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東京IPO特別コラム:「泥沼の中東大戦争回避のラストチャンス」

トライアングル同盟とパレスチナ国家承認
今年7月に、ヨーロッパがちょっとした驚きを2つ発表しました。1つが、ケンジントン協定という、イギリスとドイツの間で締結された、相互防衛を約束する軍事同盟です。もう一つは、イギリスとフランスによるパレスチナ国の承認です。

ヨーロッパとアメリカの間には、既に北大西洋条約機構(NATO)という軍事同盟があり、アメリカ主導でヨーロッパを守る仕組みになっています。そのため、わざわざ既存の加盟国であるイギリスとドイツが軍事同盟を締結する必要はありません。

ですが敢えてそうする理由は、1つには、もはやアメリカがヨーロッパを守ってくれることへの信頼性が、薄れたということでしょう。第二次トランプ政権の言動を見ていれば、ヨーロッパとの事前交渉なく独自路線をひた走り、在欧米軍を部分的に引き上げ、ヨーロッパ諸国の防衛費を上げるよう強く要求する姿勢を見れば、ヨーロッパの気持ちは理解に難くはありません。なお、フランスとも極力協調していくと記載されている点で、トライアングル(三角)同盟とも呼ばれています。*

さらに、NATOの機能不全とまではいかないまでも、機動性の欠如が挙げられます。NATOも32か国もあり、ウクライナ支援一つとっても、それほど熱心に軍事援助する必要性を感じない国もあれば、行うべきだと主張する国もあり、意見が容易にまとまらないのです。よって、意見がまとまりやすい国同士で、まずはまとまろうという動きです。

最後に、イギリスの思惑が強いでしょうが、ヨーロッパ大陸に吹き荒れる極右旋風の中、リベラルが弱体化しつつある中で、ドイツを自らの陣営の中にしっかりと縛ろうということでしょう。極右勢力の天下になったら、どこまで存続できるは不明ですが、イギリスにとっては、少なくとも話し合いをする口実にはなります。

次に、英仏のパレスチナ国承認ですが、このタイミングでこのニュースだけ取り上げられると、唐突感があります。イスラエル建国当時から、イスラエル人によるパレスチナ人虐待、殺傷は、規模の差こそあれ、ずっと続いているのですから。

この宣言に至った、主な背景は、ユダヤ・コミュニティの影響力の低下でしょう。まず、ヨーロッパで最大のユダヤ・コミュニティ(とムスリム・コミュニティ)を持つフランスが、最初に発言したのは驚きでしたが、フランスでも昨年の議会総選挙で極右勢力が勢いを増し、ユダヤ・コミュニティの声が政界に反映されにくくなっていることが報じられていました。**極右勢力は、簡単に反ユダヤ主義に結びつきます。そこで、ユダヤ・コミュニティがフランスで生活しにくくなり、ガザでパレスチナ人を虐殺・餓死させているイスラエル擁護の声を上げるのは、より難しくなってきています。

次に、イギリスの場合も驚きでしたが、実は昨年、イスラエル支援に熱心であったジェイコブ・ロスチャイルド卿(イギリス・ロスチャイルド家4代目当主)が死去していました。そもそもイスラエル問題の原因の一端となっている、バルフォア宣言(イギリス外相がシオンの地にユダヤ人国家建国を認めた)こそ、イギリス・ロスチャイルド家2代目当主にあてて書いた一筆なのです。そして、その当主がジェイコブ卿の伯父にあたるウォルター・ロスチャイルド卿であり、近くでその思想を見ていたのでしょう。ジェイコブ卿自身もイスラエル建国やその後のイスラエルに強い関心を寄せ、慈善事業を展開していました。

しかし、さすがにその次世代ともなれば、イスラエルは保護すべき、よちよち歩きの国ではなく、周囲をいじめる強国である時代しか知りません。ジェイコブ卿ほどの思い入れはないでしょう。そして、このくびきが取れた翌年、過去の経緯及び、イスラエルのガザ虐殺・飢餓状態を受け、国民の圧力に屈する体で、トランプ大統領の了解を取り、イギリス首相は、パレスチナ国を条件付きで承認すると宣言したのでした。

トランプ大統領は、イスラエル・サウジアラビアの国交樹立をまだ願う
では、ヨーロッパ内の動きだけで上記を説明できるかと言えば、もう一つ大きな要因があるようです。それが、12日間戦争の影響です。

アメリカは、サウジアラビアとイスラエルとの国交樹立に向けての工作を始めているのでしょう。最早中東での軍事大国は、イスラエル(、アメリカ)であることが再認識され、ロシアの影響力は弱まりました。そこで、サウジアラビアへ、アメリカ単体の庇護から、アメリカ・イスラエルの庇護下に移行するので、イスラエルと国交樹立しないか、と持ち掛けているのでしょう。

しかし、ユダヤ人は信頼に足るのでしょうか?安全保障上やビジネス面でのメリットだけで、国交樹立していいものでしょうか?そういう懸念は当然、サウジアラビア国内に生まれるでしょう。イスラエル国内にいる、同じアラブ民族であるパレスチナ人への仕打ちを見れば、まともに人間扱いしていないのですから。それでも、今まで見て見ぬふり決め込んでいましたが、これからはそうはいかなくなります。

この12日間戦争により、イランは当分自国の復興や経済制裁解除、核問題解決に注力し、中東地域への配慮に回す余裕はありません。そうなると、それまでイランが担ってきた、パレスチナ人への人道支援や政治的配慮を求める声が、失われます。そのため、その肩代わりをせざるを得ないのが、中東の雄、サウジアラビアとなります。実際、パレスチナ問題の解決法として長い間言われながらも顧みられなかった、イスラエルとパレスチナの二か国共存案の復活を求める国連会議を、サウジアラビアは、今年7月にフランスと共同主催しました。***

そのため、イスラエルとの国交樹立を求めるアメリカへ、サウジアラビアは、原点に戻って、パレスチナ国家承認とパレスチナ国家領土からのイスラエル軍撤退を前提条件に持ち出しているのでしょう。特に、サウジアラビアの場合、イスラム教の聖地、メッカを持つため、常に多くのイスラム教徒が世界中から訪れます。ガザを見捨てイスラエルと国交樹立しようものなら、どんなテロ行為を仕掛けられるか分からないという懸念が強いはずです。

これに対し、アメリカはパレスチナ国家承認までは出来ないが、イスラエルの反対を無視して、ガザの飢餓支援は可能だとして、実行に向けて動いていると思われます。さらに、同様の依頼をヨーロッパの大国たちにしているでしょう。その結果、国内事情が許すと踏んだ英仏が、これに応じたとみるのが、素直だと考えます。(ドイツも同様の発言をしたかったでしょうが、イスラエルへの引け目から遠慮したものと見られます。)

ヨーロッパから見える12日間戦争の影響
一方、ヨーロッパにとっても、サウジアラビアの依頼は渡りに舟ではないでしょうか。

12日間戦争により、中東での覇権国はアメリカ・イスラエル連合であることが明確になりました。よって、それまでロシアの中東への影響に配慮していたトランプ大統領は、もはやプーチン大統領に、さほど遠慮する必要はなくなりました。

すなわち、ウクライナ戦争終結に向けて、トランプ大統領は、今まで以上に強気にプーチン大統領と交渉しようとするでしょう。秘密裡に話し合われていた譲歩は、大幅削減されたのかもしれませんし、既に公表されている通り、トランプ政権は経済制裁の強化でロシアに圧力をかけています。一方さらなる好条件を求め、のらりくらりと交渉していたプーチン大統領は、当然態度を硬化させ、ますます和平への道は遠ざかります。

そうなれば、ウクライナへ軍事支援をしている国々は、当然ロシアの敵国ですから、事態の進展次第では、ロシアの攻撃対象になり得ます。核戦争を簡単に誘発するミサイル攻撃でなくとも、サイバー攻撃ならあり得るでしょう。

そんな時に、トランプ政権は、ウクライナを支援しているNATO諸国を支援してくれるのでしょうか?これもまた、状況次第という他ないでしょう。

このように先が見えない場合、リスク管理の観点からは、アメリカの支援がないという前提で、ヨーロッパは備えねばなりません。NATO内では、意見がまとまらないでしょう。中には、ウクライナを捨て、ロシアと仲よくしようという国が出てきてもおかしくありません。アメリカがいて、勝つ見込みがあるからこそ、NATOは結束できるのです。そうでなければ、分裂し、機能不全は避けられません。

よって、ヨーロッパをリードする英仏独が、ヨーロッパ安全保障のために、結束を再確認する必要があったのでしょう。特に、イギリスはEU離脱しましたから、政治的にも強い結束をアピールせねばなりません。

加えて、ウクライナ戦争の長期化により、ロシア産エネルギー輸入の可能性は、ますます遠のきました。すなわち、中東への依存が高まることを意味します。その雄、サウジアラビアから依頼が来れば、前のめりで検討しないわけがありません。(但し、英仏のパレスチナ承認によって、別に何も変わらないのが、虚しい限りですが。。。)

いずれにせよ、12日間戦争は、大きく世界の動きを変えていくターニングポイントになるでしょう。引き続き注目していきたいと思います。

* “Brothers in Arms: Macron, Merz and Starmer Plan for a Post-U.S. Future”, NY Times, July 18, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/07/18/world/europe/macron-starmer-merz-trump-eu.html
** “Abandoned in political chaos: How France's electoral shift is leaving Jews behind ? opinion”, Jerusalem Post, July 1st, 2024.
https://www.jpost.com/diaspora/article-808448
*** “France and Saudi Arabia to lead UN push for two-state solution”, France 24, July 28, 2025.
https://www.france24.com/en/middle-east/20250728-un-two-state-solution-israel-palestinians-france-saudi




吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!〜世界史でゲームのルールを探る〜

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