東京IPO特別コラム:「トランプ代替関税よりもヤバい、オイルショックリスク」

~語られないものを視る眼~

短信:トランプ代替関税よりもヤバい、オイルショックリスク

オリンピックやトランプ代替関税に、気を取られている場合ではありません。真剣にことの行方を注視せねばならない、大きなリスクがあります。それが、アメリカ・イスラエル連合VSイラン戦争であり、それに伴うホルムズ海峡封鎖により、同地域から日本への石油供給が止まるというリスクです。

12日間戦争後のアメリカ・イラン交渉
昨年の12日間戦争後、イランと米欧との間で、イラン核問題について協議が続いていました。イランは、ヨーロッパ勢がもはやアメリカを押える力を持たないことに苛立ちを隠しません。まだ近隣のアラブ諸国の方が、アメリカに対しアメリカ・イラン戦争は望まないと明言してくれますし、実際オマーン等が現在仲介に入っています。*

昨年はイスラエルと直接戦うにしても、アメリカとの全面戦争を回避しようと自制的な戦いをしました。しかし、アメリカは、その戦争でイランと直接軍事攻撃を行うことを厭わず、さらにトランプ大統領は、交渉中にこそ、軍事的圧力を最大限にするということも、イランは学びました。そして、今まさに、2隻目の空母を中東へ向かわせています。**

よって、イランは、近隣諸国に駐在する米軍を報復攻撃するといい、昨年自制していたホルムズ海峡封鎖の可能性に示唆しました。***そして、イスラエルに寝返った人々を粛清し、破壊された軍事施設をコンクリートで強化しています。****さらに、ホルムズ海峡を実際に一部封鎖し、ロシア海軍と共同軍事演習を行いました。*****

こうした状況下、アメリカとイランは外交的解決を模索中です。もちろん、この協議の行方は、当事者以外は分かりません。しかし、憂慮すべきポイントが2点あります。

憂慮すべきポイント1:イスラエルの要求吊り上げ
今年のアメリカ・イラン交渉中に、またもやイスラエルが新たな要求をアメリカに突きつけ、ルビオ国務長官はイスラエルの要求をそのままイランに提示すると発言しています。その新たな要求とは、交渉の中身をイラン核問題にとどまらず、以下の2点を追加することです。
1.イランの(弾道)ミサイル削減/廃棄
2.いわゆる「抵抗の枢軸」(レバノンやシリアで暗躍するヒズボラ、イエメンで活動するフーシ派)への支援停止******

当然、イランは反発します。元々議論の俎上にあったのは、イラン核問題であり、従来のイランの主張から推察するに、しばらくウラン濃縮は「不可能」であるため、一定期間(破壊された核施設が再建されるまで)濃縮は行わず、その期間中は経済制裁の緩和できるという読みであったでしょう。それに加えての要求は、交渉を取りやめるための口実と見なされても仕方がありません。

もちろん、イスラエルのネタニヤフ政権には、そう主張する理由があります。CNNによれば、分裂の危機にあるネタニヤフ連合(強硬・超強硬派)政権は、3月末までに国家予算を通さねばならず、それが無理な場合は、自動的に90日以内(今年6月)に議会を解散し、総選挙を実施せねばならないという事情があります。ただでさえ、首相本人の汚職スキャンダルを抱え、不人気な政権が再選されるには、イスラエルがイランと戦争状態にあり(ハマスとの戦いは一応終結しています)、ネタニヤフ首相だからアメリカを自由に操れると主張する必要があります。そのため、ネタニヤフ首相は、訪米予定を前倒ししてでも、トランプ大統領と会談し、イラン問題について協議したのです。元々イスラエル(超強硬派)が反対している、アメリカとイランの直接交渉を止めさせ、実質決裂させるために。*******

憂慮すべきポイント2:交渉のコメント舌戦
イラン外相がジュネーブで行われている協議について、「いい進展を見せている」と発言し、大筋合意に達したと発言した一方、ホワイトハウス報道官は、「若干の進展」があったにすぎず、まだ大きな隔たりがあると発言しています。********

これは、いい兆候ではありません。イラン外相の発言は、イランは前向きな姿勢を採っているにも関わらず、拒否しようとしているのはアメリカ側、すなわち交渉を難しくさせているのは、アメリカである、という印象を世界に与え、アメリカの動きをけん制しようとしています。

もし本当にイラン外相のいうような進展があるのなら、双方は第三者の介入を招くようなコメントはせず、粛々と交渉しているはずです。ただでさえ、イスラエルという介入する気満々の第三者がいるのですから。

そのイスラエルを動揺させるためでしょう、イラン外相は追い打ちをかけました。「アメリカ政府は、イランに対しウラン濃縮を止めるよう要求していない」と発言したと報じられました。*********但し、トランプ大統領はその火消しでしょうか、すぐにハメネイ政権転覆を目的とした、米軍によるイラン攻撃を示唆しました。**********

NYタイムス紙の報道では、トランプ大統領は、実際にホワイトハウス内のシチュエーションルームで行われた国家安全保障会議で、イラン攻撃について検討したとしています。その席上、ベネズエラ侵攻時のような成功の保証を、トランプ大統領に迫られたケイン統合参謀本部議長は、確約出来なかったと報じています。**********

冷静に考えれば、政権転覆を目指せばイラク戦争の二の舞になることは明らかなのですが、そこは何をやってもおかしくないトランプ大統領。2月19日に、「10日か15日以内に核問題について合意できなければ、とても悪いことが起こる」と、例によって期限設定をしました。***********

そのXデーは、3月5日(日本時間は6日?)。予断は全く許されません。
* “Iran’s Araghchi slams European powers for ‘irrelevance’ in nuclear talks”, Al Jazeera, February 15, 2026.
https://www.aljazeera.com/news/2026/2/15/irans-araghchi-slams-european-powers-for-irrelevance-in-nuclear-talks
** “U.S. Military Moves Into Place for Possible Strikes in Iran”, NY Times, February 18, 2026.
https://www.nytimes.com/2026/02/18/us/politics/us-military-iran.html
*** “Iran will not bow down to US pressure in nuclear talks, Pezeshkian says”, AL Jazeera, February 22, 2026.
https://www.aljazeera.com/news/2026/2/22/iran-will-not-bow-down-to-us-pressure-in-nuclear-talks-pezeshkian-says
**** “Iran builds concrete shield at military site amid acute US tensions”, Al Jazeera, February 19, 2026.
https://www.aljazeera.com/news/2026/2/19/iran-builds-concrete-shield-at-military-site-amid-acute-us-tensions
***** “US renews threat of military action as Iran, Russia announce naval drills”, Al Jazeera, February 18, 2026.
https://www.aljazeera.com/news/2026/2/18/white-house-says-iran-would-be-wise-to-take-deal-amid-military-buildup
****** “Trump says he ‘insisted’ to Netanyahu that Iran talks go on, as PM stresses security needs”, Times of Israel, February 11, 2026.
https://www.timesofisrael.com/trump-says-he-insisted-to-netanyahu-that-iran-talks-go-on-as-pm-stresses-security-needs/
******* “Netanyahu leans on Trump ties as Israel heads toward elections”, CNN, February 12, 2026.
https://edition.cnn.com/2026/02/12/middleeast/netanyahu-trump-israel-elections-meeting-intl
******** “Iran says ‘good progress’ made in nuclear talks with US in Geneva”, Al Jazeera, February 18, 2026.
https://www.aljazeera.com/news/2026/2/18/irans-araghchi-hails-good-progress-in-nuclear-talks-with-us
********* “Iran Says U.S. Has Not Asked It to Stop Enriching Uranium”, NY Times, February 20, 2026.
https://www.nytimes.com/2026/02/20/world/middleeast/iran-us-nuclear-uranium.html
********* “Trump Considers Targeted Strike Against Iran, Followed by Larger Attack”, NY Times, February 22, 2026.
https://www.nytimes.com/2026/02/22/us/politics/trump-iran-strike-attack.html
********** “Trump warns Iran of ‘bad things’ if no deal made, sets deadline of 10-15 days”, Reuters, February 19, 2026.
https://www.reuters.com/world/middle-east/russia-warns-escalating-iran-tensions-amid-us-military-build-up-2026-02-19/

吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクト・フェロー
慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務
所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ライシャワーセンター
にて上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安
全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。

東京IPO特別コラム:「米中資源グレートゲーム:アメリカの攻勢@アフリカ&南米」

米中対立は、しばしば人々の話題をさらうテーマですが、実際には正面切って戦えないことは、当事国が互いに一番よく分かっています。しかし、だからといって信頼関係がしっかりあるわけでもありません。すなわち、水面下でバトルが繰り広げられることになります。

その昔、欧米列強が世界の全土を探検し、その土地をいずれの植民地とするかで競い合いました。これをクロス・カントリー・レースとも、特に英露の競争をグレートゲームと呼びました。その際には土地という資源を求めての鍔迫り合いでしたが、現代では石油や金等の地下資源を巡る戦いになっています。そうした視点で2025年を振り返り、アメリカの2か所での攻勢を見ていきたいと思います。

アフリカ:ルワンダ‐中央コンゴ共和国との和解
トランプ第二期政権で目立つのは、トランプ大統領の外戚と本当に一握りの取り巻きをコアとし、その次にバンス副大統領やルビオ国務長官がいるという構図です。*外戚と言われてまず思い浮かべるのは、親イスラエルの立場で中東政策に介入する、娘婿のジャレード・クリシュナーでしょうか。加えて、その父親は駐仏アメリカ大使です。

実は、この他にもう一家あります。トランプ大統領のもう一人の娘、ティファニー嬢と結婚したマイケルの父親、マサド・ボーロス氏です。この人物が、係争中のルワンダとコンゴ両政府の間を取り持ち、今年6月に和平が成立しました。

このように紹介すると、好人物のように聞こえますが、実際には色々取りざたされる人物です。元々はレバノン系移民で、ナイジェリアで財を成した富豪と言われていますが、それほどの財は成しておらず、さらにティファニー嬢との婚約直後にクリシュナ―相手に高級ヨットの取引があったのですが、過剰請求で揉めていると、報じられています。**

さらに、トランプ政権から拝命した肩書は、「アメリカ大統領特別顧問 中東・アフリカ担当」であり、それも「中東」は名目上だとされているにも関わらず、自身の名刺には「大統領特別顧問」とのみ記載し、大分大風呂敷を広げて、周辺を惑わせていたようです。***とはいえ、やがて自分の担当領域は、アフリカのみであることを悟り、「精力的に」活動するようになりました。

さて、ルワンダとコンゴの争いは、1990年代のルワンダ虐殺の延長線上にあります。この事件で、ルワンダで多数民族のフツ族が少数民族のツチ族を虐殺し、ツチ族は周辺国在住のツチ族からの支援を受け、フツ族政権を倒し、現在のカガメ政権を打ち立てました。カガメ政権では、ガチャチャという和解政策を進め、農業改革と情報通信技術(ICT)産業の育成に力を注ぎ、近年「アフリカの奇跡」と呼ばれる経済成長を実現させています。

しかし、片方の部族が政権に就けば、近隣の反対部族は警戒し、隙あれば政権転覆を秘密裡に画策するのは、当然です。コンゴでは反政府勢力と言われても、カガメ政権にすれば、同胞のコンゴ在住ツチ族による武装集団であり、支援対象になるわけで、(そして、その逆の武装集団もあります)コンゴ東部で紛争が続いています。そこで、「支援活動」の代償なのか、実質支配しているコンゴ東部でとれる地下資源が、ルワンダへ流出し、ルワンダ繁栄の財源の一部となっているという批判もあります。****

アフリカの途上国で紛争はよく聞かれるところですが、こうしたことが頻発かつ長期化する理由は、ただ一つ、先進国がほしい地下資源が眠っているからです。中央政府のガバナンスがきちんと機能していない国の地域で反乱、内戦、内紛が長期間あるということは、地域勢力(分かりやすく言えば、戦国大名でしょうか)が地下資源を外国企業に売り払い、その代金で武器を買い、戦いが長期化するのです。

まさに、映画「ブラック・ダイヤモンド」の世界ですが、地域勢力が売るものは、ダイヤモンドだけでなく、金、石油、そして近年レアアース等と多岐に広がります。こうした地下資源の密買は、紛争を延長させることにしかならないという国際世論の圧力はあるものの、中国などあまり欧米の主張に重きを置かない国々が、彼らの顧客リストに載るわけです。そして、資源を効率的に本国に運び出すための鉄道、道路等のインフラ整備を「政府開発援助(ODA)」や「一路一帯政策」の名の下に資金提供します。*****

こうした中国とアフリカ間のズブズブな関係は、中国がグローバルサウスの味方になっている、グローバルサウスは中国の勢力圏下にある、という批判に繋がります。但し、視点を変えれば、アメリカがアフリカ最大の援助国であるにもかかわらず、それほど影響力行使にうまく活用してこなかった、怠慢あるいは無関心がもたらした結果に過ぎません。

結局こうした紛争を解決するには、利害関係者である各武装集団に対し武器の放棄に合意してもらう必要があるのですが、当然タダではありません。何かしらの「アメ」が必要なのですが、ボーレス氏が持ち出したのは、アメリカ企業による投資です。******アメリカ企業が安全に地下資源を採掘するには、当然地上での戦いを止めねばなりません。そこで、アメリカ政府(ボーレス氏)が武装集団のスポンサー的ルワンダ、コンゴ両政府と交渉し、双方の武装集団の武装解除と引き換えに、一定の資金を与え、戦闘部隊は地下資源採掘の労働者として雇用する等の条件が提示され、合意を見たのでしょう。(次に、スポンサールワンダ、コンゴ政府と、支援を受けている武装集団間の利益配分交渉が必要ですが)

もちろん、アメリカ企業による投資に付帯する条件は、表に出せる程きれいな取引内容ではないでしょうし、詳細は全く報じられていません。報じられることがあるとしても、大分先のことでしょう。ボーレス氏が仲介手数料にいくら受け取るかは分かりませんが、功績としては、30年以上も続いた戦闘に終止符らしきものがついたこと、アメリカがコンゴ、ルワンダに眠る、タンタル等レアアースへのアクセス権を得、中国の牙城の一つに楔を打ち込んだこと、これまでトランプ大統領の関心を引かなかったアフリカへ政権の関心を寄せたことが挙げられます。

但し、ボーレス氏は単身で動き、国務省も事前にその行動内容を完全に把握していなかったともいわれていますので、詳細のツメがどこまでなされているか怪しく、また履行のモニタリングをうまく国務省へ橋渡ししないと、現場での和平は成立しないでしょう。

南米:ベネズエラ船舶拿捕
トランプ政権が、12月ベネズエラ政府への圧力を強め、ベネズエラ沖で石油タンカーを3隻拿捕しました。表向きは、麻薬対策と称していますが、NYタイムス紙の報道では、ベネズエラは麻薬製造をしていないし、麻薬経由国であっても、その行先はほとんどヨーロッパであるといいます。よって、真の狙いは、ベネズエラに眠る石油、天然ガス資源にあると言っていいでしょう。********

ベネズエラとアメリカの関係が悪いのは、やはり前大統領のチャベス大統領が、石油資源の国有化をし、アメリカ利権を奪ったからです。その石油収入を社会福祉等に充て、国民の人気を得ていましたが、やがて独裁者にありがちですが、生涯大統領であり続けることを望み、反対意見を弾圧する等して、憲法改正を成功させました。その後チャベス大統領の病死を受け、副大統領であったマドロ氏が大統領に選出され、チャベス路線を継承しています。

これに対し、反対政党指導者にして2025年ノーベル平和賞受賞者であるマチャド氏は、マドロ政権を倒せた暁には、「ベネズエラの石油や天然ガスの資源は、全ての会社に開かれている」と述べ、トランプ政権へ秋波を送っています。よって、マドロ政権を倒せば、ベネズエラ石油利権はアメリカの手に落ちるという皮算用が、働いていると考えられますが、もう一歩踏み込んでみましょう。

すなわち、ベネズエラの最大の石油先は、中国、次いでアメリカなのです。これまで、シェブロン社がベネズエラで合弁会社を設立し、操業するという特権を得ていましたが、この契約は今年5月に打ち切られました。打ち切ってしまえば、シェブロン社の利権は中国に渡ってしまう、という懸念を持ちましたが、政権の目玉である「大きく美しい一つの法案(OBBB)」可決のため、ベネズエラに対し強硬姿勢を求められたトランプ大統領は、この場では妥協しました。*********

そして、しばらく間をおいて「麻薬戦争」の一環という「大義名分」(濡れ衣といった方が正しいですが)の下、中国へベネズエラ産石油が流れないように軍事行動を行ったことになります。さらに、マドロ政権を倒せれば、ベネズエラの国有化された石油は自由化され、恐らく中国の石油会社は顧客リストから外されるでしょう。

これもまた、アフリカの場合と同様、中国の勢力圏にある資源に対し、アメリカが楔を打ち込んだ形ともいえます。資源をキーワードとして、来年以降も世界の動きに、ますます目が離せません。

* “The Trump back channel: how diplomacy works in Washington”, Financial Times, December 16, 2025.
https://www.ft.com/content/05bdc758-7d2e-46bc-bba8-f5858e9b3ad7
* “He Asked Tiffany Trump to Marry Him. Then the Deals Started Coming.”, NY Times, August 21, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/08/21/world/europe/michael-boulos-tiffany-trump-business-deals.html
** “‘Everyone knew it but him’: Tiffany Trump’s father-in-law has seen role diminished since the transition”, POLITICO, May 4, 2025.
https://www.politico.com/news/2025/05/04/massad-boulos-trump-africa-envoy-limited-influence-00324284
*** 「ルワンダ虐殺30年、「奇跡の成長」の功罪 大統領4選へ」日本経済新聞、2024年7月14日。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR140430U4A710C2000000/?msockid=1651d75cd9d062873cc6c753d83a637f
****例えば、”China-Rwanda Relations: A Comprehensive Strategic Partnership”, Africa-China Review, September, 2025.
https://africachinareview.com/2025/09/15/china-rwanda-relations-a-comprehensive-strategic-partnership/
****** “Trump Signs Major Rare Earth Minerals Deal in Africa: What To Know”, Newsweek, June 30, 2025.
https://www.newsweek.com/trump-signs-rare-earth-minerals-deal-africa-2092499
******* “Venezuela’s Oil Is a Focus of Trump’s Campaign Against Maduro”, NY Times, December 16, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/12/16/us/politics/trump-maduro-venezuela-oil-tanker.html
******** “Behind the Seized Venezuelan Tanker, Cuba’s Secret Lifeline”, NY Times, December 12, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/12/12/world/americas/venezuela-cuba-oil-tanker.html
********* “How Oil, Drugs and Immigration Fueled Trump’s Venezuela Campaign”, NY Times, December 27, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/12/27/us/politics/venezuela-trump-maduro-oil-boat-strikes-immigration.html


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!~世界史でゲームのルールを探る~

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東京IPO特別コラム:「不確実な時代の選択:インドの自立外交」

ここ数回「不確実な時代の選択」と題して、今後の日本の将来を考える上で参考になりそうな事例を取り上げてきました。今回はインドを取り上げてみたいと思います。

インドを巡る国際関係
インド外交の底流には、独立インドの初期に生まれた、米中の不信と、独立時からの双子の兄弟、パキスタンとの確執があります。これらをベースに、主にアメリカ、中国、パキスタンが動き、インドが反応する歴史が繰り返されています。その過程の中で、インドは、どの国にも依存しない一方、どの国とでも連携できるフリーハンドを常に模索する、自立外交を展開していると言えます。

独立後、インドはネルー首相の下、非同盟外交、東西陣営のいずれでもない「第三の道」を模索した姿が連想されやすいですが、実はそうでもありません。アメリカからの同盟関係を断ったインドは、アメリカがパキスタンと、相互防衛援助協定(MDA)という、準同盟ともいうべき軍事協定を結んだことに不信感を募らせます。こうした準同盟関係では、パキスタンは、最新ではないにせよ、アメリカ製新型兵器を輸入できることは簡単に想像できます。

そのため、インドはソ連に傾きます。冷戦期には、新型兵器の入手ルートは、米ソのいずれかの陣営からしかありません。そして、インドでは計画経済を導入し、パキスタンと武器や軍事技術面で負けないように、ソ連から輸入することになります。

また、インドとパキスタンの間では、冷戦期に3回戦争が発生していますが、その都度インドはソ連に頼り、インドに対する非難決議が可決されないよう根回しをし、ソ連が否決するのです。当然のことですが、国力の差が歴然としているパキスタンとの紛争に関し、インドは、インドとパキスタンの当事者のみでの解決を望み、パキスタンはそうはさせじと、紛争を国際問題化しようと画策します。

一方、中国に関しては、当初インドのネルー首相と中国の周恩来首相とが、「平和五原則」を提唱し、反植民地主義、平和共存等を訴え、1955年にはバンドン会議でアジアとアフリカ諸国による結束を呼び掛けており、関係は決して悪くありませんでした。

しかし、やがてイギリス植民地時代に設定されていた、中国とインド間の国境線について中国側が同意していなかったため、中華人民共和国政府もその立場を継承しました。さらに中国がチベットを併合し、チベット仏教の宗教的リーダーであるダライ・ラマ14世がインドへ亡命したこともあり、1962年には中印国境紛争が発生し、中国の圧勝に終わりました。しかし、これで国境問題が解決したわけではなく、国境を巡り、最近でも2020年に流血を伴う武力衝突が発生しています。

そうした緊張関係があれば、中国がパキスタンに接近するのは、理の当然です。孫子流に言えば、「遠交近攻」、中東流に言えば、「敵の敵は友」といったところでしょうか。ちょうどインドに振られたアメリカが、パキスタンに接近し、対してインドがソ連に接近するのと同じ論理です。

こうした経緯により、インドの対中、対米不信感はぬぐえません。そうした姿勢を反映してか、インドが定期的に首脳会議を行う相手国は、現在ロシアと日本のみと言います。*

目まぐるしい米中印間の駆け引き
とはいえ、ユーラシア大陸にあって、今時アメリカや中国と没交渉でやっていける国などありません。いくら中国並みの人口を抱え、経済ポテンシャルが大きく、2029年にはGDPが米中に次ぐ世界第3位(IMF見通し)になろうというインドであっても、です。

インドは、単体でアメリカや中国と対抗できるわけではありません。いずれかの国をけん制するには、他方の国と接近するしかありません。また、国益につながることであれば、積極的に接近する姿勢も見せます。例えば、近年以下のような外交が展開されました。

まず、中国の一帯一路政策には、複雑な行動を取ります。

海路については、2000年代、中国は中東から中国までの海上ルートが米海軍の制海権下にあることを懸念し、自らこのシーレーンを防衛できるよう、要所要所に自らの軍港を建設しようとしました。いわゆる「真珠の首飾り」作戦で、パキスタンのグワダル港、スリランカのハンバントタ港、ミャンマーのチャウピュー港を自由に利用できるようにしています。

これは、インドからすれば、自国の庭のようなインド洋に中国海軍が頻繁に出入りするようになったことを意味し、それまでインドは強力な海軍を持つ必要性を感じていませんでしたが、ライバル視している中国の行動を見て、警戒心を募らせました。

こうした背景もあり、インドは、それまでの緩やかな組織体であった日米豪印間の戦略対話(クアッド)を、他メンバーの対中警戒心に共鳴し、2010年代後半に強化させ、「自由で開かれた」(意訳すれば、中国に独占的優位性を与えない)インド太平洋を強調することで、中国を4か国でけん制しようと団結します。

その一方で、陸路の方では、インドは一帯一路構想の一部である、中国パキスタン経済回廊(中国、パキスタン間の高速道路や鉄道等のインフラや、発電所等に中国が多額の投資を行う計画)に反対しました。理由は、印パ間で問題となっている国境のカシミール地方を通過するように予定されているからといいますが、中国の影響力がさらに高まることを懸念しているわけです。

しかし、その構想の要となるアジアインフラ投資銀行(AIIB)には、インドはちゃっかり加盟し、融資額は加盟国中で中国に次ぐ第2位であり、副総裁のポストを得ると共にAIIBの2017年融資先では、首位であったといいます。**

その後の2020年に再度、中印国境付近で軍事衝突が発生しました。すると、インドは中国に対し、TikTok等の中国製アプリを使用禁止にし、通信などの分野で中国企業の入札を禁止し、さらには中国製品のボイコットを呼びかけました。***とはいえ、インドにとり、中国は最大の貿易パートナーですので、深刻な影響は出ません。こちらもまた、抑制された反発です。

その後、第二次トランプ政権が始まり、米印関係は良好かと思われましたが、今年に入り、風向きが少々変わってきました。今年5月に印パ間で発生した武力衝突は、両軍の抑制により鎮火しましたが、これをトランプ大統領が自ら「仲裁」したと発表しました。印パ紛争を国際化させるような発言が、インドを激怒させたのは、いうまでもありません。

7月にはブラジルで開催されたBRICSサミット会議(このサミットに対し、トランプ大統領は不快感を示しています)にモディ首相が出席し、会議場では主役の習近平主席、プーチン大統領の不在の中、モディ首相の存在感が際立つ結果になりました。すると、8月にはウクライナ戦争の仕掛け人であるロシアから戦争継続資金を与えているとして、トランプ大統領は、インドのロシア産エネルギーや武器輸入を非難し、関税を50%に引き上げました。

そこで、8-9月に、2020年以来国境紛争により疎遠になっていた、中国の天津で開かれた上海協力機構(SCO)サミットに、モディ首相が出席し、緊張緩和が話題となりました。2度にわたる中ロへの接近の演出に刺激されたか、トランプ大統領の10月アジア歴訪中に、米印間で10年間の防衛協力枠組みが更新されました。元々、7,8月に更新予定でしたが、トランプ大統領による「仲裁」に不快感を持ったインド側が延期していたのでした。これにより、F35戦闘機等、アメリカ製兵器購入が可能になるとの見通しが立ち、その見返り?として、インドもアメリカ産エネルギー輸入に前向きな姿勢をみせるようになったと報じられています。****

自立外交はサスティナブルか?
インドは、なるべくアメリカにも、中国にも依存せず、適度に距離感を保ちつつ、できるだけ自立し、泣き所のパキスタン問題には他国に干渉されたくない、という外交方針を取り続けています。

もちろん、こうした外交はどの国にもできる芸当ではありません。インドのように経済ポテンシャルが大きく、地政学的に中国にも近く、対中包囲網を形成しようとする欧米の思惑に応えられるようなポジションにある一方、冷戦期にアメリカとの同盟を拒否し、独自色を貫こうとする強い意志と前科?もあります。

よって、1極が強大ではない、多極化の世界では、一つの地域大国として、他の大国も無視しえないポジションを持ち、誰とでも提携でき、提携を断ることができる、フレキシブルな外交は、ある意味理想かもしれません。(通常でしたら、米中双方から嫌われ、相手にされないでしょう。)

確かに、多国間のバランスを取り続けるのは難しいです。前述の通り、様々な国がそれぞれの思惑で動き、それらに適切にタイムリーに反応しなければなりませんし、それなりの図太さも必要です。ですが、それができるのであれば、国家存続の観点からは、良しとすべきでしょう。

但し、問題は、常に相手の思惑を理解し、自国利益最大化に向けて動き続ける、リアリストたちの無限闘争ループから自力では抜け出せない、すなわち、ポスト・多極化世界を切り拓く力はない、という点でしょう。

多極化世界は、常に物事が流動的で、力がよりモノを言い、弱い者の道理が通らず、そのはけ口がテロリズムのような暴力の形しかなくなり、より不安定かつ紛争が多くなることが予想されます。ですので、少なくとも初期の多極化世界の混乱期から安定期に向けて、革命的に新しい国際協調が、産まれなければなりません。現在の国連や傘下の国際機関が担うことは難しいかもしれませんが、そうした時代の先にも目を向けられる視野の広さ、新しいビジョンが必要なのではないでしょうか。そうでなければ、パラダイム・シフトが起き、ゲームのルールが変わった時、後手に回り、大負けするリスクがあります。

* 堀本武功著「インド 第三の大国へ」
** 堀本武功・村山真弓・三輪博樹編「これからのインド」
*** 熊谷 章太郎、「反中感情が高まるインドのジレンマ ~容易ではない中国経済依存からの脱却~」、日本総研ホームページ、2020年7月14日。
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchfocus/pdf/11947.pdf
**** “India-US sign 10-year defence pact amid tariff turmoil”, BBC, October 31, 2025.
https://www.bbc.com/news/articles/c5y0qz701xeo


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!~世界史でゲームのルールを探る~

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東京IPO特別コラム:「不確実な時代の選択:トルコの積極外交」

クルド人の敗北
世界がガザに注目する中、もう一つ敗北した少数グループの武装組織があります。それはクルディスタン労働者党(PKK)です。日本ではほとんど報じられませんが、クルド人も、過去40年以上、大国の狭間で独立の夢を胸に戦ってきました。

パレスチナ人と同様、クルド人も、「国家」を持てなかった人々です。現代の分布では、トルコの南東部、イラク北西部、シリア北部という、3か国にまたがるエリアに住む人々です。地図で見れば一か所なのですが、周辺民族がそれぞれ「国境線」を彼らの居住区の上に書いてしまったものですから、3分割される形になってしまいました。

そして、少数グループの悲しさで、各国の社会に溶け込もうにも、多数派の理解を得られず、同化政策を採用しがちで、差別されます。そこで、独立運動が始まるわけですが、当事国政府にとっては、反乱にしか映らず、攻撃対象になってしまいます。例えば、サダム・フセイン大統領時代のイラクでは、独立運動への報復措置として、クルド人居住区のハラブジャ市へ1988年サリン等化学兵器を撒き、数千人もの住民を殺害した事件がありました。(その後、イラク戦争時アメリカに積極的に協力したことへの恩賞として、独立国家という話もありましたが、現在は自治権を得た状態になっています。)

トルコ在住のクルド人の場合、トルコ総人口の15-20%と言われています。これだけいれば、それなりに存在感はあります。そこで、同化政策が強化された1970年代後半、アブドラ・オジャランがPKKを設立し、やがて武力闘争に入ります。PKKは、トルコ国内のみならず、同胞のクルド人のいるシリアやイラクにも拠点を構え、「国際テロ組織」になります。

そんなPKKが、2025年5月解散・武装解除し、今後はトルコ民主政治の中で、平和裏に自治獲得に向けて動く選択をしたのでした。*なぜでしょう?

トルコ・イスラエルの密約?
直接の敗因は、ハイテク兵器です。ドローンによるリモート攻撃が功を奏し、ここ数年でトルコ軍が壊滅的状況に追い込んだからです。**しかし、その背景には、通信ネットワークの暗号化解除等の技術により、軍事拠点や主要リーダーの所在が正確に把握できたことがあるでしょう。

そしてこの手口、どこか聞いたことがありませんか?イスラエル軍がハマスやイランに対して行った手法そのものです。これは、イスラエルとトルコの協力関係を物語っています。

しかし、トルコは、イスラエルのガザでの悪行を非難し、2024年11月から国交断絶している関係です。そんなトルコが、秘密裡にイスラエルからハマスに対して使っている技術を入手し、自国の反乱分子に使用しているわけですから、通常では考えられないことです。通常なら、イスラエルが、国交断絶しているトルコに虎の子のハイテク技術を伝授するはずがありません。

では、秘密裏に何があるのでしょうか?カギは、シリアにあります。

シリアは、トルコの南、イスラエルの北に隣接しています。2011年のアラブの春を契機として、反アサド独裁政権派とシリア政府軍によるシリア内戦が始まりました。この混乱状態に乗じて、イスラエルは、シリア南部にあるヒズボラやイランの軍事施設に対し、攻撃を行っていました。当然、イランの影響力下にある(ヒズボラやハマスが軍事拠点を置ける)アサド政権は排除したいわけで、反政府勢力を支援する形になります。そしてようやく、2024年アサド大統領がロシアに亡命し、アサド政権は倒れました。さらに、シリア全体からヒズボラやイランの影響力を排除すべく、イスラエルは今年7月には首都にまで平気で空爆してきます。

一方、トルコはシリア内戦による難民を300万人以上抱え、かつシリア北部でクルド人と戦っているわけです。そのクルド人も反政府派の一部で、クルド人居住区を自治している状態です。また、シリアの多数派はイスラム教スンニ派ですから、同じ宗教の隣国、トルコの影響が強くなることが考えられますし、クルド人との戦いを考慮すれば、シリアでのクルド人を排斥する方向にもっていきたいところでしょう。

そして、こうしたトルコの思惑に対し、イスラエルは警戒心を高めます。トルコと国交断絶しているわけですし、イランのようにアメリカの軍事力を背景に一戦を交えるわけにはいきません。なぜなら、トルコはNATOの一員あり、アメリカも同盟国同士の戦いには反対するからです。

そういう悩ましいところをうまく仲介したのが、アゼルバイジャンです。実は、アゼルバイジャンは、産油国に囲まれているのにどの国からも石油を売ってもらえないイスラエルへ石油を輸出し、イスラエルから武器を輸入するという、Win-Winなビジネス関係にあります。また、アゼルバイジャンからトルコ経由で、ヨーロッパに輸出する天然ガスパイプラインがあり、トルコにとっても、そのパイプライン通行料とアゼルバイジャンから供給される天然ガスは重要です。よって、アゼルバイジャンは、イスラエルにとってもトルコにとっても、大事なビジネスパートナーなのです。

このアゼルバイジャンによる仲介により、トルコとイスラエルは、2025年6月にシリアで両軍が衝突しないため、ホットラインを開設するに至ったと報じられました。***そういう状況が作られれば、そこから発展し、イスラエルがトルコにPKKを壊滅する秘策を与えたと考えられます。

では、その代償にイスラエルが得るものは、何でしょう?恐らく、シリアへの発言権でしょう。トルコやシリアにクルド人が軍事行為を仕掛けてこなければ、トルコにすれば、シリアに対する発言権を持つ必然性は、大幅縮小します。

ちなみに、アゼルバイジャンは、この緊張緩和でシリア内の平和を見通せたため、トルコ経由で天然ガスをシリアに輸出することになりました。****まさに、三方良し、の取引です。

「不確実」を「確実」に持っていくトルコの努力
そうだとすれば、トルコがシリアへの発言権を手放す決断をしたことは、興味深いです。イスラエルは、自国の安全保障を盾に平気で近隣諸国を空爆できる国です。そんな国とトルコの間のシリアは、格好な緩衝国であり、ある程度発言権を残しておきたいはずです。しかし、国力的には、イスラエルと鍔迫り合いを続けるのは難しいと判断したのでしょう。

加えて、2014年から約20年間大統領を務めてきたエルドアン大統領の人気に、陰りが見えています。そのため、任期延長を望むエルドアン大統領が、憲法改正に必要な2/3以上の議員票を集めるため、クルド人の支持獲得が必要とし、今回のPKK解散と引き換えに、クルド人の受け入れに応じたと報じられています。(詳細は不明です)*****

とはいえ、クルド人問題の解決は、地域安定にとって大きな業績です。実際、7月イラク北部で武装解除の第一段階が開始されました。その後、PKKは10月にPKK兵士たちをイラクへ撤退させると、発表しました。これはトルコ政府が約束を違え、トルコ民主政治の中にちゃんとクルド人を取り込まない、わざと取り込むためのプロセスを遅らせるなどの小細工に対する牽制手段を持つための措置でしょう。******

このような逃げ道を相手に許せるのは、トルコの余裕を感じさせます。ハマスにまともな選択肢を与えないイスラエルとは、大違いです。

さらに興味深いのは、他にも地域安定に向けて仲介役を、トルコが買って出ている点です。ウクライナ戦争、パレスチナ問題でも、仲介の一員であることは有名ですが、他にも、最近アフガニスタン・パキスタン間の諍いにも仲介の労を取っています。

実は、今年10月からアフガニスタンでの爆発事件がパキスタンによるものとして、タリバンがパキスタンを非難する一方、反パキスタン勢力であるパキスタン・タリバンがアフガニスタンに潜伏しているのに、アフガニスタン政府が取り締まれないことでパキスタン政府がアフガニスタン政府を非難する状態から、国境付近で小規模な戦闘が発生し、双方の死者数は約300名に上りました。これに対し、トルコとカタールが仲介役として、和解に向かわせています。*******

自国の名をあげ、自身の名誉欲も満たしたい心はあるでしょうが、不確実な時代だからこそ、自力で不確実要素を減らす努力は、注目に値します。未来は自分で作るもの、身の丈を知り、できることはやろう、そういうメッセージが読み取れるのではないでしょうか。お金さえまけば、大国扱いしてくれる、と思い込んでいた日本外交も、もはやそれほど余裕はなく、困っている人々のために汗をかくのも、地域貢献ではないでしょうか。

* 「クルド人武装組織PKK、武装闘争の終結と解散表明 40年以上闘争」AFP、2025年5月13日。https://www.afpbb.com/articles/-/3577442
** Nancy Ezzeddine, “Q&A | Disbanding the PKK: A turning point in Turkey’s longest war?”, ACLED website, May 22, 2025.
https://acleddata.com/qa/qa-disbanding-pkk-turning-point-turkeys-longest-war
*** “Azerbaijan engaged in quiet diplomacy between Turkey and Israel to defuse Syria tensions”, The Time of Israel, June 3, 2025.
https://www.timesofisrael.com/azerbaijan-engaged-in-quiet-diplomacy-between-turkey-and-israel-to-defuse-syria-tensions/
**** 「アゼルバイジャンの天然ガスがトルコ経由でシリアへ供給開始」、JETROビジネス短信、2025年8月14日。
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/08/8186483b992b79af.html
***** “A half-century insurgency in the Middle East may be ending. Here’s why”, CNN, February 28, 2025.
https://edition.cnn.com/2025/02/28/middleeast/turkey-pkk-insurgency-middle-east-explainer-intl/index.html
****** “Kurdish PKK announces it is withdrawing fighters from Turkiye to Iraq”, Al Jazeera, October 26, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/10/26/kurdish-pkk-announces-its-withdrawing-fighters-from-turkiye-to-iraq
******* “Pakistan and Afghanistan agree to maintain truce for another week: Turkiye”, Al Jazeera, October 30, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/10/30/pakistan-and-afghanistan-agree-to-maintain-truce-for-another-week-turkiye


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
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東京IPO特別コラム:「人命は「空飛ぶ宮殿」よりも軽い?」

今年10月イスラエルとハマスの間で休戦協定が成立し、ハマスからはイスラエル人の人質が解放され、イスラエルからはパレスチナ人の拘留者が解放されました。また部分的にイスラエル軍がガザ地区から撤退し、長らく待たれた人道支援が細々と入るようになりました。

一見めでたいことですが、ここでは3つの「なぜ」を投げかけ、考えてみたいと思います。

「なぜ」今なのか?
イスラエル人人質は2023年10月から拉致されていますが、イスラエル・ハマス間で停戦協定が生まれそうなタイミングは、何度かありました。しかし、その都度イスラエルが潰してきました。そのため、多くの人々は疑いの眼を向けていたわけですが、なぜ今回は成立したのでしょう?

きっかけは、イスラエルによるカタール空爆です。これにより、ますますアメリカは地域安全を保障してくれる国ではないという認識を、中東の人々は強め、サウジアラビアはパキスタンと軍事協定まで締結しました。

通常こうした政治的にセンシティブな事柄については、ネタニヤフ首相はツーカーの仲であるトランプ大統領に個人的に伝えるべき内容ですが、今回敢えて行っていません。但し、アメリカ・イスラエル軍間のコミュニケーションはあったようで、トランプ大統領は米軍高官から報告を受けたと言います。そして、トランプ大統領は、不満を隠さなかったと報じられています。*

その後、アメリカ・ファーストを掲げるトランプ大統領にしては珍しいことですが、10月カタールへの攻撃はアメリカへの攻撃とみなすという、異例の大統領令を出した上、ネタニヤフ首相からカタール首相へ、同空爆が民間人を巻き添えで死亡させたことに対し、謝罪がありました。(同盟国という面では格上のヨーロッパ諸国には、あんなに辛く当たるのに。。。)

ちなみに、大統領令は法律と異なり、署名した大統領の任期中に限り有効な指示書です。次期大統領が署名しなければ、その時点で失効します。他国との条約締結や戦争宣言には、米議会の承認を必要としますが、急を要する、または議会の承認を得られそうにない案件には、歴代大統領はこの手を使います。

さて、この大統領令は、イスラエルは二度とカタール国土を攻撃しないという約束ですが、これを実現させるには、イスラエルのコミットメントと、その攻撃口実を潰さなければ、米軍派兵が要求されかねません。そして、それはトランプ大統領が最も避けたい事態です。では、イスラエルの攻撃口実とは何かといえば、パレスチナ問題への解決への道筋をつけることに外なりません。しかし、何度も行われては破綻した経緯があります。

失敗の本質は、イスラエル政府がパレスチナと共存する意思を持たないからですが、時々アメリカからの強い圧力を受け、パレスチナ側が反対するような条件を付けた「計画」を練り、パレスチナ側に断らせる、あるいは一時的に受け入れても、破綻するように仕組まれているわけです。それでも、アメリカは往々にして、和平を「演出」し、世界に楽観ムードを誇大宣伝することで満足します。

そして、再び過去の失敗を繰り返すべく、トランプ大統領は10日間程度で「20か条の平和計画」なるものを作成し、まずは一番簡単な人質交換が実現されました。

なぜトランプ大統領はアメリカ・ファーストを貫かなかったのか?
過去カタール王室から、「空飛ぶ宮殿」を賄賂にもらったからでしょうか?トランプ不動産がカタールにゴルフリゾートを計画しているからでしょうか?政治家である前にビジネスマンであるトランプ大統領の場合、このCNN説**は、確かに否定し難いのですが。。。(類似の俗物的な側面から、ノーベル平和賞がほしいから、という理由を挙げることもできます)

一応、まともな理由も、いくつか考えられます。今後対中政策を考える上で、アメリカの同盟国の協力が必要であり、あまりにアメリカが頼りない同盟国というイメージは、早期に打ち消さないと、必要な時に充分に同盟国の協力を得られないリスクが、あります。

また、その後トランプ大統領が中東にもたらしたいイスラエルとアラブ諸国、最終的にはサウジアラビアとの国交樹立の実現には、カタールの怒りは至極当然すぎる障害物であり、素早く対応することで、カタールや近隣アラブ諸国の怒りを鎮めようとしたとも考えられます。

あるいは、対ロ政策、または来年の中間選挙に向け、これ以上の原油価格高騰に向けて動かないように、協力を得たかったかもしれません。ロシアは中東産油国の協力があればこそ、原油価格が高止まりとなり、エネルギー資源を売るしかないロシアの、ウクライナ戦争継続に大きく貢献しているわけです。よって、中東産油国がこぞって減産しないというメッセージは、アメリカ主導の経済制裁(これ以上強化しても実質的な効果がないレベルまで来ています)よりも、ロシアにとり大きなダメージとなります。そして、原油高騰が起きないことは、来年の中間選挙にもプラスに働きます。

しかし、これらトランプ大統領の思惑は、前々からあるわけで、必要条件であっても、充分条件ではありません。

そこで、別の角度から検討してみましょう。

なぜネタニヤフ首相は和平に応じたのか?
ネタニヤフ首相は、上記に挙げたようなトランプ大統領の都合で、停戦に応じるものでしょうか?今までの経緯からして、納得感はありません。ただでさえ、自国民の人質の人命優先を求める声に応じず、ひたすら自らの政権維持(諸々の汚職スキャンダル訴訟を延期)のため、「戦争」を利用してきた人物です。トランプ大統領やその中東特使、ウィットコフ氏が、イスラエル国内でネタニヤフ首相を持ち上げても、イスラエルの聴衆がブーイングや不賛同の意思を示した事でも、明らかでしょう。

このような人物が、和平に応じるとすれば、汚職スキャンダル訴訟に勝てる自信を得られたか、もっと大きな悪企みの一環か、のいずれかしかないでしょう。前者は、国際社会の非難を無視して2年も戦争を継続していたわけですから、その可能性はまずないわけで、もっと大きな悪企みがあるのではないかと、危惧しています。

では、もっと大きな悪企みとは何があり得るでしょう?

ヒントは、「20か条の平和計画」にあります。この計画はパレスチナ人にとって、過酷です。まず、自治政府を立ち上げるといっても、主な団体-パレスチナ解放機構(PLO)、ハマス、ファタハ等-は、政治主体として政権入りを許されていません。いったんこれらの組織を解体したことにして、名称を変えて新政党を作ろうとしても、主だったリーダーの大半は、既に死亡しているか、イスラエルの獄中でしょう。(当然、こういう人々は解放されません)

そういう状況下で、本当に選挙できますか?パレスチナ人同士で、誰をリーダーとするかで、色々議論が必要であることは確かです。

次に、「第二段階」とされるハマスの武装解除ですが、どこまで実現可能でしょうか?一応、武器をイスラエル軍に差し出した者には恩赦を与えパレスチナに残れます。あるいは国外に流浪に出るという選択もあり、その場合は、二度と祖国に戻れないと言います。

しかし、何度も約束を違え、人権侵害も甚だしい虐殺や拷問を平気で行う、イスラエル政府を、誰が信じるというのでしょう?部分的には武器の明け渡しには応じられても、完全には無理でしょう。素直に武器を明け渡し、その場で射殺されない保証はどこにもないのです。既に、イスラエル人の人質を全員解放し、武器まで明け渡しては、イスラエル軍の横暴に対抗する術は、もはやありません。実際、イスラエル軍が無辜のパレスチナ人を殺害し、人道支援の流入も制限しているという報道がなされています。

一方、全く応じないとなれば、ハマスが第二段階の約束に違反したとして、イスラエル軍とアメリカは再び、戦争状態に戻ります。そうしたジレンマを分かった上で、ハマスやパレスチナ人の一般市民は、常にイスラエル軍に爆撃されず、夜防弾チョッキを着ずに安眠し、朝目覚める日々を選択したわけです。

こうした状況下、ハマスが武器を隠し持っていることが判明する、あるいは第三のインティファーダが発生し、無辜の民が投石等で戦い始めるのは、正直時間の問題です。ある程度ハマスは武器を明け渡すでしょうから、その接触の過程でイスラエル軍が知らないハマス拠点も明らかになるでしょう。何せ、2年も経て生存しているイスラエル人人質20名の行方は、とうとう最後まで分からなかったのですから、まだ相当数あるのでしょう。

そして、その頃までには散り散りになっていたパレスチナ市民は、また都市に集まるでしょう。これは、攻撃対象が集まっている状態ともいえます。バラバラに潜んでいるパレスチナ市民の隠れ家を一つ一つ見つけ出し、攻撃するより、はるかに効率よく殺害できます。しかも、その頃までにはハマスが武器をある程度明け渡し終わっているでしょうから、抵抗力は従来よりも小規模になるでしょう。そうやって、あわよくば全滅させたい、そんな計画を練り、心にもない和平に合意したのではないか、とも考えられます。

そうなることが見えているから、ネタニヤフ首相は、トランプ大統領の顔を立て、和平に応じたのでしょう。汚職スキャンダル訴訟にしても、そうすぐに投獄されることはありません。裁判中に戦争再開になれば、再び戦時内閣として裁判を中断し、政権続投すればいいわけです。

このように考えれば、全て辻褄が合うのですが、和平が続くことを祈るばかりです。

* “Once Again, Israel Leaves Trump in the Dark as It Conducts a Military Attack”, New York Times, September 9, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/09/09/us/politics/israel-trump-gaza-qatar-bombing.html
** “Why Trump’s pledge to defend Qatar is so extraordinary”, CNN, October 1, 2025.
https://edition.cnn.com/2025/10/01/politics/qatar-pledge-trump-analysis


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

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東京IPO特別コラム:「不確実な時代の選択:サウジ・パキスタン相互防衛協定」

イスラエル政府にもはやブレーキはない
実に、イスラエル軍は留まるところを知りません。敵対するフーシ派攻撃のため、イエメン国内まで空爆したのにも飽き足らず、パレスチナでの平和交渉のため訪れていたハマス交渉人を殺害するため、仲介国であるカタールにまで空爆しました。ここまでくると、尋常ではなく、恐らく自ら止められない状態にまで来ているようです。

ネタニヤフ首相自身も右派ですが、イスラエル政界には、それ以上に右寄りの極右派がいます。彼らの支持母体には、正統派、超正統派と呼ばれるユダヤ教集団が含まれます。イスラエル人口の多くは世俗的であり、熱烈な信徒は人口比率でいけば大きいものではないのですが、世界中のユダヤ人から多くの支援を受け、非常に大きな政治的発言権を持っています。

宗教の世界には、現世との妥協点などありませんし、今や地域随一の軍事大国ですから、自信過剰となり、怖いもの知らずで、野放図に戦域を拡大していっています。こうした様は、1930年代の日本に近いものがあるように思えてなりません。当時は日本も周辺では随一の軍事大国であり、海軍と陸軍との調整も、国力と軍部の要請とのバランスを考えることもまともにできず、とめどなく続く軍部の暴走を止められず、刹那的な利益を一握りの財閥や軍人が享受し、破滅に向かっていきました。原因が宗教にせよ、軍種間調整不能にせよ、他者の眼からしたら異常な行動であることが、国内にいる人々にはわからない、感覚麻痺している点が、既視感(デジャヴ)のように思えてなりません。

卵は常に一つのバスケットに入れてはならない
「卵は常に一つのバスケットに入れてはならない。」これは投資における有名な格言ですが、究極のリスク管理である国家安全保障でも、肝に銘ずべき点であることは言うまでもありません。

この格言を最近実行宣言した国があります。それが、今年9月にパキスタンと相互防衛協定を締結したサウジアラビアです。

日本同様、アメリカの軍事力の庇護の下生きてきたサウジアラビアですが、イラク戦争の失敗やアフガン戦争からの撤退を目の当たりにし、自ら軍事費を引き上げていっていました。しかし、緊迫したイスラエルとイランの間に、地理的にも政治的にも挟まれているサウジアラビアが、隣国のイエメンやカタールの空爆を見るにつけ―しかもこれらの行為はアメリカの了承の下行われています―、防衛費増強以外の対策を模索するのは、理の当然です。

イエメンはサウジアラビアとは異なるシーア派人口が多く、同派の雄であるイランの息がかかっている国であればまだしも、サウジアラビアと同様米軍基地(しかも、中央軍司令部)を国内に擁し、かつアメリカも関与しているイスラエル・ハマス交渉の仲介をしているカタールへ、イスラエルが空爆を行えるのです。ハマス幹部がサウジアラビア国内に潜伏しているという情報がイスラエルに入れば、イスラエルはサウジアラビア国内への空爆を躊躇しないということになります。従来、イスラエルはアメリカが抑えることになっていたのに、今ではあべこべにイスラエルが主導し、トランプ大統領が引っ張られている感さえあります。

では、アメリカ以外でサウジアラビアの庇護者となり得る国といえば、数は限られます。イランが頼みとしていたロシアも、対イスラエル戦ではほとんど支援しなかっただけに、何とも頼りありません。ヨーロッパも、ユダヤロビー力が衰えたとはいえ、アラブロビー力よりも依然強いことには変わりはありません。

中国は、民主党政権、共和党政権のいずれにおいてもアメリカが警戒する相手ですから、露骨に対米関係を悪化させてしまいますから、あまりいい選択ではありません。アメリカやその他アジア諸国を警戒させるという意味において、北朝鮮も同じなので、論外です。

すると、残る核保有国は、インド、パキスタンとなります。確かにインドも悪い選択肢ではありません。しかし、同じイスラム圏のパキスタンと冷戦(時々熱戦)関係にありますし、インドの経済的ポテンシャルや人口の多さ等から、サウジアラビアの手に負えない相手になりかねませんし、米印関係も落ち着いていませんから、これまた対米関係を考える上で政治リスクになり得ます。

一方、パキスタンにとって、サウジアラビアは独立直後に国家承認した数少ない国の一つです。1951年から友好条約を結び、軍事協力もその頃から始まり、1967年から約8000名のサウジ兵に軍事訓練を施したと言われています。*長い付き合いのある国だから、信頼できると評価したのでしょう。

他にも、パキスタンが核兵器を保有する理由が、隣国インドとの対抗上必要だからであり、インド以外に他国を警戒させるような軍事大国を目指すような野心も見えませんし、アメリカや他国を過度に刺激しないであろうと、計算したのでしょう。要は、純粋な「核の傘」とカネの商取引です。

いいことずくめの選択肢はない
もちろん、これにはリスクが伴います。第一に、パキスタンと軋轢のあるインドが、警戒します。いざインドとパキスタンが交戦する場合、サウジアラビアが潤沢なオイルマネーで購入したアメリカ製の最新兵器類を供与されても困ります。また、本来インドに向けた、実質埋没コスト(サンクコスト)に等しい核兵器から、何かしらの経済的利益を得ることで、日ごろからさらなる軍事費増強につながる可能性があります。

しかし、よくよくサウジアラビアからインドへ説明があったのでしょう。インド側は、事態を注視するという冷静なコメントが報じられるのみです。

第二に、アメリカがこの事態をどう評価するかです。明らかに、アメリカの核の傘はあてにならない、というメッセージが込められています。(サウジアラビアもパキスタンも、公式には何年もの協議の結果と言います。それはその通りでしょうが、調印のタイミングは明らかに選ばれているはずです)

パキスタン程度なら黙認するという選択肢は、あります。トランプ大統領がいうところの、同盟国の米軍依存度低下につながる政策であり、大きな脅威を生むものではないと強弁できなくもないです。

しかし、サウジアラビアへの核拡散の容認となりますし、中東地域唯一の核保有国イスラエルの立場は揺らぎます。加えて、既に今年1月にサウジアラビアは、ウラン濃縮計画を発表しています。自国産のウランを濃縮した上で輸出し、ビジネス化したいと報道されています。**(サウジアラビアのウラン埋蔵量ははっきりしておらず、日本原子力産業協会等の資料にも世界ランキングトップ10には入っていませんが、一説には世界の17%ともいいます。)

懸念としては、濃縮ウランをパキスタンへ輸出し、そこで核兵器化し、闇ルートでどこへ輸出されるか分からない状態になりかねません。過去、パキスタンの核の父、A.Q.カーン博士が築いた核技術の闇取引ネットワークが、簡単に想起されますから、核拡散という観点からは問題です。

とはいえ、核保有国のイスラエルが核「未」保有国のイランを攻撃した、今年の12日間戦争を考えれば、不確実な時代、もはや核不拡散を求めること自体が、無理でしょう。であれば、国際原子力機関(IAEA)を中心に、サプライチェーンの国際管理システム(輸出元・輸出先が、核関連製品がテロ組織等世界の脅威となる団体へ流れないように管理する)を構築する方向に向かわざるを得ないでしょう。

第三に、サウジアラビアとパキスタンという組み合わせから、イスラム教徒連合という見方が可能です。冒頭でイスラエル政界にユダヤ教団体の影響力が強いというお話をしましたが、彼らがそのように受け取り、周辺のイスラム教徒が団結するなら、ますますユダヤ教の名の下にイスラエル国民の結束を図るべきだと考えてしまうリスクがあります。(あるいは、それを口実にして結束を求める可能性があります)

そして、ユダヤ教徒の結束のシンボルとは何かと言えば、第三の神殿です。ソロモン王がその昔エルサレムに建設し、後に同じ地に第二の神殿が再建されましたが、イスラム教徒の領地になった後、岩のドームが建設されています。これもまた、イスラム教徒にとっての聖地です。(創設者ムハンマドがそこから昇天したということになっています)

よって、岩のドームを破壊か移築するようなことがあれば、イスラム教徒は激怒し、宗教戦争になるのではないか、という悪夢のシナリオが、昔から言われています。これを政治利用して実現させ、ますます戦域を拡大しようという悪い考えが、実行されませんように。

なお、ユダヤ教的には、第三の神殿はメシア到来の予兆と考える向きがあります。一方、キリスト教では、第三の神殿は反キリストが建設するものであり、それは世界への大惨事を招いた後キリストが降臨し、悪を倒し、千年のキリストによる統治が行われるということになっており、それを信じる人々がいます。そのため、キリストによる統治を歓迎する意味で、その実現を期待する人々もいるということは、知っておいてよいでしょう。

とはいえ、日米同盟にのみ依存する日本にとっては、こうしたサウジアラビアの行動は、不確実な世界を生き抜くための対策として、一つのアイディアを提示するかと思います。よくよく考えるべきでしょう。

* “‘Watershed’: How Saudi-Pakistan defense pact reshapes region’s geopolitics”, Al Jazeera, September 18, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/9/18/watershed-how-saudi-pakistan-defence-pact-reshapes-regions-geopolitics
** “Saudi Arabia announces plans to enrich and sell uranium”, Al Jazeera, January 14, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/1/14/saudi-arabia-announces-plans-to-enrich-and-sell-uranium


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!~世界史でゲームのルールを探る~

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東京IPO特別コラム:「12日間戦争後の米欧サウジの駆け引き」

トライアングル同盟とパレスチナ国家承認
今年7月に、ヨーロッパがちょっとした驚きを2つ発表しました。1つが、ケンジントン協定という、イギリスとドイツの間で締結された、相互防衛を約束する軍事同盟です。もう一つは、イギリスとフランスによるパレスチナ国の承認です。

ヨーロッパとアメリカの間には、既に北大西洋条約機構(NATO)という軍事同盟があり、アメリカ主導でヨーロッパを守る仕組みになっています。そのため、わざわざ既存の加盟国であるイギリスとドイツが軍事同盟を締結する必要はありません。

ですが敢えてそうする理由は、1つには、もはやアメリカがヨーロッパを守ってくれることへの信頼性が、薄れたということでしょう。第二次トランプ政権の言動を見ていれば、ヨーロッパとの事前交渉なく独自路線をひた走り、在欧米軍を部分的に引き上げ、ヨーロッパ諸国の防衛費を上げるよう強く要求する姿勢を見れば、ヨーロッパの気持ちは理解に難くはありません。なお、フランスとも極力協調していくと記載されている点で、トライアングル(三角)同盟とも呼ばれています。*

さらに、NATOの機能不全とまではいかないまでも、機動性の欠如が挙げられます。NATOも32か国もあり、ウクライナ支援一つとっても、それほど熱心に軍事援助する必要性を感じない国もあれば、行うべきだと主張する国もあり、意見が容易にまとまらないのです。よって、意見がまとまりやすい国同士で、まずはまとまろうという動きです。

最後に、イギリスの思惑が強いでしょうが、ヨーロッパ大陸に吹き荒れる極右旋風の中、リベラルが弱体化しつつある中で、ドイツを自らの陣営の中にしっかりと縛ろうということでしょう。極右勢力の天下になったら、どこまで存続できるは不明ですが、イギリスにとっては、少なくとも話し合いをする口実にはなります。

次に、英仏のパレスチナ国承認ですが、このタイミングでこのニュースだけ取り上げられると、唐突感があります。イスラエル建国当時から、イスラエル人によるパレスチナ人虐待、殺傷は、規模の差こそあれ、ずっと続いているのですから。

この宣言に至った、主な背景は、ユダヤ・コミュニティの影響力の低下でしょう。まず、ヨーロッパで最大のユダヤ・コミュニティ(とムスリム・コミュニティ)を持つフランスが、最初に発言したのは驚きでしたが、フランスでも昨年の議会総選挙で極右勢力が勢いを増し、ユダヤ・コミュニティの声が政界に反映されにくくなっていることが報じられていました。**極右勢力は、簡単に反ユダヤ主義に結びつきます。そこで、ユダヤ・コミュニティがフランスで生活しにくくなり、ガザでパレスチナ人を虐殺・餓死させているイスラエル擁護の声を上げるのは、より難しくなってきています。

次に、イギリスの場合も驚きでしたが、実は昨年、イスラエル支援に熱心であったジェイコブ・ロスチャイルド卿(イギリス・ロスチャイルド家4代目当主)が死去していました。そもそもイスラエル問題の原因の一端となっている、バルフォア宣言(イギリス外相がシオンの地にユダヤ人国家建国を認めた)こそ、イギリス・ロスチャイルド家2代目当主にあてて書いた一筆なのです。そして、その当主がジェイコブ卿の伯父にあたるウォルター・ロスチャイルド卿であり、近くでその思想を見ていたのでしょう。ジェイコブ卿自身もイスラエル建国やその後のイスラエルに強い関心を寄せ、慈善事業を展開していました。

しかし、さすがにその次世代ともなれば、イスラエルは保護すべき、よちよち歩きの国ではなく、周囲をいじめる強国である時代しか知りません。ジェイコブ卿ほどの思い入れはないでしょう。そして、このくびきが取れた翌年、過去の経緯及び、イスラエルのガザ虐殺・飢餓状態を受け、国民の圧力に屈する体で、トランプ大統領の了解を取り、イギリス首相は、パレスチナ国を条件付きで承認すると宣言したのでした。

トランプ大統領は、イスラエル・サウジアラビアの国交樹立をまだ願う
では、ヨーロッパ内の動きだけで上記を説明できるかと言えば、もう一つ大きな要因があるようです。それが、12日間戦争の影響です。

アメリカは、サウジアラビアとイスラエルとの国交樹立に向けての工作を始めているのでしょう。最早中東での軍事大国は、イスラエル(、アメリカ)であることが再認識され、ロシアの影響力は弱まりました。そこで、サウジアラビアへ、アメリカ単体の庇護から、アメリカ・イスラエルの庇護下に移行するので、イスラエルと国交樹立しないか、と持ち掛けているのでしょう。

しかし、ユダヤ人は信頼に足るのでしょうか?安全保障上やビジネス面でのメリットだけで、国交樹立していいものでしょうか?そういう懸念は当然、サウジアラビア国内に生まれるでしょう。イスラエル国内にいる、同じアラブ民族であるパレスチナ人への仕打ちを見れば、まともに人間扱いしていないのですから。それでも、今まで見て見ぬふり決め込んでいましたが、これからはそうはいかなくなります。

この12日間戦争により、イランは当分自国の復興や経済制裁解除、核問題解決に注力し、中東地域への配慮に回す余裕はありません。そうなると、それまでイランが担ってきた、パレスチナ人への人道支援や政治的配慮を求める声が、失われます。そのため、その肩代わりをせざるを得ないのが、中東の雄、サウジアラビアとなります。実際、パレスチナ問題の解決法として長い間言われながらも顧みられなかった、イスラエルとパレスチナの二か国共存案の復活を求める国連会議を、サウジアラビアは、今年7月にフランスと共同主催しました。***

そのため、イスラエルとの国交樹立を求めるアメリカへ、サウジアラビアは、原点に戻って、パレスチナ国家承認とパレスチナ国家領土からのイスラエル軍撤退を前提条件に持ち出しているのでしょう。特に、サウジアラビアの場合、イスラム教の聖地、メッカを持つため、常に多くのイスラム教徒が世界中から訪れます。ガザを見捨てイスラエルと国交樹立しようものなら、どんなテロ行為を仕掛けられるか分からないという懸念が強いはずです。

これに対し、アメリカはパレスチナ国家承認までは出来ないが、イスラエルの反対を無視して、ガザの飢餓支援は可能だとして、実行に向けて動いていると思われます。さらに、同様の依頼をヨーロッパの大国たちにしているでしょう。その結果、国内事情が許すと踏んだ英仏が、これに応じたとみるのが、素直だと考えます。(ドイツも同様の発言をしたかったでしょうが、イスラエルへの引け目から遠慮したものと見られます。)

ヨーロッパから見える12日間戦争の影響
一方、ヨーロッパにとっても、サウジアラビアの依頼は渡りに舟ではないでしょうか。

12日間戦争により、中東での覇権国はアメリカ・イスラエル連合であることが明確になりました。よって、それまでロシアの中東への影響に配慮していたトランプ大統領は、もはやプーチン大統領に、さほど遠慮する必要はなくなりました。

すなわち、ウクライナ戦争終結に向けて、トランプ大統領は、今まで以上に強気にプーチン大統領と交渉しようとするでしょう。秘密裡に話し合われていた譲歩は、大幅削減されたのかもしれませんし、既に公表されている通り、トランプ政権は経済制裁の強化でロシアに圧力をかけています。一方さらなる好条件を求め、のらりくらりと交渉していたプーチン大統領は、当然態度を硬化させ、ますます和平への道は遠ざかります。

そうなれば、ウクライナへ軍事支援をしている国々は、当然ロシアの敵国ですから、事態の進展次第では、ロシアの攻撃対象になり得ます。核戦争を簡単に誘発するミサイル攻撃でなくとも、サイバー攻撃ならあり得るでしょう。

そんな時に、トランプ政権は、ウクライナを支援しているNATO諸国を支援してくれるのでしょうか?これもまた、状況次第という他ないでしょう。

このように先が見えない場合、リスク管理の観点からは、アメリカの支援がないという前提で、ヨーロッパは備えねばなりません。NATO内では、意見がまとまらないでしょう。中には、ウクライナを捨て、ロシアと仲よくしようという国が出てきてもおかしくありません。アメリカがいて、勝つ見込みがあるからこそ、NATOは結束できるのです。そうでなければ、分裂し、機能不全は避けられません。

よって、ヨーロッパをリードする英仏独が、ヨーロッパ安全保障のために、結束を再確認する必要があったのでしょう。特に、イギリスはEU離脱しましたから、政治的にも強い結束をアピールせねばなりません。

加えて、ウクライナ戦争の長期化により、ロシア産エネルギー輸入の可能性は、ますます遠のきました。すなわち、中東への依存が高まることを意味します。その雄、サウジアラビアから依頼が来れば、前のめりで検討しないわけがありません。(但し、英仏のパレスチナ承認によって、別に何も変わらないのが、虚しい限りですが。。。)

いずれにせよ、12日間戦争は、大きく世界の動きを変えていくターニングポイントになるでしょう。引き続き注目していきたいと思います。

* “Brothers in Arms: Macron, Merz and Starmer Plan for a Post-U.S. Future”, NY Times, July 18, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/07/18/world/europe/macron-starmer-merz-trump-eu.html
** “Abandoned in political chaos: How France’s electoral shift is leaving Jews behind – opinion”, Jerusalem Post, July 1st, 2024.
https://www.jpost.com/diaspora/article-808448
*** “France and Saudi Arabia to lead UN push for two-state solution”, France 24, July 28, 2025.
https://www.france24.com/en/middle-east/20250728-un-two-state-solution-israel-palestinians-france-saudi


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
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東京IPO特別コラム:「泥沼の中東大戦争回避のラストチャンス」

6月13日イスラエルによるイランへの直接攻撃が起きるまでは、外交でイラン核問題を解決する方向で動いていたトランプ大統領が、一転21日イラン核施設爆撃に踏み切りました。まずはその理由を探っていきましょう。

なぜアメリカも参戦したか?
もともと、トランプ大統領の支持基盤も、この件に関しては二分していました。アメリカ再建を最重視するMAGA派は、いつとも果てぬイスラエルとイランとの戦いに介入し、アメリカを再び泥沼の戦いに巻き込むな、アメリカ再建が最重要課題であると主張します。

一方、親イスラエル派は、イスラエルと共に攻撃に参加すべきだといいます。特に、イラン核施設が地下にもあり、イスラエル軍では地上施設しか破壊できず、地下施設まで破壊するには、アメリカ軍しか保有していない「バンクバスター」爆弾しかないと言われていました。ですので、イスラエルとしては是が非でも、それを使用したかったわけです。

両者が拮抗し、いずれにトランプ大統領が傾くか、トランプ大統領が決断するまで、誰も分かりませんでした。いずれ、さらに検証記事が出てくるのでしょうが、今までの報道によれば、トランプ大統領は国家安全保障会議(通称NSC)上、「エスカレーションを招かずに、イラン核施設を破壊することは可能」と聞かされたとのことです。*この回答が、トランプ大統領の背中を押したのでしょう。

アメリカ参戦が抱えるリスク
1)エスカレーションが本当にない保証はない
アメリカがイランを攻撃しても、イランからのエスカレーション(報復措置)を招かないという前提は、非常に疑問です。米軍はサウジアラビアやカタール等中東に米軍施設を持っていますから、イランはその気になればこれらの米軍基地や近辺を航海中の海軍船舶を攻撃できます。

実際23日にカタールの米軍基地が標的になり、ミサイル防衛システムで撃墜できました。今回はイラン政府によるカタール政府への事前通知があったため、迎撃はまだ容易だったでしょうが、今後被害が出た時、トランプ大統領は自制できるのでしょうか?自制できなければ、イランからの攻撃は続きますし、反撃すれば、全面戦争となり、泥沼戦争になります。

確かに、イスラエルがイランへ攻撃を1週間以上続けていますが、イランからの反撃は予想に反して被害が小さく収まっています。特に超音速ミサイルを発射したと言われていますが、事前に恐れられていたほどの威力を見せませんでした。この理由を、イラン革命軍の腐敗が激しいからだと分析する専門家もいるくらいです。

しかし、イランはアメリカや他国を巻き込まないように配慮した上で攻撃していたと考えられます。特に、米兵がたまたまイスラエル軍基地内にいたとなれば、イランがアメリカを巻き込んだと言われかねません。故に、簡単にイランがアメリカに対し、エスカレーションしないと言い切ることは、不誠実でしょう。

2)ホルムズ海峡閉鎖によるオイルショック再発も
加えて、イランは、目の前のペルシャ湾で最も狭いホルムズ海峡を封鎖することも可能です。世界の石油の4割がここを通ると言われているところですから、世界中でオイルショック再発は確実です。既にこのリスクが指摘されているだけに、産油国カルテルともいうべきOPECでは、緩やかな増産を目指すと言っていますが、すぐには対応できません。よって、世界中の石油供給が減少し、当然石油価格が高騰します。アメリカ再建を謳うトランプ政権には、支持層の生活へ大きな痛手を与えることができます。この影響は、日本にとっても重大です。(古々々々米の値段で騒いでいる場合ではありません。)

3)核拡散が勢いづく
なぜイランが攻撃され、なぜインド・パキスタンが全面戦争を自制し合ったか?と問う人々は多いでしょう。多くが出す結論は、核兵器の有無となります。今までイランはIAEAや米欧との交渉結果を遵守し、核兵器を「まだ」開発していませんでした。

故に、米欧と友好関係がなく、外交で戦争回避を考えていた国々は、その考えを改め、自衛のため核武装すべきだという結論に至ってもおかしくありません。特に北朝鮮の金正恩総書記は、IAEAの言うこと等聞かずに核武装していてよかったと、胸をなでおろしていることでしょう。

4)政変(レジーム・チェンジ)は親米政権を作らないし、金食い虫になるだけ
仮に、このままイランが本格的な攻撃ができず、現行政府が機能不全になったとしましょう。その場合、イラク戦争後のイラク同様、アメリカはイスラエルに協力し、イラン国内に多国籍軍を送り、しばらく軍政を敷くことが考えられます。(無政府状態の焼け野原で放置すれば、あっという間にテロの温床となります。)軍政とは、とどのつまり、一国分の政府機能をある程度外国から持ってくることですから、地元民の協力次第で必要なコストが変動します。

そしてこの場合、イラク戦争後のイラクよりも、割高を覚悟せねばなりません。イラクの場合、まだサダム・フセイン率いるバース党の圧政に苦しんだイラク国民がいたので、当初は歓迎されました。しかし今回、IAEAに加盟もせず国際社会の暗黙の了解で核兵器を保有するイスラエルが、IAEA規定に遵守していたイランを攻撃するという「理不尽」がまかり通り、これに仲介者の顔をしていたアメリカが攻撃に加わったため、両国への怒りが、イラン国民を結束させてしまっているからです。

加えて、イスラエル主導で動くのも難しいでしょう。イスラエルの人口は、たかだか1000万未満です。しかも、約200万のガザ市民と共存することもできずに持て余した結果、抹殺しようとしている国民ですから、約9000万人を抱えるイラン等まともに対処できないでしょうし、アメリカに丸投げするだけでしょう。

それでも軍政を敷いている間は、米イスラエル軍がテロ行為を直接押さえつけることは出来ます。しかし、いずれ軍政にかかるコストがアメリカ国内で問題となり、現地政府へと移行せざるを得なくなります。その場合、世俗政府(ハメイニ師という宗教をベースにした国家元首ではなく、国民が選出した人物を国家元首にする)を条件にしても、イラン国民に投票させれば、反米イスラエル政府になることは確実です。ですので、安易に軍政を解除もできません。

よって、アメリカがすべてのツケを払う形になり、最悪な泥沼です。

起死回生の秘策を切れるか?
事ここに至って考えられる起死回生案が、一つあります。それは、今回の爆撃により、アメリカがイランの核兵器開発能力のなさを「証明」したとして、現行政権の温存を許し、対イラン経済制裁を解除することです。ここで今までの米イラン交渉(イラン核武装放棄と対イラン経済制裁解除の取引)を決着させます。さらに、イスラエルの攻撃を止めさせ、イランの安全保障を与える代償として、に引き続きIAEA査察を受け入れるよう、イラン政権と取引することです。

もちろん、イスラエルはこの機に乗じて、さらに攻撃を継続したいというでしょう。しかし、そこを押さえられるか否かで、トランプ大統領がイスラエルの傀儡か否かを見極めるポイントになります。いざとなれば、ネタニヤフ首相をアメリカに呼んで国際刑事裁判所(ICC)に引き渡せばいいのではないでしょうか?ある意味、喧嘩両成敗ですし、近隣アラブ諸国にも多少納得感があるのではないでしょうか。その方がガザ虐殺を止める近道になるでしょうし、トランプ大統領の念願である、イスラエルとアラブ諸国との国交樹立、そしてノーベル平和賞受賞への道が開けるというものです。

「誰も自分が何をするか分からない」と豪語できる大統領にしかできない荒業ではありますが。。。

* “US joins Israel in attacking Iran, strikes Fordow, Isfahan, Natanz sites”, Al Jazeera, June 22, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/6/22/us-joins-israel-in-attacks-against-iran-strikes-key-nuclear-sites


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

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東京IPO特別コラム:「「空飛ぶ宮殿」プレゼントの意味するもの」

トランプ大統領の中東歴訪と同タイミングで、ロシアとウクライナ間の停戦交渉が行われました。もし、アメリカとイランの間での核交渉も上手くいけば、ダブル和平になったところです。この「ビッグ・ディール」はまだ叶わず、単なるビジネス交渉の旅になったと専らの報道です。中でも、「空飛ぶ宮殿」ともいわれる豪華飛行機の贈呈は、中東のホスト国のトランプ大統領への歓迎ぶりを象徴しているのでしょう。

しかし、見返りなくして、プレゼントなし。ましてや、約580億円もする、カタール王室仕様のジャンボ機(ボーイング747型)です。*アメリカやトランプ大統領が好きだから、という理由ではありません。それ相応の仕事をしてくれたからか、これからしてもらうためのプレゼントと理解すべきでしょう。

では、いったい何を中東のホスト国は求めたのでしょうか?

イラン核問題の平和的解決への模索は続く
一言でいえば、イランと戦争してくれるな、ということです。今回の中東歴訪で、巨大な投資商談がまとめるニュースの裏では、トランプ大統領は、カタールがイランとの戦争を望まず、交渉でイラン核問題を解決するよう強く求めた、イランはカタールに大いに感謝すべき、さらに米イラン核問題交渉は、終結に向かっていると発言しています。**産油国の傍で戦争されたら、世界中オイルパニックになりますし、彼らのビジネスも立ち行かなくなります。何事も穏便に、と丁重なおもてなしをしたのでしょう。

その甲斐あってか、仲介国オマーンは5月23日にローマで米イランが再交渉すると発表しました。***但し、両者の要求の溝がまだ完全に埋まったわけではないようですが、アメリカがどこまで譲歩するかが、焦点となります。

以前お話しました通り、トランプ政権もウラン濃縮度を低程度にすればよいと考え、イランもオバマ時代からそれならよいと応じていたのですから、そこが落としどころなのです。それを、イスラエルの横槍で、トランプ政権が軌道修正を余儀なくされたのです。そこで、イスラエルとの内通者を実質更迭した上で、イランとの戦争を望まないアラブ3か国から、丁重なおもてなしを受けたのです。先月までイランとの交渉が不成立に終わったら、アメリカ主導でイランと戦争すると言っていた、トランプ大統領が振り上げた拳を何とか静かに下すための「政治ショー」を、トランプ大統領とアラブ三か国が演じたわけで、「空飛ぶ宮殿」は、その目玉商品なのでしょう。

加えて、今回の歴訪中、ハマスは人質に取っていた最後のアメリカ人(正確にはアメリカとの二重国籍を持つイスラエル兵)1名を解放しました。イラン側からの軟化した態度の表れとみるべきでしょう。イスラエルはガザ攻撃を全く止めていませんし、パレスチナ人を誰も解放していませんし、イスラエル政府による関与がないと報じられていますから、純粋にアメリカとハマス(、イラン)との交渉の結果なのです。****

イスラエルとの関係にすきま風?
ここで気になるのが、イランを敵視しているイスラエルです。日本の報道も、イスラエルを訪問せず、素通りを指摘していました。しかし、歴訪の目的が上記であれば、イスラエル側からお断りするでしょう。

とはいえ、どうしてトランプ大統領は露骨にイスラエルと距離を置くようになったのでしょう?

一つには、イスラエルには、アラブ産油国がアメリカに与えられる、巨大な投資資金はありません。むしろ、アメリカから資金を受け取る側ですから。今トランプ大統領が望むアメリカ再建には、多くの国からの投資・雇用創出が必要です。

二つ目として、トランプはノーベル平和賞を狙っているという指摘があります。確かに、ウクライナ戦争を終結させ、イラン核問題を平和裏に解決し、イラン戦争を回避できれば、ノーベル平和賞ものです。しかるに、イスラエルはこの野望を砕く方向に注力しています。

三つ目かつ最大のポイントは、アメリカでのイスラエル・ロビーの影響力低下です。ここ十数年のイスラエル右派、極右政権による、過度な人種差別/隔離、パレスチナ人虐殺を目の当たりにして、ユダヤ系アメリカ人が憂慮し始めています。こんなことを許容したら、世界に反ユダヤ主義を煽るだけであり、それはそのままイスラエル国外にいるユダヤ人への危害へと発展しかねませんし、起きつつあると言います。

こうした風潮を受け、AIPAC(アメリカ政界へのユダヤ系ロビー団体)、ニューヨークタイムス紙、英エコノミスト誌等、一部の大手国際メディアが、イスラエル支持に距離を置き始めているといいます。このようなイスラエルは、彼らが自負しているリベラリズムの正反対だからです。実際、ユダヤ系アメリカ人の多くは、イスラエルではトランプ大統領の人気が高いということに愕然としています。*****

さて、この現象はとても興味深いです。なぜここにきて、イスラエル本国とユダヤ系アメリカ人(ディアスポラ)との間に、すきま風が吹いているのでしょうか?少し掘り下げてみていきたいと思います。

ユダヤの純度が上がれば、レジリエンスが消える不思議
ユダヤ人が3人寄れば、4つ政党ができると言われる位、多様な考えを持つことで知られますが、その反面恐ろしく頑固なところがあります。それが、「ユダヤ教」です。約2000年間少数民族として肩の狭い思いをしてきた人々にとり、神に選ばれたという「選民」思想が、心の拠り所であったことは、想像に難くありません。

しかし、近代西欧において、基本的人権や宗教の自由といった思想が生まれ、絶対王政から法治国家へ変貌していくにつれ、ユダヤ人にも一般市民としての門戸が開かれるようになります。その波に乗って、西欧の学校(ユダヤ教のシナゴーグではない)にユダヤ人も入学が許されるようになり、ゲットーに居住しなければならない等の制約が撤廃されていきます。この恩恵を十二分に享受し得た人々は、共に近代化、国際化するチャンスに恵まれました。

すなわち、当時生まれ始めた法務や会計等の専門分野での高級官僚や、裕福な商人(国際ビジネスパーソンと言いましょうか)から形成されていく中流階級や大学教授や教師といったインテリ層への道が、開けていきました。こうした過程の中で、その道を選ぶ人々は、ユダヤ的思考を持ち合わせつつも、「ユダヤ教」の持つ閉鎖性、頑迷性を捨て、よりオープンなコスモポリタンに変貌していきました。その反面、西欧ユダヤ人社会全般で、シナゴーグやラビ(ユダヤ教司祭)の影響力は低下していきました。

当然、西欧でこのような自由化が起これば、次第に中欧、東欧へも波及していきます。その中で、中欧、東欧のユダヤ人が、同様のチャンスを求めて立ち上がった運動が、シオニズムです。西欧よりも近代化が遅れていた同地域では、同等の自由化は難しく、「神が約束したシオンの地(イスラエル)」へ行くべきだという思想になります。

そこで少しずつ入植がはじまるのですが、特にどこかの政府の支援があるわけでもなく、中欧、東欧よりも後進地域のパレスチナに移住するのですから、移住者自身にとっても、大いなる決断だったわけですし、大量移民ではなかったので、それほど周囲のアラブ人との摩擦はなかったようです。(どの道、パレスチナはイギリス領ですから、現地ではアラブ人もユダヤ人もどちらも「二等市民」の扱いです)

しかし、ナチスによるユダヤ人迫害、第二次世界大戦が終了し、イスラエルが建国されると、周辺のアラブ諸国在住のユダヤ人が大量移民してきます。ヨーロッパ出身のシオニストには、全く忘れられた存在で、同じユダヤ人ながら、ヨーロッパで得た知識や技術の高さから、ヨーロッパ出身者がイスラエル国内で高い地位を得ます。ここに、それまでずっと中東地域に居住しており、アラブ人との協調関係の歴史を持っている人々の声が、イスラエル歴代政権の中で大きくならない理由があります。

結果、ヨーロッパ出身の「建国の父」たちの手によって、多くのパレスチナ人は殺害、追放されたにも関わらず、「建国時、アラブ人は自主的にイスラエルの地を去っていった」とイスラエルの歴史教科書は書かれるようになりました。

一方、欧米・キリスト教圏中心の国際社会では、神がイスラエルの地をユダヤ人に約束したというロジックは通ります。また、ナチスによるユダヤ人虐殺・虐待を見て見ぬふりをしていた良心の呵責を逆手に取り、欧米のディアスポラが手厚い支援や欧米国内でのイスラエル・ロビーを活発に展開してくれます。

そのおかげで、イスラエルによるパレスチナ人への人権侵害は、うやむやにされ、国際社会からの制裁が加えられないことをいいことに、イスラエル政府はますますパレスチナ人の多いかつ、ユダヤ教的な聖地にわざわざ「入植」する人々(往々にして右派か極右)を支援します。すなわち、入植地周辺に住むパレスチナ人の畑や家をブルドーザーで潰し、他地域への立ち退きを余儀なくさせ、他国へ移住するか、安い賃金労働者として、ユダヤ人の都市へ「出稼ぎ」するよう、実質強要します。これは完全に、南アフリカで少数の白人が大勢の黒人を「合法的に」搾取するアパルトヘイト政策と同じです。

こうした悪循環を、イスラエル国内で「正当化」する役割を果たしているのが、「ユダヤ教」のラビや狂信者たちです。世界各地に散らばっていたユダヤ人が集まるようになると、彼らを繋ぐのは、昔の心の拠り所である「ユダヤ教」しかありません。約2000年間別々の地域に居住していて、一体感を持つには、「共通の記憶」が何よりです。ここに、ラビという「ユダヤ教」の権威が復活し、イスラエル政界内に強い影響力を持つようになり、もはやイスラエル政界では彼らの声を無視した政権運営は、不可能となったといいます。******

最初はユダヤ人が他民族に迫害されない自らの国を作りたいだけだったはずなのに、イスラエルが徐々に国力を持ち、シオンの地とは、地中海からヨルダン川までであり、ユダヤ人が暮らすべきとなっていき、先住アラブ人は退去すべきと、エスカレートしていきます。

現実には、どんなに頑張っても、ユダヤ系イスラエル人より、アラブ系イスラエル人の人口は多く、暴力のみの対応ではユダヤ系イスラエル人の安全確保に失敗し続けているのにも関わらず、イスラエル指導層は、失敗の原因は、暴力が足りなかったせいと考え、さらなる暴力装置をつぎ込もうとします。パレスチナ人との共存を模索するという考えは、毛頭ありません。問題が起きるのは、アラブ人がイスラエルにいるせい、建国時に全員追放できなかったのが、間違いの元、と考えています。

そこには、一度大勢の弱き者へ暴力をふるってしまった、少数の強き者が持つ不安があります。一度殴ったら殴り続けるしか、身の安全を保つ方法がないと考えてしまうのです。そのためには、ユダヤ人は結束せねばならないというロジックに屈し、国内でパレスチナ人との共存を訴えるユダヤ系イスラエル人さえも、弾圧しようとしつつあります。例えば、国会議員の3/4が承認すれば、イスラエルでのパレスチナ人の戦いに支持を表明しない国会議員は、「武力闘争の煽動」を理由に議員資格をはく奪される、という法律が成立しました。*****

皮肉なことに、イスラエルでは自民族の純度が高まるほどに、「ユダヤ」であることが重視され、彼らが本来持つ柔軟性、レジリエンスを失い、暴力のみに訴え、世界から孤立する一方、自民族の純度が高い社会にいないディアスポラのユダヤ人の方が、彼らが本来持つ柔軟性、レジリエンスを維持し、暴力の継続利用を否定しています。

もちろん、このようなイスラエル政治に失望しているユダヤ系イスラエル人もいます。「イスラエルのユダヤ人社会では、自国の将来に対する不安が生じている。数万人、いや数十万人のイスラエル人がヨーロッパ諸国のパスポートを取得しようとしている。「将来、何が起きるか分からないからだ。イスラエルの若年層では絶望感が想像以上に広がっている。」*****

事態の推移には悲観的にならざるを得ませんが、今後も注視していきたいと思います。

*「カタールが米国にジャンボ機譲渡、特別仕様「空飛ぶ宮殿」の異名も…憲法違反の可能性浮上」、読売新聞、2025年5月22日。
https://www.yomiuri.co.jp/world/20250522-OYT1T50072/
** “Trump says US close to nuclear deal with Iran, but key gaps remain”, Al Jazeera, May 15, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/5/15/trump-says-us-close-to-nuclear-deal-with-iran-but-key-gaps-remain
*** “Oman confirms new round of US-Iran talks despite enrichment dispute”, Al Jazeera, May 21, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/5/21/oman-confirms-new-round-of-us-iran-talks-despite-enrichment-dispute
**** “Hamas frees soldier Edan Alexander as Gaza faces bombardment, famine risk”, Al Jazeera, May 12, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/5/12/hamas-frees-us-israeli-soldier-as-gaza-faces-bombardment-risk-of-famine
***** シルヴァン・シペル著「イスラエルVSユダヤ人 増補新版<ガザ以降>」。(今読むべき良書です)
****** ドナ・ローゼンタール著「イスラエル人とは何か」(こちらも、今読むべき良書です)


吉川 由紀枝                     ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!~世界史でゲームのルールを探る~

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東京IPO特別コラム:「トランプ大統領のマジックショー劇場:関税宣言の後ろに隠したい米・イラン核交渉」

関税宣言はShoot & Ask
今年4月の関税宣言に対する日本の反応は、非常に情けないです。元々大統領選挙運動時代から関税引き上げは、トランプ大統領の宣言するところであり、抜き打ちではありません。数字の高さとその計算方式が謎すぎるだけで、露骨に動揺していては、ますます相手に見透かされます。

トランプ大統領の交渉手法は、典型的なアメリカの交渉手法であるShoot & Askでしょう。すなわち、西部劇よろしく、荒野の中で近くに潜んでいると思われる敵か味方か分からない相手に聞こえるように、銃を空に向かって放ち、相手を怖がらせてから、聞きたいことや要求を言うのです。

これだけ日本の産業界やメディアが大騒ぎしたので、よほどのことがなければ、交渉はアメリカ有利に終始進められるものと思われます。最初に放つ日本側の質問は、実際の落としどころはどこか?ということでしょうから、きっとアメリカ側は一定期間言いません。日本がどんな交渉材料、譲歩案を出してくるかを見極めているからです。日本側は最初に小出しに出すような譲歩案は、検討に値しません。放置されるほどに、日本側はおののき、さらなる譲歩案を出すので、これ以上出せそうにないところで、トランプ大統領のつぶやき恫喝が1,2回あり、苦しい譲歩を強いられた上で、手打ちするものと思われます。完全に、トランプ大統領の手のひらの上で踊らされています。

また、日本側の動揺ぶりを見ると、いかに日本にリスク管理が根付いてないかが、よく分かります。(ちなみに、著者も共著した「危機管理の基礎と実践 リスク管理は最高のキャリア術」が出版されました。まずはこちらのご一読をおススメします)

多くの国がアメリカに関税率について話し合いたいと殺到しているのも事実ですが、EUのようにトランプ政権に近いイーロン・マスク氏がCEOを務めるテスラ車への不買運動を展開し、報復関税を実施する、また中国のようにそもそも交渉しない、などの姿勢も重々検討した上で、交渉に臨んでほしいものです。(ちなみに、前職ではこのような姿勢を「他人の土俵で戦わない」と言いました。)

トランプ・マジックショー劇場
さて、今回お話したいのは、日本の対応のお粗末ぶりではなく、なぜこのタイミングでトランプ大統領は関税宣言をしたのか、です。

トランプ大統領は、良くも悪くも現状打破の大統領です。国内の不文律はもとより、国際秩序を形成する様々なルール、不文律を作り変えようとしています。当然外国との交渉、Shoot & Askをたくさんせねばならない状態になります。ただ、トランプ大統領のShoot音は大変大きいので、世界中のメディアが相手国に押し掛け、取材してしまうと、相手国の態度は硬化せざるを得ません。そうなってしまうと、トランプ大統領の思惑通りにはいきにくくなってしまいます。

そこで、一度にすべての交渉相手に向けてShoot & Askするのではなく、小出しにしていくのです。例えば、今年1月の就任前から発言している、パナマ運河のアメリカ再所有化については、その後2月にバンス副大統領がミュンヘン安全保障会議でEU批判をし、さらに3月ウクライナのゼレンスキー大統領と公開口論をし、世界の注目はパナマから逸れました。その間、パナマとの交渉(圧力)は継続し、運河運営を委託していた中国系企業との契約は打ち切られ、アメリカ籍の船舶の通行料は無料となりました。自身の思い通りに事が運べば、パナマ運河の「所有」自体は問題ではないのでしょう。

すなわち、1発目のShoot & Askからしばらく間を置き、2発目のShoot & Askを放つのです。そうすることで、2発目のShoot & Askがいわば煙幕の役割を果たし、世界の注目を2発目に逸らします。そして、世界が忘れた頃の3月に、1発目のShoot & Askの成果が公表されるのです。同様に、しばらく忘れられていたゼレンスキー大統領との鉱物資源共同開発協定締結が、5月に発表されました。

このように考えると、3月ウクライナ戦争終結に向け、またイラン核問題についてイランと間接協議に合意した直後の4月に関税宣言があったこととなり、4発目のShoot & Askが放たれ、関税宣言を煙幕とし、米イラン交渉が人目を避けて交渉されていました。

煙幕の裏側の米イラン交渉
今年3月末、イランはアメリカとの「間接」交渉に合意しました。その実態は、オマーンが仲介となり、アメリカ側とイラン側が同じ建物の違う場所に陣取り、その間をオマーン外交官が往復し伝言していたといいます。静かに交渉できる環境が生まれたせいか、4月中に第3ラウンドまで終了しています。

しかし、不幸にして、そんな煙幕に騙されない国が当事国以外にいます。もちろんイスラエルです。イランがアメリカと交渉する用意があると発言した直後の4月当初、ネタニヤフ首相が訪米し、米軍中心でイスラエル軍と共に、5月にイランの核施設を壊滅させようと提案したと言います。いくらイランに対しタカ派の高官がいると言っても、さすがにトランプ政権はまず交渉を優先させることに決めました。それでも粘ったネタニヤフ首相に、もし交渉が不発に終われば、アメリカが主導してイランを不幸な状態に陥れようという言質を、トランプ大統領は与えました。*(よほど交渉が上手くいくことに自信を持っていたのでしょうか。。。)

そして確かに、まずオマーンの首都マスカットで第1ラウンド、ローマで第2ラウンドが行われました。(ローマを選んだのは、元々イラン核問題は、米ロ中英仏独EUとの間の協議でしたので、交渉相手をヨーロッパにまで拡大しようという意図があると、見て取れます。)ここまでスムーズに話は進んでいました。

とはいえ、イスラエルのガザへの攻撃や米軍のフーシ派への攻撃は、継続しています。特に、米軍は中東へ兵力増強しています。パトリオットミサイル2基と終末高高度防衛ミサイル(通称THAAD)システムを中東に、さらにインド洋のディエゴ・ガルシア諸島にB-2爆撃機6機(イラン核施設を壊滅させるのに充分であろう、合計約15tの爆弾を搭載可能)を配備したと報じられています。*(まさに、圧力MAXの中での交渉です。。。)

しかし、4月15日に事態は急変します。元々この交渉は、トランプ大統領とウィットコフ特使が二人で行っていました。検討案は、ほぼオバマが締結した合意内容(通称JCPOA)と一緒でした。それも当然で、オバマ政権もイランとこの合意に至るまでに様々イランに経済制裁等圧力をかけた末に出来上がった内容なので、トランプが新規に交渉すると言っても、ここから大きく逸脱することはないというのが、専門家の見立てでした。

ただ、イスラエルにとり、JCPOAに対する懸念点は、イランに低濃度のウラン濃縮を認めるということでした。イランにも核の平和利用をする権利はあるからですが、これを認めると、イランに核施設は存続し、イランの胸先三寸でいつ爆弾級の高濃度化が行われ、核兵器所有に至ってもおかしくないと、イスラエルは疑います。

そうしたイスラエルの懸念を重視していては、イランとの交渉はまとまりません。故に、ウィットコフ特使と二人で進めていたわけですが、やはり漏れるものは漏れ、4月15日に、ウィットコフ特使は、やはりすべてのウラン濃縮をイランは断念しなければならないと、公に発言せざるを得ませんでした。**

その後迎えた第三ラウンドは、当然不発に終わり、4月25日イランはロシアと40億ドル級の石油共同開発協定(イランの7油田をロシア企業と共同開発)を結ぶ***形で、ますますイランはロシアに傾倒しました。さらに同月28日には、イラン外相はイスラエルが交渉妨害をしているとして非難し****、とうとう第4ラウンドは延期(再開時期は未定)となってしまいました。*****

ウォルツ大統領補佐官更迭の真相
さて、ここで興味深いのは、ウォルツ大統領(安全保障担当)が「更迭」され、国連大使へ指名されたことです。当初米国記者へのフーシ派攻撃情報の事前漏洩が原因かと言われていましたが、そうでもなさそうです。

イスラエルのメディアによれば、ウォルツ氏はあまりに「タカ派」なので、「ハト派」トランプが求める関連官庁内調整ができず、更迭されたと言います。******その後、米ワシントンポスト紙による、ウォルツ補佐官とイスラエルとの「緊密」な接触が報じされるや、イスラエル首相官邸が即座にその事実を否定するという一幕もありました。*******

すなわち、トランプ大統領とウィットコフ特使とで秘密裡に進めていたイラン交渉案を、ウォルツ氏がイスラエル側にリークし、実質交渉決裂させたということになります。そこで、トランプ大統領への「裏切り行為」により、ウォルツ氏は更迭されたというわけです。但し、イスラエル側への配慮により、トランプ政権から完全追放はできずに、国連大使として留まり続けるということです。

この仮説を確信させるのが、ウィットコフ特使の留任です。本当にトランプ大統領がイスラエル寄りであれば、イランに有利な形での交渉を進めた責任を取らせる形でウィットコフ特使は解任され、それを注進したウォルツ氏は褒められるところです。しかし、その逆であるということは、トランプ大統領は、イスラエルの意向に反してでもイランと交渉成立させたいという意思を持っていることになります。であれば、引き続き交渉を再開する動きは、多少間をおいても生まれるでしょう。

さて、トランプ大統領がイランへ送ったとされる、交渉開始を求める書簡には、交渉期限は2か月、すなわち5月中であったと言います。対日関税交渉は3か月を目途に結果を出したいと言っていますから、本来であれば5月中にイランとの交渉が成功し、返す刀でウクライナ戦争も停戦し、バイデン政権が出来なかったことを成し遂げたわけで、トランプ大統領の威厳?偉大さ?が誇示され、ますます日本としては関税交渉がしにくい状況になったのかもしれません。

アメリカが日本に対し求めているものを見極めるのも大事ですが、アメリカの足元を見ることも重要です。

* “Trump Waved Off Israeli Strike After Divisions Emerged in His Administration”, New York Times, April 16, 2025.
https://www.nytimes.com/2025/04/16/us/politics/trump-israel-iran-nuclear.html
** “Iran ‘must stop and eliminate’ nuclear enrichment, says US envoy Witkoff”, Al Jazeera, April 15, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/4/15/iran-must-stop-and-eliminate-nuclear-enrichment-says-us-envoy-witkoff
*** “Iran to sign $4bn oilfields deal with Russia in bid to bolster ties”, Al Jazeera, April 25, 2025.
https://www.aljazeera.com/economy/2025/4/25/iran-to-sign-4bn-oil-deal-with
**** “Iran accuses Israel of seeking to disrupt nuclear talks with US, Al Jazeera, April 28, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/4/28/iran-accuses-israel-of-seeking-to-disrupt-nuclear-talks-with-us
***** “Fourth round of US-Iran nuclear talks postponed amid continued tensions”, May 1, 2025.
https://www.aljazeera.com/news/2025/5/1/fourth-round-of-us-iran-nuclear-talks-postponed-amid-continued-tensions
****** “Trump removes Mike Waltz as national security adviser, makes him new UN ambassador”, The Times of Israel, May 1, 2025.
https://www.timesofisrael.com/white-house-national-security-adviser-mike-waltz-said-forced-out-witkoff-may-replace-him/
******* “PM’s office denies report Netanyahu had ‘intensive contact’ with Waltz over Iran”, May 3, 2025.
https://www.timesofisrael.com/liveblog_entry/pms-office-denies-report-netanyahu-had-intensive-contact-with-waltz-over-iran/


吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務
所にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ライシャワーセンター
にて上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事公室地域安
全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。
著書:「現代国際政治の全体像が分かる!~世界史でゲームのルールを探る~」

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