東京IPO特別コラム:「ハマスの勝算」

今年10月9日より、パレスチナの武装集団ハマスがイスラエルへ攻撃を仕掛け、1000名強を殺害し、200名余りを人質に取りました。これに対し、イスラエルはハマス殲滅を掲げ、大規模な空爆を中心に既に9倍以上のパレスチナ人を殺害し、パレスチナでの電気・水道等の社会インフラを止め、外国からの人道支援物資搬入ルートもほぼ閉鎖し、200万人ともいわれるパレスチナ人への報復措置を続けています。(十分国際法違反です)

前回パレスチナの歴史のお話をしましたので、今回は直近の出来事について考えてみたいと思います。

本当に不意を突かれたイスラエル
今回の出来事の最大の疑問は、イスラエル軍による地上作戦の遅延です。ネタニヤフ首相はこれから第二段階だと言いますが、真相は不意を突かれ、イスラエル軍の準備不足のためのようです。中東最大の軍事大国が?と思われるかもしれません。しかし、どうしてどうして、実行はなかなか難しいです。

困難な要因は、以下の通りです。
1. 市街戦は時間がかかり、かつハマスが地下トンネル網を張り巡らせているので、危険
2. 人質がどこに隠されているか不明であるため、やみくもに攻撃しにくい
3. 北の隣国・レバノン、シリアにいるヒズボラ(とその背後のイラン)に対抗すべく、軍を二分せざるを得ない(事実、攻撃以来連日砲弾の応酬が繰り返されています)

モサドという世界有数の諜報機関を持つと言われるイスラエルが、この攻撃を事前察知できなかったほど巧妙に隠蔽されていたこと、未だに人質の所在地が判明していないこと(判明した時点で早急に救出作戦をしています)、北のヒズボラ(とその背後のイラン)と事前に気脈を通じていること*等を考え合わせれば、単純にサウジアラビアとイスラエル間の国交樹立への流れに対する焦燥感から来た突発的な行動ではなく、入念に準備された行為であることが分かります。

であれば、ハマスは、勝算をもって戦いを挑んでいるのかもしれません。何しろ、相手は、強気のネタニヤフ首相です。今回の攻撃を事前察知できなかった責任を取り辞任しないばかりか、挙国一致内閣を作り、イスラエル政界から総スカンを喰らっていても、厚顔無恥に首相の座に座り続け、アメリカの支援なしでは生き残れないのに、アメリカの自制要請を断固拒否する男です。本気でハマス殲滅という名の下に、パレスチナ人殲滅、虐殺をしかねません。文字通り同胞200万人を盾に戦う、背水の陣なのです。

黒幕はロシア?
アメリカの中東での影響力が低下する中、その力の空白を埋めているのが、ロシアです。この状況に最も利益を得る国ですし、実現させる力を持つのも、この国です。

すなわち、ハマスに向けては、パレスチナ国家樹立支援を約束し、イランに対しヒズボラにハマスと協力するようにと依頼すればよいのです。イランは、ウクライナ戦争を繰り広げているロシアへドローンを提供する等緊密な関係です。この程度の協力は可能なはずです。

では、ロシアの動機は何でしょう?簡単に思いつくのは、ウクライナ戦争から世界の注目を逸らし、欧米を中心とするウクライナへの武器供与量を減らすことにより、ウクライナ戦争を有利に進めるということです。欧米にすれば、イスラエル・ロビーが強すぎ、ウクライナ以上にイスラエルへ支援せざるを得ません。(この事態は1945年から変わっていないのが実情です)既に1年以上武器をウクライナへ提供し続けているので、ただでさえ欧米各国の在庫が少ないところへ、イスラエルにも武器を供与せざるを得ないのですから、ウクライナへ回せる武器は大分減り、ウクライナは早晩停戦に追い込まれます。

それ以上に、サウジアラビアをより確実にロシアの味方に付け、アメリカの影響力を低下させたいということでしょう。ロシアはエネルギー資源輸出で生きている国ですから、世界最大の石油埋蔵量を誇り、原油価格に最大の影響力を持つサウジアラビアは、いわばロシア経済の死活を握る国です。ウクライナ戦争以降、サウジアラビアの支援あってこその石油価格高止まりなのです。

しかし、MbS皇太子が実権を握るまでは、概ねサウジアラビアはアメリカとの関係が良好ですし、バイデン政権とMbS皇太子との関係が多少悪くなっても、サウジアラビアは例年通りアメリカから巨額の武器を購入しています。ですので、ロシアとしては、アメリカから好条件を引き出すべく、サウジアラビアがロシアに接近しているのではないかと考えられます。そうした眼で見れば、サウジアラビアが進めるイスラエルとの国交樹立は、アメリカとの関係をさらに緊密にする一環にも見えます。

そんなサウジアラビアに、アメリカについてもいいことはないというメッセージを伝えるには、サウジアラビア・イスラエル国交樹立を破談にする最短コース、パレスチナにイスラエルを攻撃させ、イスラエルの報復の激しさから、中東諸国に反イスラエル感情を盛り上げる事態を作ればいいと考えられます。

実際、あまり報道されませんが、ホワイトハウス前のみならず、中東各国で大規模なイスラエル抗議デモが繰り広げられていますし、MbS皇太子もイスラエルとの国交樹立について沈黙するようになりました。**また、イスラエルと国交があるヨルダン、バーレーンは駐イスラエル大使を召還しています。***

対して、イスラエル・ロビーに毒された欧米政府は、国際法違反を繰り返してもイスラエル支援を表明せざるを得ませんし、早々にバイデン大統領を始め欧米の首脳たちがイスラエルの味方であることを表明するために、続々とイスラエル入りしました。

プーチン大統領を国際法違反と非難しても、ネタニヤフ首相は非難しない(大手欧米メディアもこの点を追及しない)-欧米が高らかに謳う人権尊重等価値観の矛盾点を世界に暴露した形となり、ダブルスタンダードと非難されても仕方がありません。そして、欧米の価値観、多くの人々が疑問を持つようになれば、類似の「濡れ衣」を着せられ、経済制裁を受けている国イランは、自国の主張がより世界に受け入れられやすくなることを喜ぶのではないでしょうか。

もちろん、アメリカがイスラエル支援を本気で行わない(メンタルサポート程度)という選択肢もありますが、それはそれでロシアの望むところでしょう。上記の理由によりイスラエルの地上作戦に、アメリカの本音は巻き込まれたくありません。しかし、ある程度納得感を与えられる支援しないわけにはいきません。なぜなら、そうしたアメリカの挙動を、アメリカの軍事同盟国は注視しているからです。単独覇権の凋落をみる今日、アメリカは日本、韓国、台湾等へ同盟強化をアピールしていますが、どこまでアメリカは本当に同盟国に対し援助してくれるのか、疑問に思う国々は多いです。頼りにならないなら、中国やロシアに乗り換えた方がいいのではないか?そんな疑問を持たせることを、アメリカは断じて避けたいでしょう。

これまでのところ、東地中海に米最大の空母を派遣し、シリアへイラン支援下の軍事施設を空爆する程度に留めていますが、本格的にイスラエルが地上作戦をするのであれば、アメリカはどこまで支援するでしょうか。

イスラエル・パレスチナ戦争が泥沼化し、膠着化したタイミングを見計らい、ハマスが不人気な既存パレスチナ自治政府(PA)を否定し、新たなパレスチナ国家を宣言したらどうでしょうか?欧米は躊躇う一方、ロシアはすぐに国家承認するでしょうし、それに追随する国も多いのではないでしょうか。そうなると、ウクライナ戦争以上に欧米の主張から世界が離れる傾向が、顕著に見えるでしょうし、ロシアの中東でのプレゼンスは確実なものとなります。

そこまでうまくいくか分かりませんが、少なくともアメリカをジレンマに陥れ、世界の共感・影響力を低下させることが、ロシアの狙いの一つのように考えられます。

公の場では、この紛争に関しプーチン大統領は、攻撃から3日間の沈黙後市民の殺害とアメリカのパレスチナ問題への取り組みを非難する声明を出し、パレスチナ国家樹立以外に解決策がない点を繰り返した他、ロシアはハマスを一方的に非難する国連決議案に拒否権を発動****するという、明らかにパレスチナ寄りの行動をとっています。

さらにプーチン大統領は、中東以外の地域での飛び火リスクも指摘*****しているのが、不気味です。

パレスチナ国家樹立が落としどころ
さて、パレスチナ問題の落としどころは、パレスチナを「自治政府」から「国家」へと昇格させ、イスラエルと2国家併存させることです。(1949年にそのような国連決議が出ているのに、実現できていないのは、ひとえにイスラエル・ロビーに毒された欧米故です)国家になれば、国家として認められている外交権、内政不干渉の原則等の諸権利が認められ、国連にも議席を持てますし、世界銀行等に加盟し、借款可能となります。対外的にもその主張に重みが増します。ここまでなら、世界の多くの人々の賛同を得られるでしょう。

しかし、ハマスのテーゼは「(ヨルダン)川から(地中)海まで」の全パレスチナ解放なので、イスラエル国家の否定を意味します。現在のPAに割り当てられている地域は、スポンジの穴状態なので、都市国家集合体にしかならず、水道や電気など社会インフラを全国区で整備しようと考えると必ずイスラエルを通過することになります。それでは、独立性があまり担保されない状態になってしまいますので、ある程度まとまった面積と水利の確保は生存権の一部と考えるべきでしょう。

とはいえ、大部分は戦闘の結果次第です。ウクライナのように全領土奪還に固執すると、平和が遠のいてしまいます。落としどころで終止符が打てるかも、重要なポイントです。

*2011年アラブの春の影響で一時冷却化されていたハマス・ヒズボラ関係でしたが、2022年より両者上層部間の交流が再開し、今回のイスラエル攻撃でハマスと行動を共にしているパレスチナ・イスラミック・ジハード(PIJ)代表とハマス代表が、ヒズボラ代表と2023年9月会談し、同年10月に「勝利への道」について再び会談したと報じられています。
“Analysis: Why did Hamas attack now and what is next?”, Al Jazeera, October 11, 2023. https://www.aljazeera.com/features/2023/10/11/analysis-why-did-hamas-attack-now-and-what-is-next
“Hezbollah, Hamas, Islamic Jihad chiefs discuss route to ‘victory’ on Israel”, Al Jazeera, October 25, 2023.
https://www.aljazeera.com/news/2023/10/25/hezbollah-hamas-islamic-jihad-chiefs-discuss-route-to-victory-on-israel
** “Saudi Arabia puts Israel deal on ice amid war, engages with Iran: Report”, Al Jazeera, October 14, 2023.
https://www.aljazeera.com/news/2023/10/14/saudi-arabia-puts-israel-deal-on-ice-amid-war-engages-with-iran-report
***「アラブ諸国、駐イスラエル大使召還 ヨルダンとバーレーン」Yahoo Japanニュース、2023年11月2日
https://news.yahoo.co.jp/articles/4055640549f9f93a550ffc615cd25f8d28f3bce5
**** “‘Not pro-Israeli’: Decoding Putin’s muted response to Hamas attacks”, Al Jazeera, October 12, 2023.
https://www.aljazeera.com/news/2023/10/12/russia-israel-hamas
***** “Israel’s war in Gaza could spread beyond Middle East: Russia’s Putin”, Al Jazeera, October 26, 2023.
https://www.aljazeera.com/news/2023/10/26/israels-war-in-gaza-could-spread-beyond-middle-east-russias-putin

 


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
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