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東京IPO特別コラム:「不確実な時代の選択:トルコの積極外交」

クルド人の敗北
世界がガザに注目する中、もう一つ敗北した少数グループの武装組織があります。それはクルディスタン労働者党(PKK)です。日本ではほとんど報じられませんが、クルド人も、過去40年以上、大国の狭間で独立の夢を胸に戦ってきました。

パレスチナ人と同様、クルド人も、「国家」を持てなかった人々です。現代の分布では、トルコの南東部、イラク北西部、シリア北部という、3か国にまたがるエリアに住む人々です。地図で見れば一か所なのですが、周辺民族がそれぞれ「国境線」を彼らの居住区の上に書いてしまったものですから、3分割される形になってしまいました。

そして、少数グループの悲しさで、各国の社会に溶け込もうにも、多数派の理解を得られず、同化政策を採用しがちで、差別されます。そこで、独立運動が始まるわけですが、当事国政府にとっては、反乱にしか映らず、攻撃対象になってしまいます。例えば、サダム・フセイン大統領時代のイラクでは、独立運動への報復措置として、クルド人居住区のハラブジャ市へ1988年サリン等化学兵器を撒き、数千人もの住民を殺害した事件がありました。(その後、イラク戦争時アメリカに積極的に協力したことへの恩賞として、独立国家という話もありましたが、現在は自治権を得た状態になっています。)

トルコ在住のクルド人の場合、トルコ総人口の15−20%と言われています。これだけいれば、それなりに存在感はあります。そこで、同化政策が強化された1970年代後半、アブドラ・オジャランがPKKを設立し、やがて武力闘争に入ります。PKKは、トルコ国内のみならず、同胞のクルド人のいるシリアやイラクにも拠点を構え、「国際テロ組織」になります。

そんなPKKが、2025年5月解散・武装解除し、今後はトルコ民主政治の中で、平和裏に自治獲得に向けて動く選択をしたのでした。*なぜでしょう?

トルコ・イスラエルの密約?
直接の敗因は、ハイテク兵器です。ドローンによるリモート攻撃が功を奏し、ここ数年でトルコ軍が壊滅的状況に追い込んだからです。**しかし、その背景には、通信ネットワークの暗号化解除等の技術により、軍事拠点や主要リーダーの所在が正確に把握できたことがあるでしょう。

そしてこの手口、どこか聞いたことがありませんか?イスラエル軍がハマスやイランに対して行った手法そのものです。これは、イスラエルとトルコの協力関係を物語っています。

しかし、トルコは、イスラエルのガザでの悪行を非難し、2024年11月から国交断絶している関係です。そんなトルコが、秘密裡にイスラエルからハマスに対して使っている技術を入手し、自国の反乱分子に使用しているわけですから、通常では考えられないことです。通常なら、イスラエルが、国交断絶しているトルコに虎の子のハイテク技術を伝授するはずがありません。

では、秘密裏に何があるのでしょうか?カギは、シリアにあります。

シリアは、トルコの南、イスラエルの北に隣接しています。2011年のアラブの春を契機として、反アサド独裁政権派とシリア政府軍によるシリア内戦が始まりました。この混乱状態に乗じて、イスラエルは、シリア南部にあるヒズボラやイランの軍事施設に対し、攻撃を行っていました。当然、イランの影響力下にある(ヒズボラやハマスが軍事拠点を置ける)アサド政権は排除したいわけで、反政府勢力を支援する形になります。そしてようやく、2024年アサド大統領がロシアに亡命し、アサド政権は倒れました。さらに、シリア全体からヒズボラやイランの影響力を排除すべく、イスラエルは今年7月には首都にまで平気で空爆してきます。

一方、トルコはシリア内戦による難民を300万人以上抱え、かつシリア北部でクルド人と戦っているわけです。そのクルド人も反政府派の一部で、クルド人居住区を自治している状態です。また、シリアの多数派はイスラム教スンニ派ですから、同じ宗教の隣国、トルコの影響が強くなることが考えられますし、クルド人との戦いを考慮すれば、シリアでのクルド人を排斥する方向にもっていきたいところでしょう。

そして、こうしたトルコの思惑に対し、イスラエルは警戒心を高めます。トルコと国交断絶しているわけですし、イランのようにアメリカの軍事力を背景に一戦を交えるわけにはいきません。なぜなら、トルコはNATOの一員あり、アメリカも同盟国同士の戦いには反対するからです。

そういう悩ましいところをうまく仲介したのが、アゼルバイジャンです。実は、アゼルバイジャンは、産油国に囲まれているのにどの国からも石油を売ってもらえないイスラエルへ石油を輸出し、イスラエルから武器を輸入するという、Win-Winなビジネス関係にあります。また、アゼルバイジャンからトルコ経由で、ヨーロッパに輸出する天然ガスパイプラインがあり、トルコにとっても、そのパイプライン通行料とアゼルバイジャンから供給される天然ガスは重要です。よって、アゼルバイジャンは、イスラエルにとってもトルコにとっても、大事なビジネスパートナーなのです。

このアゼルバイジャンによる仲介により、トルコとイスラエルは、2025年6月にシリアで両軍が衝突しないため、ホットラインを開設するに至ったと報じられました。***そういう状況が作られれば、そこから発展し、イスラエルがトルコにPKKを壊滅する秘策を与えたと考えられます。

では、その代償にイスラエルが得るものは、何でしょう?恐らく、シリアへの発言権でしょう。トルコやシリアにクルド人が軍事行為を仕掛けてこなければ、トルコにすれば、シリアに対する発言権を持つ必然性は、大幅縮小します。

ちなみに、アゼルバイジャンは、この緊張緩和でシリア内の平和を見通せたため、トルコ経由で天然ガスをシリアに輸出することになりました。****まさに、三方良し、の取引です。

「不確実」を「確実」に持っていくトルコの努力
そうだとすれば、トルコがシリアへの発言権を手放す決断をしたことは、興味深いです。イスラエルは、自国の安全保障を盾に平気で近隣諸国を空爆できる国です。そんな国とトルコの間のシリアは、格好な緩衝国であり、ある程度発言権を残しておきたいはずです。しかし、国力的には、イスラエルと鍔迫り合いを続けるのは難しいと判断したのでしょう。

加えて、2014年から約20年間大統領を務めてきたエルドアン大統領の人気に、陰りが見えています。そのため、任期延長を望むエルドアン大統領が、憲法改正に必要な2/3以上の議員票を集めるため、クルド人の支持獲得が必要とし、今回のPKK解散と引き換えに、クルド人の受け入れに応じたと報じられています。(詳細は不明です)*****

とはいえ、クルド人問題の解決は、地域安定にとって大きな業績です。実際、7月イラク北部で武装解除の第一段階が開始されました。その後、PKKは10月にPKK兵士たちをイラクへ撤退させると、発表しました。これはトルコ政府が約束を違え、トルコ民主政治の中にちゃんとクルド人を取り込まない、わざと取り込むためのプロセスを遅らせるなどの小細工に対する牽制手段を持つための措置でしょう。******

このような逃げ道を相手に許せるのは、トルコの余裕を感じさせます。ハマスにまともな選択肢を与えないイスラエルとは、大違いです。

さらに興味深いのは、他にも地域安定に向けて仲介役を、トルコが買って出ている点です。ウクライナ戦争、パレスチナ問題でも、仲介の一員であることは有名ですが、他にも、最近アフガニスタン・パキスタン間の諍いにも仲介の労を取っています。

実は、今年10月からアフガニスタンでの爆発事件がパキスタンによるものとして、タリバンがパキスタンを非難する一方、反パキスタン勢力であるパキスタン・タリバンがアフガニスタンに潜伏しているのに、アフガニスタン政府が取り締まれないことでパキスタン政府がアフガニスタン政府を非難する状態から、国境付近で小規模な戦闘が発生し、双方の死者数は約300名に上りました。これに対し、トルコとカタールが仲介役として、和解に向かわせています。*******

自国の名をあげ、自身の名誉欲も満たしたい心はあるでしょうが、不確実な時代だからこそ、自力で不確実要素を減らす努力は、注目に値します。未来は自分で作るもの、身の丈を知り、できることはやろう、そういうメッセージが読み取れるのではないでしょうか。お金さえまけば、大国扱いしてくれる、と思い込んでいた日本外交も、もはやそれほど余裕はなく、困っている人々のために汗をかくのも、地域貢献ではないでしょうか。

* 「クルド人武装組織PKK、武装闘争の終結と解散表明 40年以上闘争」AFP、2025年5月13日。https://www.afpbb.com/articles/-/3577442
** Nancy Ezzeddine, “Q&A | Disbanding the PKK: A turning point in Turkey’s longest war?”, ACLED website, May 22, 2025.
https://acleddata.com/qa/qa-disbanding-pkk-turning-point-turkeys-longest-war
*** “Azerbaijan engaged in quiet diplomacy between Turkey and Israel to defuse Syria tensions”, The Time of Israel, June 3, 2025.
https://www.timesofisrael.com/azerbaijan-engaged-in-quiet-diplomacy-between-turkey-and-israel-to-defuse-syria-tensions/
**** 「アゼルバイジャンの天然ガスがトルコ経由でシリアへ供給開始」、JETROビジネス短信、2025年8月14日。
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/08/8186483b992b79af.html
***** “A half-century insurgency in the Middle East may be ending. Here’s why”, CNN, February 28, 2025.
https://edition.cnn.com/2025/02/28/middleeast/turkey-pkk-insurgency-middle-east-explainer-intl/index.html
****** “Kurdish PKK announces it is withdrawing fighters from Turkiye to Iraq”, Al Jazeera, October 26, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/10/26/kurdish-pkk-announces-its-withdrawing-fighters-from-turkiye-to-iraq
******* “Pakistan and Afghanistan agree to maintain truce for another week: Turkiye”, Al Jazeera, October 30, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/10/30/pakistan-and-afghanistan-agree-to-maintain-truce-for-another-week-turkiye




吉川 由紀枝???????????????????? ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!〜世界史でゲームのルールを探る〜

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