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東京IPO特別コラム:「不確実な時代の選択:サウジ・パキスタン相互防衛協定」

イスラエル政府にもはやブレーキはない
実に、イスラエル軍は留まるところを知りません。敵対するフーシ派攻撃のため、イエメン国内まで空爆したのにも飽き足らず、パレスチナでの平和交渉のため訪れていたハマス交渉人を殺害するため、仲介国であるカタールにまで空爆しました。ここまでくると、尋常ではなく、恐らく自ら止められない状態にまで来ているようです。

ネタニヤフ首相自身も右派ですが、イスラエル政界には、それ以上に右寄りの極右派がいます。彼らの支持母体には、正統派、超正統派と呼ばれるユダヤ教集団が含まれます。イスラエル人口の多くは世俗的であり、熱烈な信徒は人口比率でいけば大きいものではないのですが、世界中のユダヤ人から多くの支援を受け、非常に大きな政治的発言権を持っています。

宗教の世界には、現世との妥協点などありませんし、今や地域随一の軍事大国ですから、自信過剰となり、怖いもの知らずで、野放図に戦域を拡大していっています。こうした様は、1930年代の日本に近いものがあるように思えてなりません。当時は日本も周辺では随一の軍事大国であり、海軍と陸軍との調整も、国力と軍部の要請とのバランスを考えることもまともにできず、とめどなく続く軍部の暴走を止められず、刹那的な利益を一握りの財閥や軍人が享受し、破滅に向かっていきました。原因が宗教にせよ、軍種間調整不能にせよ、他者の眼からしたら異常な行動であることが、国内にいる人々にはわからない、感覚麻痺している点が、既視感(デジャヴ)のように思えてなりません。

卵は常に一つのバスケットに入れてはならない
「卵は常に一つのバスケットに入れてはならない。」これは投資における有名な格言ですが、究極のリスク管理である国家安全保障でも、肝に銘ずべき点であることは言うまでもありません。

この格言を最近実行宣言した国があります。それが、今年9月にパキスタンと相互防衛協定を締結したサウジアラビアです。

日本同様、アメリカの軍事力の庇護の下生きてきたサウジアラビアですが、イラク戦争の失敗やアフガン戦争からの撤退を目の当たりにし、自ら軍事費を引き上げていっていました。しかし、緊迫したイスラエルとイランの間に、地理的にも政治的にも挟まれているサウジアラビアが、隣国のイエメンやカタールの空爆を見るにつけ―しかもこれらの行為はアメリカの了承の下行われています―、防衛費増強以外の対策を模索するのは、理の当然です。

イエメンはサウジアラビアとは異なるシーア派人口が多く、同派の雄であるイランの息がかかっている国であればまだしも、サウジアラビアと同様米軍基地(しかも、中央軍司令部)を国内に擁し、かつアメリカも関与しているイスラエル・ハマス交渉の仲介をしているカタールへ、イスラエルが空爆を行えるのです。ハマス幹部がサウジアラビア国内に潜伏しているという情報がイスラエルに入れば、イスラエルはサウジアラビア国内への空爆を躊躇しないということになります。従来、イスラエルはアメリカが抑えることになっていたのに、今ではあべこべにイスラエルが主導し、トランプ大統領が引っ張られている感さえあります。

では、アメリカ以外でサウジアラビアの庇護者となり得る国といえば、数は限られます。イランが頼みとしていたロシアも、対イスラエル戦ではほとんど支援しなかっただけに、何とも頼りありません。ヨーロッパも、ユダヤロビー力が衰えたとはいえ、アラブロビー力よりも依然強いことには変わりはありません。

中国は、民主党政権、共和党政権のいずれにおいてもアメリカが警戒する相手ですから、露骨に対米関係を悪化させてしまいますから、あまりいい選択ではありません。アメリカやその他アジア諸国を警戒させるという意味において、北朝鮮も同じなので、論外です。

すると、残る核保有国は、インド、パキスタンとなります。確かにインドも悪い選択肢ではありません。しかし、同じイスラム圏のパキスタンと冷戦(時々熱戦)関係にありますし、インドの経済的ポテンシャルや人口の多さ等から、サウジアラビアの手に負えない相手になりかねませんし、米印関係も落ち着いていませんから、これまた対米関係を考える上で政治リスクになり得ます。

一方、パキスタンにとって、サウジアラビアは独立直後に国家承認した数少ない国の一つです。1951年から友好条約を結び、軍事協力もその頃から始まり、1967年から約8000名のサウジ兵に軍事訓練を施したと言われています。*長い付き合いのある国だから、信頼できると評価したのでしょう。

他にも、パキスタンが核兵器を保有する理由が、隣国インドとの対抗上必要だからであり、インド以外に他国を警戒させるような軍事大国を目指すような野心も見えませんし、アメリカや他国を過度に刺激しないであろうと、計算したのでしょう。要は、純粋な「核の傘」とカネの商取引です。

いいことずくめの選択肢はない
もちろん、これにはリスクが伴います。第一に、パキスタンと軋轢のあるインドが、警戒します。いざインドとパキスタンが交戦する場合、サウジアラビアが潤沢なオイルマネーで購入したアメリカ製の最新兵器類を供与されても困ります。また、本来インドに向けた、実質埋没コスト(サンクコスト)に等しい核兵器から、何かしらの経済的利益を得ることで、日ごろからさらなる軍事費増強につながる可能性があります。

しかし、よくよくサウジアラビアからインドへ説明があったのでしょう。インド側は、事態を注視するという冷静なコメントが報じられるのみです。

第二に、アメリカがこの事態をどう評価するかです。明らかに、アメリカの核の傘はあてにならない、というメッセージが込められています。(サウジアラビアもパキスタンも、公式には何年もの協議の結果と言います。それはその通りでしょうが、調印のタイミングは明らかに選ばれているはずです)

パキスタン程度なら黙認するという選択肢は、あります。トランプ大統領がいうところの、同盟国の米軍依存度低下につながる政策であり、大きな脅威を生むものではないと強弁できなくもないです。

しかし、サウジアラビアへの核拡散の容認となりますし、中東地域唯一の核保有国イスラエルの立場は揺らぎます。加えて、既に今年1月にサウジアラビアは、ウラン濃縮計画を発表しています。自国産のウランを濃縮した上で輸出し、ビジネス化したいと報道されています。**(サウジアラビアのウラン埋蔵量ははっきりしておらず、日本原子力産業協会等の資料にも世界ランキングトップ10には入っていませんが、一説には世界の17%ともいいます。)

懸念としては、濃縮ウランをパキスタンへ輸出し、そこで核兵器化し、闇ルートでどこへ輸出されるか分からない状態になりかねません。過去、パキスタンの核の父、A.Q.カーン博士が築いた核技術の闇取引ネットワークが、簡単に想起されますから、核拡散という観点からは問題です。

とはいえ、核保有国のイスラエルが核「未」保有国のイランを攻撃した、今年の12日間戦争を考えれば、不確実な時代、もはや核不拡散を求めること自体が、無理でしょう。であれば、国際原子力機関(IAEA)を中心に、サプライチェーンの国際管理システム(輸出元・輸出先が、核関連製品がテロ組織等世界の脅威となる団体へ流れないように管理する)を構築する方向に向かわざるを得ないでしょう。

第三に、サウジアラビアとパキスタンという組み合わせから、イスラム教徒連合という見方が可能です。冒頭でイスラエル政界にユダヤ教団体の影響力が強いというお話をしましたが、彼らがそのように受け取り、周辺のイスラム教徒が団結するなら、ますますユダヤ教の名の下にイスラエル国民の結束を図るべきだと考えてしまうリスクがあります。(あるいは、それを口実にして結束を求める可能性があります)

そして、ユダヤ教徒の結束のシンボルとは何かと言えば、第三の神殿です。ソロモン王がその昔エルサレムに建設し、後に同じ地に第二の神殿が再建されましたが、イスラム教徒の領地になった後、岩のドームが建設されています。これもまた、イスラム教徒にとっての聖地です。(創設者ムハンマドがそこから昇天したということになっています)

よって、岩のドームを破壊か移築するようなことがあれば、イスラム教徒は激怒し、宗教戦争になるのではないか、という悪夢のシナリオが、昔から言われています。これを政治利用して実現させ、ますます戦域を拡大しようという悪い考えが、実行されませんように。

なお、ユダヤ教的には、第三の神殿はメシア到来の予兆と考える向きがあります。一方、キリスト教では、第三の神殿は反キリストが建設するものであり、それは世界への大惨事を招いた後キリストが降臨し、悪を倒し、千年のキリストによる統治が行われるということになっており、それを信じる人々がいます。そのため、キリストによる統治を歓迎する意味で、その実現を期待する人々もいるということは、知っておいてよいでしょう。

とはいえ、日米同盟にのみ依存する日本にとっては、こうしたサウジアラビアの行動は、不確実な世界を生き抜くための対策として、一つのアイディアを提示するかと思います。よくよく考えるべきでしょう。

* “‘Watershed’: How Saudi-Pakistan defense pact reshapes region’s geopolitics”, Al Jazeera, September 18, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/9/18/watershed-how-saudi-pakistan-defence-pact-reshapes-regions-geopolitics
** “Saudi Arabia announces plans to enrich and sell uranium”, Al Jazeera, January 14, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/1/14/saudi-arabia-announces-plans-to-enrich-and-sell-uranium




吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!〜世界史でゲームのルールを探る〜

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