い思いをしてきた人々にとり、神に選ばれたという「選民」思想が、心の拠り所であったことは、想像に難くありません。

しかし、近代西欧において、基本的人権や宗教の自由といった思想が生まれ、絶対王政から法治国家へ変貌していくにつれ、ユダヤ人にも一般市民としての門戸が開かれるようになります。その波に乗って、西欧の学校(ユダヤ教のシナゴーグではない)にユダヤ人も入学が許されるようになり、ゲットーに居住しなければならない等の制約が撤廃されていきます。この恩恵を十二分に享受し得た人々は、共に近代化、国際化するチャンスに恵まれました。

すなわち、当時生まれ始めた法務や会計等の専門分野での高級官僚や、裕福な商人(国際ビジネスパーソンと言いましょうか)から形成されていく中流階級や大学教授や教師といったインテリ層への道が、開けていきました。こうした過程の中で、その道を選ぶ人々は、ユダヤ的思考を持ち合わせつつも、「ユダヤ教」の持つ閉鎖性、頑迷性を捨て、よりオープンなコスモポリタンに変貌していきました。その反面、西欧ユダヤ人社会全般で、シナゴーグやラビ(ユダヤ教司祭)の影響力は低下していきました。

当然、西欧でこのような自由化が起これば、次第に中欧、東欧へも波及していきます。その中で、中欧、東欧のユダヤ人が、同様のチャンスを求めて立ち上がった運動が、シオニズムです。西欧よりも近代化が遅れていた同地域では、同等の自由化は難しく、「神が約束したシオンの地(イスラエル)」へ行くべきだという思想になります。

そこで少しずつ入植がはじまるのですが、特にどこかの政府の支援があるわけでもなく、中欧、東欧よりも後進地域のパレスチナに移住するのですから、移住者自身にとっても、大いなる決断だったわけですし、大量移民ではなかったので、それほど周囲のアラブ人との摩擦はなかったようです。(どの道、パレスチナはイギリス領ですから、現地ではアラブ人もユダヤ人もどちらも「二等市民」の扱いです)

しかし、ナチスによるユダヤ人迫害、第二次世界大戦が終了し、イスラエルが建国されると、周辺のアラブ諸国在住のユダヤ人が大量移民してきます。ヨーロッパ出身のシオニストには、全く忘れられた存在で、同じユダヤ人ながら、ヨーロッパで得た知識や技術の高さから、ヨーロッパ出身者がイスラエル国内で高い地位を得ます。ここに、それまでずっと中東地域に居住しており、アラブ人との協調関係の歴史を持っている人々の声が、イスラエル歴代政権の中で大きくならない理由があります。

結果、ヨーロッパ出身の「建国の父」たちの手によって、多くのパレスチナ人は殺害、追放されたにも関わらず、「建国時、アラブ人は自主的にイスラエルの地を去っていった」とイスラエルの歴史教科書は書かれるようになりました。

一方、欧米・キリスト教圏中心の国際社会では、神がイスラエルの地をユダヤ人に約束したというロジックは通ります。また、ナチスによるユダヤ人虐殺・虐待を見て見ぬふりをしていた良心の呵責を逆手に取り、欧米のディアスポラが手厚い支援や欧米国内でのイスラエル・ロビーを活発に展開してくれます。

そのおかげで、イスラエルによるパレスチナ人への人権侵害は、うやむやにされ、国際社会からの制裁が加えられないことをいいことに、イスラエル政府はますますパレスチナ人の多いかつ、ユダヤ教的な聖地にわざわざ「入植」する人々(往々にして右派か極右)を支援します。すなわち、入植地周辺に住むパレスチナ人の畑や家をブルドーザーで潰し、他地域への立ち退きを余儀なくさせ、他国へ移住するか、安い賃金労働者として、ユダヤ人の都市へ「出稼ぎ」するよう、実質強要します。これは完全に、南アフリカで少数の白人が大勢の黒人を「合法的に」搾取するアパルトヘイト政策と同じです。

こうした悪循環を、イスラエル国内で「正当化」する役割を果たしているのが、「ユダヤ教」のラビや狂信者たちです。世界各地に散らばっていたユダヤ人が集まるようになると、彼らを繋ぐのは、昔の心の拠り所である「ユダヤ教」しかありません。約2000年間別々の地域に居住していて、一体感を持つには、「共通の記憶」が何よりです。ここに、ラビという「ユダヤ教」の権威が復活し、イスラエル政界内に強い影響力を持つようになり、もはやイスラエル政界では彼らの声を無視した政権運営は、不可能となったといいます。******

最初はユダヤ人が他民族に迫害されない自らの国を作りたいだけだったはずなのに、イスラエルが徐々に国力を持ち、シオンの地とは、地中海からヨルダン川までであり、ユダヤ人が暮らすべきとなっていき、先住アラブ人は退去すべきと、エスカレートしていきます。

現実には、どんなに頑張っても、ユダヤ系イスラエル人より、アラブ系イスラエル人の人口は多く、暴力のみの対応ではユダヤ系イスラエル人の安全確保に失敗し続けているのにも関わらず、イスラエル指導層は、失敗の原因は、暴力が足りなかったせいと考え、さらなる暴力装置をつぎ込もうとします。パレスチナ人との共存を模索するという考えは、毛頭ありません。問題が起きるのは、アラブ人がイスラエルにいるせい、建国時に全員追放できなかったのが、間違いの元、と考えています。

そこには、一度大勢の弱き者へ暴力をふるってしまった、少数の強き者が持つ不安があります。一度殴ったら殴り続けるしか、身の安全を保つ方法がないと考えてしまうのです。そのためには、ユダヤ人は結束せねばならないというロジックに屈し、国内でパレスチナ人との共存を訴えるユダヤ系イスラエル人さえも、弾圧しようとしつつあります。例えば、国会議員の3/4が承認すれば、イスラエルでのパレスチナ人の戦いに支持を表明しない国会議員は、「武力闘争の煽動」を理由に議員資格をはく奪される、という法律が成立しました。*****

皮肉なことに、イスラエルでは自民族の純度が高まるほどに、「ユダヤ」であることが重視され、彼らが本来持つ柔軟性、レジリエンスを失い、暴力のみに訴え、世界から孤立する一方、自民族の純度が高い社会にいないディアスポラのユダヤ人の方が、彼らが本来持つ柔軟性、レジリエンスを維持し、暴力の継続利用を否定しています。

もちろん、このようなイスラエル政治に失望しているユダヤ系イスラエル人もいます。「イスラエルのユダヤ人社会では、自国の将来に対する不安が生じている。数万人、いや数十万人のイスラエル人がヨーロッパ諸国のパスポートを取得しようとしている。「将来、何が起きるか分からないからだ。イスラエルの若年層では絶望感が想像以上に広がっている。」*****

事態の推移には悲観的にならざるを得ませんが、今後も注視していきたいと思います。

*「カタールが米国にジャンボ機譲渡、特別仕様「空飛ぶ宮殿」の異名も…憲法違反の可能性浮上」、読売新聞、2025年5月22日。
https://www.yomiuri.co.jp/world/20250522-OYT1T50072/
** “Trump says US close to nuclear deal with Iran, but key gaps remain”, Al Jazeera, May 15, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/5/15/trump-says-us-close-to-nuclear-deal-with-iran-but-key-gaps-remain
*** “Oman confirms new round of US-Iran talks despite enrichment dispute”, Al Jazeera, May 21, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/5/21/oman-confirms-new-round-of-us-iran-talks-despite-enrichment-dispute
**** “Hamas frees soldier Edan Alexander as Gaza faces bombardment, famine risk”, Al Jazeera, May 12, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/5/12/hamas-frees-us-israeli-soldier-as-gaza-faces-bombardment-risk-of-famine
***** シルヴァン・シペル著「イスラエルVSユダヤ人 増補新版<ガザ以降>」。(今読むべき良書です)
****** ドナ・ローゼンタール著「イスラエル人とは何か」(こちらも、今読むべき良書です)




吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!〜世界史でゲームのルールを探る〜

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